刃物のような片思い。その二。

 やぁ、その全身包帯でぐるぐるまきなところを見るに、君が稍数因深君だね?


「……ん、先生、なんでいるんですか? ええ、たしかに俺が稍数ですけど」


 通り魔に執拗なまでに、恋愛的なまでに狙われている、稍数因深君だね?


「はぁ、恋愛的……はい、その稍数ですけど」


 過去、女の子に振られた回数は裕に二十は超え、女子生徒に裏で”いややかず”って呼ばれている稍数因深君?


「なんで知ってるんですかそんなこと! え! 俺そんなこと言われてたんですか?」


 そりゃ下調べしたからわかるさ。そんなことはさておいて、今日僕が人目を忍んで、勢い勇んで、危ない橋を渡って、こうして君に会いに来たのかと言うとね、ズバリ、通り魔事件についての話を聞きたいからなんだ。


 僕はなるべくオーバーに、そしてフランクに聞こえるよう、言った。


 どう見ても怪しい訪問者である僕への警戒を、ある程度緩和させようという企みがあったからだ。


「……通り魔ですか。なんなんですかね。彼女は……いつもちょうど退院の時期を狙って、病院送りにしてくるってところが、どうにも奇妙ですよね。なんで俺ばっかり……」


 彼女……? 性別が判明しているのかい?


 それは、然詩ちゃんからもらった情報にはなかった話だ。いや、恋愛相談と銘打っていて、それで被害者の最たる者が男子生徒なのだから、そこから犯人が女であると推測することは容易いのだが…………。


 けれども、それは被害者を狙う執拗さから出た印象でしかないのであって、何も確実性はない。


 というか、もう恋愛相談というお題目が先入観を強く抱かせていている。


「あ、いや、その別にはっきりわかっているわけじゃないんですけど……なんて言うんですか、彼女――――通り魔は、俺を刺す際、体をぶつけるようにして、ごく至近距離で刃物を使うんです。全身の勢い、助走のパワーをフルに使うというか。その時の衝撃の強さとか、密着した時の体つきの特徴が、とても男のものとは思えなくて」


 だから、通り魔を彼女と呼ぶわけか。なるほど。あと他に通り魔についてわかっていることあれば、事細かに鮮明に教えてもらいたいのだけれど。


「と、言われましても、言葉に詰まってしまうんですがね…………あぁ、そうだ。なんでも、この傷を見るところ、完全に急所を避けているとのことなんです。プロの技、人を刺し慣れている人間のやったことだって、唯崎先生が」


 それは、まぁ、然詩ちゃんから聞いていた話だ。今までに刺された人間は、全員急所から外れ、一命を取り留めていると。


「まぁ、通り魔なんで、刺し慣れているっていうのは当然なんでしょうね」


 でも、刺し慣れているからといって、急所をあえて外す理由は、いったいどこにあるんだと思う?


「そりゃあまぁ、罪の意識に耐えかねて……人殺しというのは、往々にして強烈な罪悪感を伴うものでしょう?」


 …………そんな人間が、果たして連続的に通り魔などするだろうか。司法のことはよく知らないのだが、きっともう、これまでの通り魔被害を集計すれば、殺人罪に匹敵するだろう。


 罪を犯すことを恐れているわけではない。


 人を傷つけることを怖がっているのではない。


 誰でもいいというわけでもない。


 だとすれば、ならば、犯人は――――


「早く、捕まって欲しいものですね……俺ももう、正直限界ですし」


 一つ、最後に教えて欲しい。


「なんですか?」


 君、好きな人いる?


「……びっくりした。藪から棒ですね……。ええっと、好きな人? いますけど……」


 教えて。


「なんか圧がマジなやつですね。正直恐怖すら覚えるんですけど。うーん、絶対秘密ですよ? 三組の幾許――――」


「介添臣! どこにいる!」


 ――――! うわ、唯崎先生だ! くそ、あの看護婦、本当に報告したのか! やばい、逃げなきゃ! と、とりあえず、ありがとう! 稍数君! 通り魔は絶対突き止めるから! じゃ、バイバイ!


「え、えっと、はい! さよ、うなら……」


**********


 後日談。というより解決編と言った方が、正鵠を得ている気がするよね。

「それで、真相は判明、もとい、相談は解決したんですか?」


 あの後、紆余曲折を経て、七難八苦の末に、なんとか僕はあの保健室から逃げ出した。そして、保健室で得た証言を基に調査を進め、種子雑多な雑事を片付けてから、こうして今、またも相談室にて然詩ちゃんと対面しているのだった。


 で、ことの顛末なんだけれど…………まぁ、結構単純で簡単だからさ、ぜひ自分で突き止めて欲しいんだよね。


「は? なんですか? 意味がわからないんですが。自分で突き止める? つまり、諦めたということですか?」


 あぁ、いや、そうじゃなくて……僕がヒントになることを言うから、それで勘づいて欲しいってことだよ。その方が説明がしやすい。


「はぁ……それほど時間に余裕があるわけでもないんですがね。まぁ、その方がいいと言うのなら、そうしましょう」


 じゃあまず、なぜ稍数君だけ、執拗に狙われていたのか。ヒントは、通り魔が女性だと言うことだ。


「解が複数ありそうな問題ですね。その点については色々と考察してきましたよ。憎悪、執着、趣向…………あとは、恋心、ですか」


 うん。恋心、だね。まさしく、刃物のように一方的な片思いさ。


「……? でも、どうして恋心が通り魔の動機になるんですか? もし犯人が校内の生徒だとして、むしろ刺してしまったら会える機会が激減してしまうでしょう? それじゃ、刺すことが得になるどころか、損にしかならないじゃないですか」


 それはとても重要な疑問点だよ。次は、通り魔は一体どういう人間か、だ。ヒントは、人体の構造を把握している、ということかな。


「……人体? あぁ、急所を全て外しているという話ですか。たしかに、あれは達人の技と言えます。卓越した技術がなければ、できないことでしょう。そういう技術がある人間…………あ、医療従事者、とか」


 全員が全員そうとは限らないけれどね。ともかく、人体に触れる機会が多い人たちであることは確かだ。


「退院時期を正確にサーチできていたのも、校内の医療従事者だから、というわけですね」


 それじゃ、最後。犯人は誰? ヒントは、僕と君、稍数君以外の誰か。


「ふむ……医療関係で、女性で、校内の人間で、被害者のことを知っている……」


 唯崎先生だよ。犯人は。


「……………………」


 絶句している。顔は見えないけど、唖然顔であること間違いなしだ。


 いや、彼女の場合、唖然顔ではなく、失望顔だろう。


「信じられない……」


 ま、冗談だよ。超冗談。ジョークってやつ。


「こういう場合は、何罪で訴えを起こせるんだっけ……」


 ちょっと待って、訴訟しようと企むのはやめて、民事裁判を起こそうとしないで!


「で、結局誰なんですか! 犯人は!」


 いやいや、もうこうなったら消去法でしょ。看護師だよ。あの僕の命の恩人のね。


「……はぁ」


 辻褄は合うんだ。彼女、あの保健室にいる唯一の生徒だからね。それも、三年生で長いこと看護師としてやっている。さっき言った条件には当てはまるよね。


「動機は……恋愛感情によるもの、ですか」


 ま、片思いなんだけどさ。これは片思いじゃないと成り立たないアプローチだし。


「どういうことです?」


 共依存。って言葉知ってる?


「コディペンタシー、ですよね。病人が看護師に依存する一方で、看護師も病人を看護して、己の自己肯定感を高めるために依存する。みたいな人間関係のこと……あぁ、なるほど。そのまんまですね」


 うん、そのまんま。犯人の看護師は、思い人である稍数君を刺し、自らを必要とさせることで、恋愛欲求を高めようとする。稍数君は、看護が必要なほど痛めつけられ……。


「急所を避けていたのも、殺してしまうのは目的に反するから……」


 まぁ、元々通り魔として悪逆の限りを尽くしてきた人間ではあったのだろうと思うよ。最初に襲われたっていう女子生徒は、例の看護師とはなんの関わりもない生徒だったからね。


 それに、経験があって躊躇がないからこそ、こんな手段を思いついて実行できたんだと思うしね。


「なるほど……でも、証拠はないですよね。これじゃ、検挙できないじゃないですか」


 証拠……すっかり忘れていた。あぁいるんだったな。ミステリーにも捜査にも、他人を疑うなら、まず証拠が必要なのだった。


 別に証拠なんて必要ないだろう。僕は真相を突き止めるだけで、犯人を捕まえたいわけじゃない。それに、そもそも犯人はわかっているのだから、証拠ぐらいなんとか見つけ出せるだろう? お飾りだけの警務部ってわけじゃないんだからさ。


「それもそうですが……いや、なんでもないです。介添先生、お力添えありがとうございました」


 はい。ところで、然詩ちゃん。君、好きな子いる?


「はい? 好きな人ですか……? いますけど」


 へぇ、誰?


「弟です。狼煙と言います。片思いですが」


 赤裸々だった。聞いた僕の方が。ともすれば、つくづく片思いとは一方的で虚しいものだな。


「そうですね。片思いも、恋愛も、どっちも同じで虚しいでしょう。けれど、大事なものにはなりますよ。では、私はここで。ありがとうございました」


 然詩ちゃんを見送って、見えてはいないが見送って、完全に部屋から出たところで、僕はため息をつく。


 やるせない気持ちの逃げ場を探して。


 この数日は、看護師の、稍数君の、然詩ちゃんの、一方的で刃物のように鋭い恋心の行く末を、見守りたくなった。そんな昼下がりだった。

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ある高校の、恋愛相談室にて。 青ニシン @Nisin_very

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