ただ勝つために、すべてを④

 メイアはその光景を見た瞬間、自分の眼がおかしくなったのだと本気で思った。ラグナが死ぬことなんてありえないと真面目に考えていたからだ。


「ラグナさん⁉」

「落ち着けメイア。あやつは無事じゃ」


 そう言ったメモリアが少女から目を離さずに背後を指さしていたので、少女の存在を意識しつつ後ろを見た。

 そこには確かにラグナがいた。傷は一切ないが、普段のラグナとは違いはっきりと焦っているのが見て取れた。

 冷や汗を垂らしながら、心の底からそう思ったのだとわかる声色で呟いた。


「あっっぶな。マジで死ぬかと思った」


 少女はラグナのことをじーっと見続けながら、咀嚼していた。噛むごとにどんどん目が輝いてゆき、ゆっくり時間をかけてそれを飲み込んだ。


「なにこれ……なにこれなにこれなにこれー!! 信じられないくらい美味しい!! ラグナ、だよね? 君の魂すっっごい美味しいね!! もっと、もっともっと、食べさせて!!」

「ハハハ、喜んでいいのかなその評価。食べられるのは、ちょっと、ご遠慮、願いたいかなぁ」

「別にいいでしょ? ラグナ。食べたからわかるけど、好きなだけ分身作れるよねっ! さっきあたしが食べたのも、 普段から体を覆うようにしてたのだよね?」

「……ありゃ、そこまでバレてるんだ。君、魂食べたやつの情報、読み取れるのかな? どのくらいは分かるのか、教えてくれるかい?」

「全部わかるよ? 食べた魂の記憶ならぜーんぶね! だけど、分身だったからかな? ラグナが、実体のある、魂のある分身を作れるってこと以外は、ほとんど分かんなかったー」

「へぇ、そうなんだね。安心したよ……あぁ、今更だけど、君って何て名前なの?」

「ニーネ。ニーネ・ソルジェーラだよ!! そういうわけだからさ! 魂、食べさせて? ラグナ!」

「いやご遠慮願いたいって言ったよねぼく! というか君さっき、あれ食べたばっかだよね⁉ 満腹だよね? そうだよね⁉ 定期的に、分身を食べさせてあげることならできるから、お願いだから見逃していただけないですか⁉」

「えぇ……? 全然まだ食べられるよ? でも、定期的にあの味を味わえるのは……すごくいいかも? でもでも、全部食べたらどんな味がするのか、気になる……あっ、そうだ!」


 いいことを思いついたと言いたげな笑顔でをしながら、瞳孔の開ききった眼を輝かせ、言った。


「あたしと戦ってよ、ラグナ‼ あたしに勝てたら、その条件をのんで、あなたのやりたいことにも協力する! 代わりに、あたしが勝ったら、魂ぜーんぶ食べさせてもらう。それでどう?」

「……なるほどね」


(どうする? いや、拒否する選択肢はないというか、できないんだけど。断ったら当然、容赦なく食べに来るだろうし、この先の未来のためにも、戦わなきゃいけないんだけど……勝てるのか? ぼくは……いや、やらなきゃいけないならやるだけだ。勝算なんて、今考えることじゃない。勝つしか道はない)


「いいよ。その条件をのむ。ただし、ぼくが負けても、食べて良いのはぼくだけ。二人には手を出さないこと。いいね?」

「うん! いいよー。それじゃあラグナ、楽しもうね‼」

「……うん、戦おうか。まぁ、そういうわけだから、もし負けたら、後のことは頼むよ? メモリア、メイア」

「負けることを考えるとは、ずいぶん弱気じゃな? ラグナ。そんなことを考えてる暇があれば、死ぬ気で勝つ方法を考えればいいじゃろ」

「……えっと、頑張ってください、ラグナさん。勝てるって、信じてますから」

「追い詰めてくれるねぇ、二人とも……あぁ、その通りだね。どんな手段を使ってでも、勝ちに行くよ」


 ラグナは双剣を握り、普段とは違う、真剣な表情でゆっくりと歩を進めた。ニーネは大剣を肩に担ぐとどこまでも楽しそうな笑顔で歩き始めた。

 メモリアたちは、巻き込まれないように距離をとりながら、口を開く。


「メモリアさん、その……ラグナさんは、勝てるんしょうか?」

「どうじゃろうな。間違いなく今強いのはニーネの方じゃろうが、勝負ごとに絶対はない。勝率は1%もないかもしれんが、0ではない。じゃからまぁ、勝つと思うぞ? あやつはそういうやつじゃ」


 メモリアの眼には、ラグナへの無類の信頼が込められていた。メイアはその眼を見て、絶対にラグナが勝つと、信じることに決めた。

 そして、二人は同時に走り出し、互いの武器を振りかぶり、真正面からぶつけた。

 ぶつかった瞬間、押し込まれることを理解したラグナは、それに逆らわず、吹き飛ばされることで、距離をとった。空中で一回転したのち着地すると、ニーネが突撃して、大剣を突き出してきた。それを間一髪で回避して、首をめがけて白夜をふるったが、ニーネは大剣から左手を離すと、その手で攻撃を受け止めた。そして、突撃の勢いを殺さず、右手だけで、大剣をラグナの横腹へとたたきつけた。ギリギリで極夜をぶつけたため、直撃は避けたが、当然また吹き飛ばされた。


(はは、やっば。分かってはいたけど、実際に受けてみると本当にやばいパワーだ。直撃したら一発で死ぬかも)


 着地し顔をすぐにあげるが、ニーネは今度は突撃せず、ラグナを見ると、口を開いた。

 ラグナはすぐさま指を噛みきると、流れた血で分身を作り、後ろへ跳んだ。

 ニーネが口を閉じると、先程と同じように分身はニーネに食べられていた。


「分かってたことだけど、容赦なく食べに来るねほんと。やめてくれないかな?」

「やだ! 美味しいんだから、我慢なんてできるわけないじゃん!」

「だよねー知ってた。って危な!」


 再びニーネが突撃してきたため、もう一度自分に重なるように分身を作りながら、対応する。


(パワーもスピードも当然あっちの方が上。反射神経と勘でギリギリ対応できてるけど、めっちゃキツいねこれ)


 大剣とは思えない速さの攻撃に何とか対応しつつ、全力で思考を回す。


(ニーネはぼくの分身食べて回復できるから、体力が切れるのはぼくが間違いなく先。だったら短期決戦しかない。考えろ。ぼくにある手札は何だ? 相手の手札は何がある?)


「楽しいね!! ラグナ!!」

「それは、良かった、ね!」


 ラグナは、ニーネの攻撃を避け、受け流し、分身を身代わりにしながら、勝つための方法を探り始めた。





あとがき

 と言うわけでガチ戦闘スタートです。ラグナにとって初めての本気の戦い、楽しんでくださいね。


 


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幻想世界の変革旅行 榊原修 @sakakibara2539

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