刃物のような片思い。その一。

「刃物のような恋愛相談…………なんですが」


 昼下がり。午後のお茶を嗜んでいたところに、一人の女子生徒がやってきた。顔は相変わらずの相談室仕様で見えないが、しかしその正体はすぐにわかった。


「で、詳しい内容なんですけれど」


 ちょっと待って。何なに? 刃物のような恋愛相談? なんだいそれ。警務部の部長である幾許然詩いくばく しかしちゃんの口から出てくるにはちょっと面白すぎる文言じゃないかい?


「どうしてそう説明口調なのかは気になるところではありますが。それで、詳しい内容なんですが」


 ちょっと待ってよ。なんでそうせわしないの? なんか、事を急いているみたいだね。それに、知っているだろうけど、僕は恋愛相談しかやっていないよ。その相談は一応、恋愛相談と銘打っているけど、枕詞が不穏当で、どうにも花の高校生の純情な恋愛模様とは異なっているように思えるんだよね。


「恋愛相談だと言えば、目の色を変えて乗ってくると伺ったのですが」


 そんな噂を流したのは誰だ! 警務部はまずそいつを名誉毀損で捕まえろ!


「高校生の恋愛模様とは異なっている……まぁ、それはそうでしょうね。なんと言ったって、この件は決して、赤裸々で甘酸っぱい花の恋愛相談ではなくて、あくまで連続通り魔事件の話なんですもの」


 ……連続通り魔事件?

 そんな物騒な。


「ええ、物騒で危険です。もうこれまでに、一人と十人の生徒が被害に遭っています」


 ほう。それはつまり、うちの生徒を特定して狙っている犯行というわけかな? ……一人? なぜ別枠があるんだい?


「それは、その、先生。もしかして、初耳ですか? この話」


 もちろん。事件の内容から察するに、警務部によって緘口令が敷かれているんだろう? そりゃあもちろん、部外者であるところの僕の耳には届かないさ。


「……いや、緘口令は敷いていないんですが。というより、生徒の安全のため、教員の方々には周知をお願いしているんですけれど」


 …………。


 僕がハブられているという話は、始めてしまうと長くなるので、省略するとして……。


「……そんな話はどうでもいいんです。それでなんですが、この事件、先生にご協力願いたいんですよ。恋愛相談として、決して警務部の手伝いという側面ではなく」


 なんだか要領を得ないな。もちろん、協力はする。するけれども、どうにも遠回しにお願いされている感が否めないんだよね。直接職員室とかで話せばいいところを、相談室でしてくるとか、事件の解決をしてもらいたいならそういえばいいものを、恋愛相談に絡ませてくるところとか。


 手順が一個多い気がするっているのは、気になるよね。


「それは、つまりこの事件が恋愛模様が含まれているからなんですが。甘酸っぱくない、血みどろで生々しい恋愛模様なんですが」


 血みどろの恋愛模様って…………。血飛沫の柄なのだろうか。


 まぁいいや。聞くよ。聞かせてくれ。その事件のわかっている全てを。


「引き受けて……くれるんですね」


 あぁ、もちろんさ。


「それじゃあ、詳しい内容なんですが」


**********


 然詩ちゃんから聞いた事件の内容はこうである。


 まず、事件の発端から。これは、ある女子生徒がお天道様も元気な朝っぱらに、後ろから突如刺されたことから始まったというのが警務部の見解だ。


 背中から、薄っぺらいナイフ状の刃物で、四回。


 幸い、と言っていいのかわからないが、その女子生徒の命に別状はなく、長い入院になりはしたものの、今も元気らしい。


 なぜこんな言い回しになってしまったのかを説明すると、これ以降の全ての被害者は、何故か、刺された箇所が急所や内臓からはそれており、外傷の多さにかかわらず、一命を取り留めているのだ。


 これを偶然と捉えるか、必然と捉えるか。警務部の方でも、様々な推理が飛び交っているとのことだ。


 そして、ここに稍数因深ややかず ちなみという男子生徒が登場する。


 彼が、僕の気にしていた、然詩ちゃんの省いていた”一人”、である。


 何が彼を特別にしているのかといえば、彼だけが、もう八回に渡って同一犯とみられる通り魔に刺されているからだ。


 それも、前後ろ両方、刺していない箇所は急所と内臓だけに直結している部位のみになるまで。


 明らかに彼を一人狙いしているのがみて取れる。


 然詩ちゃんがこの事件を恋愛相談と絡めていたのは、この病的なまでに執拗な犯行を、女の子らしく、オブラートに包んだ結果なのだ。


 ならば、他の生徒を狙う必要はないと思えるだろう。僕もその点は気がかりだった。しかし、然詩ちゃん曰く、通り魔を捕まえようと因深君に張ったら、それを鋭く察知され、別の生徒を刺すのだという。ただ一人を狙い続けるのではなく、そこまで多くもない警務部の部員を分散させるために、あえて別の生徒を狙う必要があると理解しているのだ。


 そんなところまで徹底されていて、捜査は色々難航しているのだとか。


 だから、完全な第三者であり、通り魔を見つけようとはせず、あくまで恋愛相談を解決するためだけに存在する、遊撃兵でもあり不確定要素でもあるこの僕に光明を見て、お声がかかったというわけなのだった。


「よし。説明終わり。改めてみると、こうもサイコ的な片思いも、僕の相談にはなかなかないな」


 ちなみに僕は今、東頭高校別棟にある、特別保健室にきているのだった。

 目的はもちろん、稍数因深に話を聞くためである。


「ちょっと、ノックして入って……ってなんで介添先生が保健室に……」


 居たのはもう三度目の登場となる、唯崎先生だった。というかなんですか不躾に。僕はこれでも養護教諭ですよ。本来、保健室がテリトリーでしょう。なんらおかしいことではないですよ。


「あなたの場合は、おかしいどころか異常事態ですが……。なんですか、あなたは干されているんですから今更来たって何もできないですよ。それとも、日々話し相手にされている私に対する労いの気持ちがついに芽生えましたか? 今日はつまり、手伝いに来たと。そういうわけですか?」


 生憎ですが、全く別件です。ちょっとお見舞いに来ただけです。


「見舞い……? 見舞いなんてするキャラじゃないでしょう」


 僕をなんだと思っている。荒くれ者じゃないんだぞ。


 で、稍数因深という生徒がいるはずなんですが……。


「面会謝絶です。どうぞ、そちらの出口からおかえりください」


 冷たい。表情がいつものそれではなく、真剣味を帯びている。新卒時代の、就職面接を思い出す言い方だった。


 いや、聞いてないんですか? 一応、警務部の使いというか、相談されて、解決するために、嫌々こうして足を運んでいるわけなんですけれど?


「はい? 警務部? あぁ、昨日一昨日も来ましたよ。病床に伏している生徒たちに、しつこく話を聞きたいってせがんできたから、退院するまで出禁にしましたよ。で、その警務部の使いなんですか? じゃあ、同じような措置をとった方がいいですかね?」


 ふむ、頑固である。どうやら、友情で特別、なんてこともなさそうだ。生徒に親身になって、大切に思うことは、教師として、養護教諭として百点満点をあげたいところだったが、しかしこの場合はただ邪魔なだけである。


 唯崎先生には悪いが、強引な手段を取るしかなさそうだ。


「では、お帰りください」


 お邪魔しました。いや、お邪魔するのは今からですかね?


 前文ははっきり、後文は聞こえないように僕は言う。


 ――――――――唯崎先生は、こうもすんなりと諦めた僕へ、肩透かしをくらったようにしていたが、しかし油断するのも驚くのもまだ早い。


 強引な手段。それは一体なんなのか。僕は、あの後保健室を去ってから、数時間どこかで時間を潰し、程よく暗くなって、一目につくことも少なくなりそうな時間帯に、もう一度東頭高校の別棟へ訪れた。


 だが、同じようにドアから入るわけではない。今度のアプローチは全くもって別方向である。


 特別保健室は三階。入院用の保健室なので、わずかばかりに離れたところに位置している。


 僕は、気合いを入れる。気合いを入れて、校舎の壁に手をかけた。


 そうして、窓の嵌められた、画一的な壁を、足元を気に掛けつつ、滑って落ちてしまった時のことなど意識して考えずに、僕はこのビックウォールを登り始めたのだ。

 側から見たら自殺行為だろう。自分から見ても自殺行為なんだから。


 とにかく、あぁも唯崎先生に拒絶されてしまったのでは、もうまともな方法では彼に会えない。これ以上唯崎先生に嫌われないためにも、僕はこんな気の狂ったとしか思えない手段を取ることにしたのだった。


 クライミングは初体験だが、思っていたよりできるものだな。難易度が高いなんて、今日時間潰しに寄った図書室で呼んだ、クライミングの指南書には書いてあったのだが。


 昨日は晴れだったし、今日もずっと晴れている。風も強くない。天候のアクシデントで落ちることもなさそうだ。


 そうして、なんのトラブルもなく、僕は三階の、特別保健室の扉へ、到着することができたのだった。


 では、早速窓を開けてっと……。


 …………。


 …………開かない。


 むむむ、硬いな。鍵がかかってるのか?


 ならば、隣の窓に移って……。


 ととと、風が強くなってきた。吹かれて落ちてしまうくらいには。


 いやいや、これはもう突風なのでは?! この手を離したら落ちてしまう!


 ちょっと、誰か開けて! 唯崎先生でもいいから!


 僕は、とうとうヤバくなってきたことを悟り、人目を憚らずに窓を叩く。このまま誰も反応しなければ、僕はいずれ死んでしまうだろう。


 こんな細い足場にそう長くは立っていられない。


 ちょ、誰か! まずいってほんとに!


「…………先生。……何してるんですか」


 窓がスライドして、室内への侵入経路が開かれる。っと、ありがとう。君がいなきゃ死んでいた。命の恩人だよ。あ、唯崎先生には言わないでね。


「いや、言いますけど……先生、紛れもなく不審者ですよ」


 いやいやそんなことはないさ。なんせ、僕はただ、忘れ物を取りに来ただけなんだから。忘れ物を取りにくる人間のどこが不審なんだい? それに、不審者なんてそんな簡単に人に向かって言ってはいけないよ。武神者とかならまだしも……とにかくありがとう。助かった。この埋め合わせは必ずするから。


 と、僕は窓を開けてくれた看護師に、そんな苦し紛れの言い訳をして、返答を聞くこともなく颯爽とその場を去った。


 彼女が唯崎先生に報告するより先に、稍数因深君に会わなければ。

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