殺人鬼の時系列

@mitsuru0429

第1話 始まりの殺人

 海が一望できるというキャッチコピーで売られた南伊豆の別荘地は、キャンプ場と隣接していることもあり、そこそこの売れ行きだった。夏になると大学生や子連れが来るので少しにぎやかにはなるが、夜には波や風、虫の鳴き声以外は聞こえない。

 都会に生まれたが馴染めず、23歳ですぐに転勤願を出して近くの交番勤務をしている吉原美紀巡査は、通報を受けてその別荘の一角へ向かっている。どうせ酔っぱらいの喧嘩レベルの他愛のないものだろうと。


---2023年8月21日 10時10分---

 日曜日の昼下がり、コテージの一つから異臭がするという通報を受けて2名の警官が確認しに来たところ、宮田剛三(みやた ごうぞう)という所有者の遺体がバラバラの状態で発見される。野次馬を遠ざけてテープを張り、周りの捜索や聞き込みなどですでに20人近い警官が集まってきていた。


「ご苦労さん」


 テープをくぐり、周りにいる警察に一声かけながらコテージの中へ入る白髪交じりの刑事、南波俊彦(なんば としひこ)52歳。ベテランの刑事だ。


「ご苦労様です。南波さん早いですね」


「新人は早く来るもんだろ?」


「またまた、東京でやんちゃしすぎて飛ばされたって聞きましたよ」


 南波俊彦は東京警視庁捜査一課にいたが、とある事件の責任を取る形で静岡南伊豆警察署に勤務している。

 ハンカチで顔を抑えながら、現場となったリビングへ入る。二人掛けのソファー、脇には小さなサイドテーブルが一つ。高そうなウイスキーとグラスが一つずつ置かれている。向かい側には55インチのテレビと高そうなスピーカーが並び、上には間接照明がついていた。


「物は少ないがいい部屋だな」


「別荘地ですからね。住んでいるわけじゃなさそうですよ」


「まあ、このありさまじゃ台無しだけどな」


 ソファーの前は血だまりがあり、バラバラの遺体が散らばっている。時間が経っているのか、ウジが湧いており、ベテランである南波でも直視するのは躊躇われた。


「被害者は宮田剛三62歳、コテージの所有者です。近隣から異臭の通報があり近くの交番から巡査が二人確認に来たところ遺体を発見。凶器はまだ見つかってません」


 話を聞きながら、リビングと隣接しているキッチンを覗くが使われた形跡はない。なるべく現場を荒らさぬよう冷蔵庫や食器棚を開け、リビングからバスルームへと移動する。


「もう調べたか?」


「はい。浴室でもルミノール反応はありませんでした」


「じゃあ、解体はここじゃないってことか」


「ですね。念のため2階にあるトイレでも検査しましたが反応は無しです」


 再びリビングに戻り、大きめの窓の前に立つ。遮光性の高そうな分厚いカーテンを開け、カギを確認する。


「玄関以外のカギは閉まってたみたいですよ。逆に玄関は開いてたみたいで、発見した巡査の証言ではチャイムを鳴らしても反応はなかったが、玄関は開いており、異臭がひどかったため中を確認したとのことです」


「凶器は?」


「見つかってません」


 遺体に目を向け、腰を下ろす。ウジが蠢いているためこの上なく気持ち悪いが、それ以上に覚える違和感。


「お前、歳いくつだ?」


「自分ですか? 28ですが」


「男の50過ぎれば腹もそれなりに出てくるんだよ」


 南波は自分の腹をさすりながら話し、胴体に顔を向ける。


「仏さんの顔、申し訳ないがスリムって感じじゃねぇな。それにしては腹がスマートすぎやしねぇか」


 いやな予感がする。刑事になって30年、これまで凄惨な現場をいくつも見てきた。事件そのものよりも、死後経過時間が長い遺体は損傷が激しく、人として見れないものも多くあった。だが、そんなベテラン刑事が感じた「それ」はもっと悪意に満ちた何かである気がしている。


「検視報告が出たらすぐに連絡するように言ってくれ」


 願わくば刑事の感など当てにならない結果であってほしい。そう思い現場を離れた。



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