第27話 誓います、ですわ!


王城の中での騒ぎが落ち着いてくれば、

月も沈みかけ、反対側の空には橙色の光が上りつつあった。


イルドワンとベックは城の兵士に共に大人しくさせられ、

国王からは、「しばらくの間、屋敷からの外出を双方禁止」

と指示された。


何はともあれ、波乱の舞踏会は終わりを告げる。

貴族達は自分たちの屋敷へと帰り始めていた。




「…もう朝になりつつありますわ」

「そうだな…」

「そうですわね…」


グラーフ、ウィル、そしてエルの3人は、

王城の外をバルコニーから眺めていた。


ドタバタした内容となってしまったが、

舞踏会は、無事に終わった。


そんな中、グラーフが2人から距離を開けた。


「…私、帰りますわ」

「ええ、グラーフ様…また明日」


エルがにこ、と微笑んで手をひらひらと振る。

それに対してグラーフは、ビシ、と

エルに突き立てた人差し指を向ける。


「明日も稽古しますわよ、エルフォール様!

 それまでに、ネタを決めておいてくださいまし」


スカートの両端をつまんでお辞儀をすれば、

大広間の中に親を探しに行った。


どうやら一緒に帰るようだった。


「…エル」


その時、ウィルが声をかける。


「はい、どうしました?」

「少し歩こう」

「…わかりましたわ」


エルが頷けば、隣に並んで歩き始める。

大広間を抜けて中庭まで2人は歩いて行った。


空は夜の色と、朝日の橙色が混ざった紫色に染まっていた。


「…」

「…」


沈黙。

だがそこに気まずさはなく、どちらも2人の時間を噛みしめるようだった。


「…ウィル、貴方はいったい…どうなってしまうのでしょう」

「…」


ふと気になったエルは、立ち止まって質問を投げかける。

ウィルも、歩いていた足を止める。


「…国王は、あの寸劇すら想定内だった。

 焦る父は必ず、あの不正入学を暴露するだろうとな」

「…」


ウィルは脳内で、国王の言葉を思い返していた。


-ワシは全て知っていれば、エルちゃんの大事な旦那様を

 処罰せねばならん立場なんじゃよ


だから国王は、イルドワンの計画を知らぬフリをした。

ウィルやエルを守るため。


そして、エル達を守るために考えられたのが、あの寸劇だった。


その寸劇の効果はすさまじく、

不正入学したという暴露を無かった事にした。


「…参ったよ、国王というだけある」


頭をぽりぽりと搔きながら、ウィルは苦笑する。


本来であれば、父の罪は重く罰せられるはずだった。

しかし、ベックとの喧嘩を罰するという形で

に済ませてしまったのだから。


「ウィル…」


エルはゆっくりと近づいて、ウィルの顔をじっくりと眺めた。

真剣な眼差しが、エルに映る。


その時、ウィルの口が開こうとしていた。

何が言いたいのか、エルはなんとなく察してしまった。




ウィルはこれから恐らく、自分を罰する。

キーファブッチ家の長男として。




その先にあるのは…きっと婚約破棄だろう。


「…エル、俺は…」

「ま、待ってください!私から…言わせてください!」


思わず手の平をウィルの眼前に突き出す。

どうぞ、と言わんばかりに、ウィルは口を閉じてエルを見つめる。


婚約破棄を止めるには、今しかない。

そして、エルは…なんと言葉を紡げばいいか、頭の中をフル回転させていた。


(わー…!どうしたらいのですの!?

 わ、私と婚約破棄しないでほしいです…じゃあ味気ありませんし…

 そもそも、ウィルが婚約破棄を言い出すとは限らないし…!

 えーっと…ここはギャグを挟んで…いやそれだと空気が…!)



解りやすく目がぐるぐると回転する様子を、ウィルは可笑しそうに見つめていた。


「エル、お前の言葉でいい、言いたい事を言ってくれ」

「あぅ…はい…」


諦めたように、エルは俯いた。


呼吸が止まりそうな程緊張した心を解きほぐすように

深く息を吸って、吐く。


そして、ゆっくりと話し始める。


「…ウィル…私、…初めて会った時…

 貴方に失礼な事をしましたわ…」


あれは、ウィルがエルに婚約の挨拶に行った日の事。

その時、ウィルにテストと称して空のプレゼント箱を渡したのだった。


そして、エルは目の前で箱を破壊した。


「今思い出しても…壮絶な出会いだったな」

「ええ…あの時はごめんなさい」


俯きながらも、こくん、と頭を下げるエル。

ウィルは優しく、その頭を撫でてやる。

「いいんだ、ありのままのエルを見せてくれたんだ。

 あれがあるから…今があるだろう」

「ウィル…」


ふと、目の前のウィルを見上げる。

優しい笑顔。

出会った時とは違う、温かい表情。


「…私、貴方を誤解しておりました…」

「誤解?」

「ええ、ずいぶんと前にそれは解けましたが…」


エルが出会った時や学院にいる時のウィルは

キーファブッチ家の流儀に従い、

冷血で無表情、

そして、完全無欠を目指していた。


エルはウィルとの思い出を振り返りながら話しを続ける。


「ウィル…貴方がこんなにも、

 お笑いに理解がある方だったなんて…」


思い返すのは、漫才での修正案を上げたり、

出会った時の無礼や、路地裏とはいえ半裸になったり

それに対し、怒りを露わにしたり、婚約破棄を申し出ずに

理解しようとしっかりと見ていたあの目だった。


どうか、その才能を、自分と一緒に育ててほしい。

だから、婚約破棄をしようと考えないでください。


そう言おうとした。


だけど、それはウィルの言葉で遮られた。


「…それこそ、誤解だな」


ウィルは首を横に振りながら訂正する。


「え…?」


思わず、目を見開く。


見つめる先のウィルは、だんだんとこちらに歩み寄って来ていた。


「お笑いなんてものは聞いたことも

 見た事もない…。お前が初めてだ」


カツ、カツ、とブーツが石畳を叩く音が近づいてくる。


「…お前と出会ってからは初めてが沢山あった」


エルは胸を抑える。

心臓が爆発しそうなほど、高鳴りが全身に響いている。


「挨拶の仕方を否定されたのも、

 お笑いを見せられたのも…

 俺を笑顔にしたのも、お前が初めてだ」


目の前までウィルがやってくれば、

エルはその瞳、表情、全てから目が離せなくなっていた。


(こ、これって…!これって!)


胸が高鳴る。顔が熱くなる。


きっと、朝焼けに表情を照らされていても

自分の顔が赤い事がバレてしまうだろう。


「…エル、俺からも聞いてくれ…」


ウィルの微笑みの裏から、不安がにじみ出る。

聞きたくない、けれど聞かねばならない。


エルは、これから言われる言葉に少しだけ覚悟した。


「はい…聞きます…!」


きゅ、と胸に置いた手を握りしめ、

ウィルの表情をしかと見つめた。


婚約を破棄する。


そんな言葉が、出てくると思っていた。


(嗚呼、終わってしまうのですね。貴方との時間が)


学院に残りたいと思っていた、だから避けたかった。


そうであった理由が、言い訳になっている事すら、

エルは自身で気付いていなかった。


…ウィルの口が開かれる。





「俺は…ストランドフェルド家に婿養子として入る」





「む、むこ…!?」

思わぬ言葉に、エルの口がぱくぱくと開く。


それはつまり…。


「そ、それ…そそそそれって…!」


動揺して、口が上手く開けない。

舌を動かそうにも、もつれてしまう。

そんな様子のエルに、ぷ、と思わずウィルが笑いを漏らす。


「舞台の上で緊張しなかったくせに、

 俺一人に対して緊張はするのだな」

「そ、それとこれとは別ですわ!」


怒ったエルはぷんぷん、と言わんばかりに頬を膨らませる。

それもそうだ、聞かされると思っていた言葉とは

ほとんど真反対の言葉が飛んできたのだから。


小馬鹿にされたような気持ちになったエルは

ウィルにわざとらしく顔を背けて反抗した。


すると、ウィルがすぐ傍まで近寄ってくる。


そっぽを向いていた為、

ウィルがしようとしていた事に気が付けなかった。


ふわ、とエルの肩に、何かが触れる。

それは、ウィルの腕だった。

「へ…?」


横を向いた頬に、ウィルの胸板が触れる。

右耳には、跳ねるような鼓動が響くように聞こえてくる。


(そう…ウィルも緊張していたのですね)


速いテンポでリズムよく聞こえてくる鼓動に身をゆだねる。

その音に、エルはだんだんと安心を覚えていった。


胸板に当てられた右耳とは

反対の耳に、ウィルの声が聞こえてくる。


「エル、俺は…お前といると楽しい」

「…はい」


今まで堪えてきたものが、口に出来る。

それを知った時、ウィルはもう止まれなかった。


「……俺はお前といると…自然と頬が緩む」

「…はい」


「お前と、もっと楽しく過ごしたい」

「…はい」


「お前を笑顔にしてあげたい…」

「…はい…っ」


そして…ついに言葉にする。




「…エル、俺と…結婚してくれ」




「…はいっ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


晴れ渡る空。


澄み渡った空気に、教会の鐘が3回鳴り響いた。


互いに見合った2人は…今日、結婚する。


新婦が客席の方を見れば、見知った顔たちが

嬉しそうにこちらを見ている。


父に至っては…特等席で見れているのにも関わらず、

涙でこちらを見れていなかった。


司祭は、見合う2人を交互に見ながら

セリフを読み上げるように問う。


「病める時も、健やかなる時も

 2人は永久の愛を…誓いますか?」


2人は、息を合わせぴったりと同時に言い放つ。


「「誓います」」


皆に見守られながら、神の前で…

2人は誓いの口付けを重ねた。


教会の中で、割れんばかりの拍手が鳴り響く。


「これから…よろしくね」

「うん、よろしく」


2人は嬉しそうに微笑み合う。

教会の出口に2人が向けば、互いに腕を組み合い、

ゆっくりと歩いていく。


拍手が鳴り響き、皆、2人を祝い続けた。


2人が教会の扉に近づけば、

目の前で、教会の扉が開かれた。


外には2人の門出を祝う人たちが

花びらのシャワーを降らせていた。


誰かが掛け声を言い放つ。

「せーのっ!」









「「「「リリアン様!ベロウフォール様!

    ご結婚おめでとうございまーす!!!」」」」









「…やっぱり、恥ずかしいね、リリアン」

「そうね、あなた…」


2人は恥ずかしそうにしながらも赤い絨毯の上を歩く。

最後尾には、エルの姿が見えた。隣には、ウィルもいる。


「おめでとう、ベロウ」

「おめでとうございます、2人とも」

「ありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃんもね」


ウィルはその後、無事に婿養子に入り、

ベロウの兄という立ち位置となった。


「あ、というかお兄ちゃん、

 敬語気持ち悪いからやめてって言ったじゃん」

「お前じゃない、リリアン様に使ったのだ」


最初はどう接していいかわからない距離感だったのも

時間が経つにつれ、このように兄弟喧嘩もできる程の仲になった。

エルは嬉しそうに、涙をハンカチでぬぐっていた。


「ベロウ…本当に…本当におめでとう…!」

「ありがとうお姉ちゃん…あといい加減2人も式挙げなよ」

「うぐ…」


そう、婿養子として入ったのは良いものの、

ウィルとエルの結婚式はまだ開催されていない。

追い越される形で、ベロウとリリアンの式が開催されてしまったのである。


「だって…だって…」

「だって?」


エルが俯いて泣きそうな表情になる。

実際泣いているのだが、感動の涙から悔しさの涙に変貌しそうな勢いであった。


「だってネタが出来上がってないんですもの~!!!」

「だから普通に挙げろよ!!」


ベロウが怒りを露わにするほど、

エルは式で披露するネタ作りに手間取ってしまい

式が挙げれずにいたのであった。



「くすくす…」

「…リリアン?」


ベロウが振り返れば、リリアンが微笑んでいた。


「…私、やっぱりベロウと結婚して良かった」

「今それ思う~?」


あはは、と笑いがその場で起こる。

やがて、ベロウとリリアンを迎えに来た馬車が目の前に止まる。

真っ白な車体の側面には、美しい花が飾り付けられていた。


2人の、新しい門出だ。


「…じゃあ、またね、ベロウ」

「…またね、お姉ちゃん」


馬車に乗り込めば、扉が閉まる。


御者が手綱を振るえば、馬がいなないて走り始める。


「またね~!ベロ~ウ!」


エルが大きく手を振って馬車を見送る。


すぐに会えるが、この瞬間、

いつまでも子供だと思っていた弟が

大人になった気がした。


「…なんだか、寂しいですわね」

「…そうだな」


道の果てまで行ってしまった馬車を

寂しそうな目で追いかけ続けた。


その時、教会からこちらに駆け寄る声が聞こえてくる。


「待ってくれ!待ってくれぇ~い!!!」


ドタドタドタ、と走りながらこちらに近づいてくる。


気になってそちらを見れば…。


「国王!?」


国王が何かを持ってこちらに駆け込んでくる。

そして、すっかり小さくなってしまった遠くの馬車を見つけ、

がくり、と項垂れてしまった。


「…しまった…渡したかったのにのう…」


そう言って持っていた本を眺める。


「えっと…国王陛下、一体何を渡したかったのですの?」


その装丁には少し見覚えがあった。

いつも自分が持っている滑稽話集に似ているものがあったのだ。


「…これじゃよ」


そう言って、本を手渡す国王。

それを受け取って、エルはまず、タイトルを眺める。


見知った書体。見慣れた文字。

そして、最後尾に、見慣れない記号が付いていた。


「…こ、滑稽話集…Ⅱ(ツー)!?」


思わず大声で読み上げてしまう。

国王の方に首を向ければ、

茶目っ気のある様子でピースしてみせた。


「作っちゃった、第2弾!」


エルとウィルはあんぐり、と口を開いていた。


((これを、結婚式という門出に…わざわざ?))


国王は早く見せたくてしょうがないのか、

エルから本を取り上げれば、パラパラとページを開く。


「ほれ、この間皆とやったものも載っておるぞ」


そこには題名、"止まらぬ嘘"と記されたタイトル。

扉絵は、男女3人と、巨大なゴーレムが描かれていた。


「あ、え…こ、これって…」


エルはその扉絵で気付く。

それは…あの舞踏会で行った寸劇の…。


「うむ、グラックブッチ防衛隊じゃ!」



エルはその日、今日1番の叫び声を上げた。

それは晴れ渡る空、清々しい程綺麗なツッコミであった。






「なんでやねえええええええええええええええええええええん!!!」








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「ウィル、少しいいですか?」

「どうした?」

「…やっぱり、式でやるネタなのですが」

「俺はなんだって構わない。

 お前達が輝く姿はいつでも素敵だからな」

「そ、それなんですが…」

「…?」







「ウィルも合わせて、トリオなんてどうかなーって…」








エルフォールお嬢様はお笑いが好き

<完>




ーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

面白ければ、★や♡をいただければ励みになります。


初めての長編で無事終わるかどうか不安でしたが、

やりたかった場面を表現できて、満足行く作品となりました。


次回作の予定は皆無ですが、

また思いつけば短編でも出したいと考えております。


ほなどうも!ありがとうございました~!

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エルフォールお嬢様はお笑いが好き オーダマン @audaman

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