第3話 借りたモノを返さなかった一族の末路 弍

 あれから堀部さんは保健室へ運ばれた。やはり、先生達の目には彼女の左半身に纏わり付く、黒く染まったモヤは見えないようだった。モヤに触ってしまった先生もいたが、見えなければ大丈夫だろうと判断し、私は平静を装った。


 私も保健室まで付き添ってあげようかと思ったが、「後は先生達に任せて教室に行きなさい」と促されたので、遅れて教室に入ったのだった。


「えー、この戦国武将の日本刀は名匠・堀部虎徹の手によって作られ……」


 今は歴史の授業の真っ最中であるが、私は彼女の左半身にかかってたあのモヤが気になり、授業が始まった今でも集中できずにいた。


 ノートの端に今朝あった出来事を簡単にまとめながら頭の中を整理していたが、謎は深まるばかり。素人があれこれ考えても仕方ないのだろうが、あのモヤが目に焼き付いて離れないのだ。


(あの黒いモヤは一体、何なの? 色的に良くないモノだっていうのは分かってはいるけど、なんなのかハッキリとよく分からないし。はぁ……素人の私が考えても無駄か。帰ったら信介さんに聞いてみようかな)


「……城……月城!」

「は、はいッ!」

「今、何の話をしてるか分かってるか?」


 教師のマツケンにチョークで黒板をカンカンと叩きながら問われ、私は苦笑いしかできなかった。対する先生は呆れたように溜息を吐く。


「す、すみません。クラスメイトの堀部さんの事を考えてて。授業はその……あまり聞いてませんでした」


 小さな声で素直に謝る私を見たマツケンは頭をガシガシと掻きながら盛大な溜息を吐いた。


「そうか、お前が堀部を助けたんだったな。堀部は元々身体の弱い生徒じゃなかったんだが、高校に入学してから身体の不調を訴えるようになったんだ。ま、高校に入ってからそうなったっていう話だし、保健室の先生が環境の変化によるストレスだろうって言ってたから、すぐに良くなるさ。そんなに心配しなくても大丈夫だろう」


 マツケンは私を安心させようとそう言ったが、私は絶対に違うと思っていた。


(あれは絶対にストレスなんかじゃない。原因はきっとあの黒いモヤだ。普段、信介さんが側にいないと幽霊が見えない私でも見えるだなんて。よっぽど悪いモノが憑いてるに違いない)


 帰ったら信介さんに報告しなきゃ――使命感に駆られた私はキュッと唇を結んだ。


「クラスメイトの心配もいいが、ちゃんと授業は聞いておくように。いいな?」

「はい、すみませんでした」

「分かればよろしい。じゃあ、授業を続けるぞ」


 マツケンは黒板の方を向き、カンカンと音を立てながら文字を書き始めた。私も着席したが、胸騒ぎが止まらなかった。太腿の上で握った手に汗がじんわりと滲む。


(信介さんは色んな難事件を解決してきた凄い人だって分かってるけど、なんでだろう……今回は駄目な気がする。あぁ、駄目よ。マイナスな方向に考えたら本当にそうなっちゃう! 今は授業に集中しよっと!)

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