桓玄2  義興太守を蹴る1

○晋書


孝武帝こうぶていの治世の末年、桓玄かんげん義興太守ぎこうたいしゅに任じられた。しかし望んでいた高官ではない。このため高所に登り、震澤しんたくを眺め、嘆息しつつ言う。

「父は九州をも修めるほどの方伯ほうはくとなったのに、その子はわずか五湖の長でしかないのか!」

そして官職を放棄し、故郷に戻った。元勳の門人にあるまじき振る舞いである、と世からは誹られたのだが、しかし桓玄はいけしゃあしゃあと上疏する。


「臣は聞いております、周公旦しゅうこうたんは偉大な聖人でありながらももと殷の武庚ぶこうかん姫鮮きせんさい姫度きどかく姫処きしょよりの流言を受けた、と。樂毅がくきもまたえん恵王けいおうを大いに支える立場であったはずが騎劫きごうよりの誹謗を受け失脚したと。臣の今の想いは『詩経しきょう巷伯こうはくが「取彼譖人しゅかせんじん投畀豺虎とうひさいこ」と歌うがごとくにございます。我が先公を讒言する者たちをみな禽獣の元に放り出してやりたいのです。また「何人斯かじんし」を詠んだ蘇公そこう暴公ぼうこうを飄風がごときもの、と批判いたしました。直正なるものを憎み卑しむなど、これ以上の唾棄すべき行いがございますでしょうか!

 我が先公はお国より格段の寵遇を賜り、明帝めいてい陛下の公主こうしゅを賜ったことより、常に大徳あるお方よりの恩義に報いんと身を張って参りました。そして袖を振り敵国の混乱に乗じ西に巴蜀はしょくを平定、北に伊洛いらくの敵を掃討、尊号を僭称する鮮卑どもの首級を北土に多くぶら下げ、洛陽らくようの先帝らの陵墓を修復、永嘉えいかの時代に受けた恥を大いにそそぎ、長安ちょうあんそばを流れる灞水はすい滻水さんすいの水を馬に再び飲ませることを為し遂げ、ふるきちょうの領分に大晋の旗を翻させることにも成功しました。お国のための戦いに勝利したこと、一度や二度ではございませぬ。

 海西公かいせいこうが皇位にあったころ、玉座の周辺には相龍しょうりゅう計好けいこう朱靈寶しゅれいほうと言った小者がうろつき、自分の息が掛かったどこぞとも知れぬ者に皇位を簒奪させようと目論んでおりました。そうしたところに先公が天人たる簡文帝かんぶんてい陛下を奉戴、その即位をお助けし、皇室に漂った暗雲が一息の元に吹き晴らされ、凶兆もまた霧消いたしました。先公の功績なくば、晋室の苦難が解消することはなかったことでしょう。こうした振る舞いよりすれば、誰がまことに晋の宗廟を奉じていたか、明らかではございませぬでしょうか!

 昔、殷王いんおう太甲たいこうが施政を誤ったときには伊尹いいんが矯正をなしたため、殷が傾くこともございませんでした。かん武帝ぶていの孫、昌邑王しょうゆうおう劉賀りゅうがが皇帝に即位して愚昧さを示しましたが、霍光かくこうが速やかに劉賀を帝位から退けさせたため、けつ昆吾こんごの三人の悪臣、いわゆる三孽さんげつに好き放題させるような事態にならずに済んでおります。こうした事績を踏まえると、晉室の過日の危機は殷漢にも等しく、ならば我が先公の功績は伊尹や霍光よりもさらに高かった、と申し上げるべきにございます。

こうした重責を担い進む我が先公の身には、潔白であるにもかかわらず多くの誹謗が寄せられました。聖世にある明王が降格昇格を検証するにあたっては、明らかなる功績を無視したり、ろくろく考えてもいないような悪事を勝手に探り出そうとしたり、不確かな誹謗中傷を根拠としたり、ろくでもない者たちに栄達の道を開くなどと言ったことをしたとは、ついぞ聞き及んでおりませぬ。



○魏書


中央から出されて義興太守とされたが不服であったため間もなくして職を去った。




○晋書

太元末,出補義興太守,鬱鬱不得志。嘗登高望震澤,歎曰:「父為九州伯,兒為五湖長!」棄官歸國。自以元勳之門而負謗於世,乃上疏曰:

臣聞周公大聖而四國流言,樂毅王佐而被謗騎劫,《巷伯》有豺獸之慨,蘇公興飄風之刺,惡直醜正,何代無之!先臣蒙國殊遇,姻婭皇極,常欲以身報德,投袂乘機,西平巴蜀,北清伊洛,使竊號之寇系頸北闕,園陵修復,大恥載雪,飲馬灞滻懸旌趙魏,勤王之師,功非一捷。太和之末,皇基有潛移之懼,遂乃奉順天人,翼登聖朝,明離既朗,四凶兼澄。向使此功不建,此事不成,宗廟之事豈可孰念!昔太甲雖迷,商祚無憂;昌邑雖昏,弊無三孽。因茲而言,晉室之機危于殷漢,先臣之功高於伊霍矣。而負重既往,蒙謗清時,聖世明王黜陟之道,不聞廢忽顯明之功,探射冥冥之心,啟嫌謗之塗,開邪枉之路者也。


○魏書

出為義興太守,不得志。少時去職。


(魏書97-2)




うん、ぼく割とこういう文章読んで典拠漁るの趣味になってきた感があります。たのちい。脳汁プシャーする感がある。ていうか割とこういうのって逸文典拠にしないでいてくれてるから助かる。たぶん文選とかやり始めたら「えっ現存してない!?」みたいのが頻出するんでしょうね。ぼくは「この程度」がいいです。まぁ時々マジで意味わからん史料に行き当たるけど。それにしても桓温の戦績のうち微妙に煮え切らない部分をずいぶん美しく飾ったものです。


巷伯

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452219137824006

何人斯

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452219100214691


ちゃんと桓玄のこの引用を拾っててえらい。しかしリンクとかが微妙だなこれ、そのうち直さなきゃ。

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