新羅由紀乃は逆ハーレムから逃れたい

毒月紗彩

第1話

「いやぁあああああああああ!!!!」


 開幕叫んでいるのは、新羅由紀乃(しんらゆきの)。彼女が叫んでいる理由は数分前に遡る。


 彼女はいつものように大学へと向かう通学路を歩いていたのだが、突如眩い光に包

まれていた。強い光が収まり、目を開けるとそこは一面真っ青な空。そして、冒頭の叫びに戻る。

 気持ち悪い浮遊感。現実離れしているこの今の状況。由紀乃はとても混乱していた。


「なんで、こんなことになってるの?! だって普通に歩いていただけじゃない!」


 そんなことを叫びながら、ただひたすら下に真っ逆さまに落ちていく。いつまでも地面が現れないことも不思議だが、由紀乃にとってはそれどころではない。このまま地面に落ちてしまったら死んでしまう。まだ死にたくなんかない! 由紀乃は今まで彼氏などがいたことがなかった。恋を知らずに死ぬなんて嫌だ! このまま死ぬぐらいだったら、一度でいいから彼氏が欲しかった……っと思いながら由紀乃の意識はそこで途絶えた。


 由紀乃が目を覚ます。無事に生きていたことに彼女は心の底から安堵した。どうやら生い茂った草木に助けられたようだった。生きていたことに感謝したものの、ここがどこなのか分からない状況。由紀乃は再び頭を悩ませた。

 とりあえず動かなければと考えた彼女は、森の中を探索することにした。湿った草と木々の香りが辺りからしている。お気に入りのブーツが土で汚れることに悲しさを感じながらも、由紀乃は森の中をとにかく進む。見渡す限り木、草、見たことのない植物。ちゃんと前に進んでいるのかすら分からなくなるほどだ。

 どれだけ進んだのだろうか。由紀乃の視線にふと人影のようなものが写る。人だ! っと喜び、彼女はその人影に近づいた。


「何者だ」


 やはり人だったようで、その人は由紀乃に話しかける。由紀乃はやっと人に出会えたことに喜びを感じながら、


「信じられないとは思うんですが、空から落ちてきたんです……」


由紀乃がそう答えた。その人物はとても怪訝そうに彼女を見る。


「空から、だと? まさか」


そう言いながら、その人物は由紀乃の方へと走ってきた。先ほどまで木の後ろから話しかけてきていたその人物。その姿に由紀乃は目をかっぴらいた。


(うわっ、めっちゃイケメン!)


そんな事を呑気に思う。走ってきた彼は、この世のものとは思えないほどの美形だった。真っ赤な炎のような髪色に、引き締まった体。身長はとても高く、キラキラと輝くような瞳も髪色と同じ赤だ。

 由紀乃の前まで来た彼は、ジロジロと不躾に彼女を上から下まで見る。そんな視線に由紀乃は居心地が悪く感じるも、現状が掴めない今は我慢するしかないと思った。


「やっぱりだ……。お前、渡人だな」


「渡人? それは一体なんですか?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返す由紀乃。彼は大きなため息を吐きながら、彼女に一言「着いてこい」と言った。何が何だか分からないが、この訳のわからない場所の正体がわかるだろうと由紀乃は思い、彼に着いていくことにした。


 しばらく彼の後ろを着いていくと、大きなログハウスが見えてきた。彼は、ログハウスのドアを開けて中にこう叫んだ。


「おい、フィリップ! 渡人を拾った!」


 ……そんな犬や猫でも拾ってきたかのように言うなんて。そんな言い草に由紀乃は苦笑いを浮かべる。すると、中から慌てたような音と共にこれまたこの世のものとは思えない美形が現れた。今度は、由紀乃を連れてきた彼とは対照的な真っ青な長く綺麗な髪をした青い眼の男だ。


「ちょっと、キース! そんな猫でも拾ったみたいなノリで何言ってんだよ!」


 少し、怒ったように出てきた青い彼は由紀乃に視線を向けるとピタッと動きを止めた。どうしたのだろうかと由紀乃が不思議に思いながら首を傾げていると、青い彼はいきなり彼女の手を取りこう言った。


「あぁ、なんて美しい人だろう……! こんなに美しい人を見たのは初めてだ!」


 由紀乃はポカンとしてしまう。そして言われた言葉をゆっくりと理解し、顔に火がついたように真っ赤に染めた。いやいやいや、美しいだなんて今まで言われたことないぞ!? っと由紀乃は頭の中がパンクしそうだった。


「おい、フィリップ。困ってんだろ、離してやれよ」


「はっ、しまった。あまりの美しさに見惚れてしまっていたよ! オレはフィリップ! こっちはキースだよ」


「は、ははは……。私は、新羅由紀乃です」


 自然と自己紹介する流れになり、由紀乃は名乗る。


「シンラユキノ……、どっちがファーストネームなんだ?」


 キースからそう聞かれ、由紀乃は「由紀乃がファーストネームです」と答える。


「随分と珍しい名前だね! でも、名前の響きも美しい……」


 フィリップは艶やかなため息を吐きながらそう言った。由紀乃はなんだか気恥ずかしくなる。そして、ふとさっき言われていた渡人がなんなのか聞いていないことを思い出し、尋ねる。


「あの、先ほど言っていた渡人ってなんのことですか?」


「あー……。驚かないで聞いてくれるかい?」


 フィリップはどこか言いずらそうにそう言う。由紀乃は黙って頷いた。だって、もうすでに驚くことに遭遇してきたばかりだ。これ以上驚くことなんてないだろうと思っていたのだ。しかし、現実は甘くなかった。


「あのね、ユキノ。君は今いるこの世界とは別の世界から来たみたいなんだ。そうやって迷い込んできた人々を渡人って呼んでいるんだ」


「別の、世界……?」


 由紀乃は眩暈がした。だって、今日は起きてからいつも通り大学へと向かう途中だったのに。なぜこんなことになってしまったのだろうか……。彼女の心は絶望に包まれる。別の世界ということは、今いるここには友達も家族も、由紀乃を知る人が誰もいないということだからだ。


「元の世界には、帰れるんですか……?」


 震える声で由紀乃はそう尋ねた。すると、


「帰れた事例は聞いたことはないけど、確か他の世界につなげる魔法が書かれている書物はあると聞いたことがあるよ」


 と言われ由紀乃は心の奥底から安堵した。元の世界に帰れる方法はあるのだと分かったから。安堵からか、彼女の瞳から涙がいくつも流れ落ちた。


「あぁ! 泣かないで! 大丈夫さ、ここでオレ達に出会えたのも何かの縁だろうし、一緒にいよう?」


 フィリップはそう言いながら、彼女の手を取りキスを落とす。突然のことに由紀乃の涙は一気に引っ込んでしまった。


「おいおい、何口説いてんだよこのキザやろう」


「うるさいな、キースには関係ないだろう?」


「あ? 勝手に盛ってんじゃねぇよ! それに勝手に決めんな!」


 先ほどまで黙って聞いていたキースがフィリップと喧嘩を始めてしまった。しかし、いきなり独断で由紀乃を置くことを決めてしまったことに不満はあるのだろう。由紀乃はとても申し訳ない気持ちになった。


「なんか、すみません……。私、他のとこに行った方がいいですよね……」


 由紀乃がそう言い、部屋から出ようとする。ドアを開けようとしたら反対側からドアが開かれ、彼女は入ってきた人物にぶつかってしまった。


「わっ、な、なんでここに女人が!!!!」


 そう言い慌てている人を見上げると、やっぱり絶世の美形がそこに立っていた。


(この世界って美形しかいないのかな……)


 女である自分よりも綺麗な顔立ちの男性に囲まれ、由紀乃は少し劣等感を感じた。


「む、よく見ると貴女、まさか渡人……!」


 ドアを開けて入ってきた金髪の男性にもそう言われる。なぜすぐに渡人だとわかるのだろうか? と由紀乃は疑問に思った。


「あの、なんで皆さんすぐに渡人ってわかるんですか?」


「あぁ、それはね。この世界では黒髪と黒い瞳を持つ人種がいないからだよ」


 フィリップがそう答え、そして、出て行こうとしていた由紀乃の腕を取る。その動きはまるで舞踏会でダンスに誘うような自然な動きだった。


「渡人は、この世界で珍しい。だからこそ、危険なんだ」


 フィリップがそう言いながら、流れる動作で由紀乃を椅子に座らせた。渋々椅子に座り、由紀乃は彼らの言葉を待つ。


「さっき入ってきたのはファルコ。ファルコ、彼女はユキノだよ」


「ユキノ、というのか。私はファルコだ。よろしく頼む」


「え、あ、はい、よろしくお願いします」


 フィリップはキースやファルコも椅子に座るように促す。


「後はセルヒオだけだね」


 フィリップがそう言っていると、ドアが勢いよく開き緑色の髪を持った美少年が入ってきた。


「たっだいま〜! って、あれ? みんなどうしたの〜?」


「セルヒオ、緊急事態さ。席に座ってくれ」


 セルヒオはそそくさと椅子に座った。美形四人に囲まれて、由紀乃はとてもドギマギしていた。それぞれ違うタイプの美形が勢揃いだ。こんなふうに男性と関わったことのない由紀乃にとってこの状況はとても異色だった。


「セルヒオ、紹介するよ。彼女はユキノ。見てわかるように渡人だよ」


「うわぁ! 僕、渡人初めて見たよ〜!」


 セルヒオはキャッキャとはしゃぎながら由紀乃に近づく。


「お姉さん、初めまして〜! 僕はセルヒオだよ〜!」


「あ、う、は、初めまして……」


 か、可愛い!!!! っと由紀乃は心の中で悶える。由紀乃には弟がいるがこんなに可愛くはない。だが、弟属性にめっぽう弱いのだ。


「……なんかオレの時よりなんか反応良くない? ね、オレ、セルヒオに負けてるの? ね、キース! 教えて!!!!」


「うるせぇ!!!! んなこと俺の知ったこちゃねぇよ!」


 フィリップがそんな風に騒ぎ始め、由紀乃は思わず苦笑いを浮かべた。何に対して張り合っているのか分からないが、仲がいいことはなんとなく伝わる。彼らはどんな関係で一緒にいるのだろうか? ふと、そう思う。しかし、深く関わるのも彼らが望まないなら聞いてはいけないだろうと思い、聞くのは辞めた。


「はぁ、それでフィリップ。彼女をどうしたらいいのだ?」


 話が進まないことを気にしたのか、ファルコがフィリップに話の続きを促した。キースとギャーギャー言い合っていたフィリップだったが、その言葉に咳払いを一つし、話の続きを始める。


「コホン、そうそう。渡人がこの世界で取引されているのは知っているだろう? だから、オレはユキノが危険な目に合わないようにオレ達といてもらいたいと思っているんだ」


「俺は反対だ。俺達といる方が危険だ」


 キースは速攻反対だと伝える。危険とはどういうことなのだろうかと由紀乃には分からないが、話を黙って聞く。


「僕は賛成〜! だって、ユキノお姉さんがあいつらにいいようにされるの嫌だもん〜」


「……私はどちらとも言えんな。我らといるのも危険だとは思う。だが、だからこそ守ってやれるのも我らだと思うのだ」


 意見が割れている。キースはキッと目を細める。


「もう、俺らのせいでいなくなるのはまっぴらごめんだ……」


「キース、あの子は君のせいで亡くなったんじゃないんだ。もういい加減自分のせいにするのは辞めなよ」


 それに、とフィリップは言葉を続ける。


「もうあの頃のように弱くないだろ? 守れるだけの力はあるじゃないか?」


 フィリップにそう言われ、キースはグッと喉を鳴らした。


「……チッ、勝手にしろ」


 キースはフィリップに言いくるめられたのが気に食わなかったのか、舌打ちをしながら部屋から出ていった。


「よし、話はまとまったね! ということで、よろしくね? ユキノ!」


「へっ、あ、はい」


 彼らがなんのことを言っているのかも分からないまま話が終わり、私はいつの間にか彼らの元で過ごすことになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新羅由紀乃は逆ハーレムから逃れたい 毒月紗彩 @yoshiyuduki47619715

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ