第4話 借りたモノを返さなかった一族の末路 参
授業が終わり、クラスメイトに「また明日〜!」と手を振ってから急いで学校を出た。
私の身体に異変が起こっていた。時間が経つにつれ、左足が鉛のように重くなっていく。右腕で鞄を持っているはずなのに、左腕の方が重いだなんてあり得るのだろうか?
「身体に錘が付いてるみたいに重い。なんだろう、これ……左側が重いのかな? ま、まさか……あの黒いのが私に憑いてる!?」
そう思ったら背中がゾワゾワし始めた。何かが私のすぐ後ろにピッタリとくっついている。そして、殺気のような視線も。
(ヤバイ……これは絶対に振り向いたら駄目なやつだ)
私は息を呑み、早歩きで歩き出した。いつもなら青信号になってから横断歩道を渡るが、今日は信号無視をして渡る。怖い。背後に何かがいる。目を合わせたら一巻の終わりだと、私の直感が告げていた。
「足は絶対に止めちゃダメだ……早く、早く帰ろう!」
恐怖を紛らわせるように、ブツブツと大きめの独り言を漏らす。早く、早く信介さんの元へ。信介さんの元に帰れば、きっとこの現象をどうにかしてくれる。そう言い聞かせて自分を鼓舞するも、次第に手先は痺れ、左半身はどんどん重くなっていく。
「早く……早く帰らないと――うっ……」
猛烈な目眩と吐き気が襲ってきた。加えて視界がグルグルと回り出していく。もしかして、堀部さんと一緒の症状だろうか? こんな状況を毎日一人で? こんなの私だったら耐えられない。私なら殺して欲しいと願うレベルだった。
「い、意識が遠のいて……信介さん、助けて……」
家まで後もう少しなのに――そう思っていたら、信介さんが血相を変えて家から飛び出して来た。どうやら、何かを感じ取って家の前まで出て来てくれたらしい。
「雅、大丈夫か!?」
「しんすけ……さん?」
「今回はかなりデカイの憑けて帰ってきたな。コイツは祓いがいがある……なッ!」
信介さんは指をポキポキと鳴らした後、何かを握りつぶすように拳を握った。すると、私の左半身を覆っていた黒いモヤが霧散していくのが、ハッキリと見える。身体が軽くなった私はすぐに信介さんの背後に隠れると、頭の中で甲高い悲鳴が響いた。
『ワタシノウデ、ワタシノウデ、ワタシノウデ、ワタシノウデ!! イッポンタリナイ……イッポンタリナイ、イッポンタリナイ!! ワタシノウデヲカエセッ!!』
「落ち着け。この子はお前が狙ってる一族の人間じゃない。ほら、お前の腕を持つ人間の気配が向こうからするのが分かるだろう? そっちだ。この子はお前が呪う対象じゃない。俺の言ってる意味が分かるだろう?」
黒いモヤは信介さんの言葉を理解したのか、スゥゥゥ……と完全に消えて無くなってしまった。
信介さんの背後で小さく震えることしかできなかった私は、「あの黒いモヤは消えましたか?」とか細い声で聞く。
「黒いモヤ? あぁ、雅の目にはそう見えていたのか。あのモヤの正体は仏様だ。長い間、拝まれてなかったうえに、貸したモノを返していないから相当怒り狂ってたな。お前に憑いてきたのは呪いの対象の臭いが微かにしたからだろう。雅、誰かと会ったのか?」
「じ、実は今日――」
堀部さんという女の子の左半身が先程のモヤで覆われている事。体調が優れなくて登校途中で倒れてしまい、介抱した事を詳しく話した。
「……という訳で、なんとかしてあげられないですか?」
「悪いが無理だな」
「え? 信介さんでもですか?」
珍しくキッパリと断言されてしまった。いつもならその子自身から依頼があれば、助言くらいはしてあげるのに。そう思っていると、信介さんはいつになく真剣な表情で私を見据えてきた。
「これは神障りだ。下手に関わると命を落とすぞ」
「で、でも! 堀部さんは苦しんでるんですよ!?
どうにか––––」
私は信介さんの少し怒ったような表情を見て押し黙った。口には出さなかったが、割り切れという事だろうと思ってしまった。
「手遅れだ。過去に何があったのか視てみたが、その子の先祖が神に貸してもらった左腕を返してない。神様との約束は契約でもある。契約違反したからこうなってるんだ。今回の件は完璧に人間側が悪いよ。それにな、あの荒れようはかなりヤバい。雅にも聞こえてただろ? あの様子だと長い間、拝まれてないという事だ。恐らく、どこか閉山された山奥の寺にそのまま放置されてる神様だろうな。どちらにせよ、俺には救う事も擁護する事も出来ない。退魔師とはいえ、俺だって万能じゃないんだ。さぁ、帰るぞ」
信介さんは半ば強引に私の手を引いた。対して私は腑に落ちないといった表情で堀部さんの身を案じながら、帰路へついたのだった。
◇◇◇
その翌日、学校の朝礼で堀部真琴さんが、下校中に大型トラックに轢かれ逝去したと伝えられた。突然の訃報にクラスメイト中が騒めいたが、彼女との親交は深くなかった為、悲しむ者は誰一人もいなかった。
「俺が思うに堀部は自殺だと思うんだよね。俺、大型トラックに向かって笑顔で突っ込んでいったのを見たんだよ、こんな顔でさ!」
堀部さんの死に顔を真似するクラスメイトを見て、側にいた友人達は「故人に向かって、そんなことを言うのはやめろよ」とゲラゲラ笑っていたが、皆が興味津々な様子で彼の話を聞いていた。
偶然、目撃したクラスメイトによると、彼女の左半身は凄惨なもので、どこを探しても左腕は見つからなかったらしい。それを聞いた私はただ一人静かに泣いていた。信介さんが手遅れだと言っていたのは、この事だったのだ。
もう少し私と出会うのが早ければ、助けられたかもしれないのに。私は自分の無力さと後味の悪さに思わず目を伏せてしまったのだった。
神の怒りに触れた一族の末路 梵ぽんず @r-mugiboshi
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