第4話

「冬奈に、ツンデレなんてできるのか……?」


 あまりに雑過ぎるツンデレ仕草に、思わずポツリと呟いてしまった。

 それをしっかり聞いてしまったらしい冬奈は、ううー、と短くうなってからキッと決意のこもった視線を俺に向ける。


「できるできないじゃないよ。やるの! ……まあ、自分でも、向いてない気はするけど。難しいなとは思うけど……。私の好きな人が、私じゃない誰かとお付き合いするとか結婚するとか、絶対に嫌だから。ちょっとでもあの人の好みに近づきたい。少しでも可能性を高めたいの」


 じわ、とトーンダウンするのにつれへにゃりと目線と眉が下がっていき、最後は一筋の涙までほろりとこぼしながら、彼女はそう吐露した。


 誰だよ冬奈にここまで言わせる奴は。

 俺こそ冬奈の好みに近づきたいよ。そいつがどんな奴か教えてくれない? その情報から相手を特定して弱みを探ったりはしないからさ。たぶん。

 なんて、問い詰めたいけれど堪えておこう。

 食卓に乗っているティッシュの箱を冬奈の方に押しやってから、できるだけやわらかい声音を意識して、彼女の頭を撫でつつ慰める。


「泣かないで。冬奈ならきっと、なんだってできるからさ。高校だって、ちゃんと受かったくらいだし」

「そ、そうだよ。みーんなが無理って言ったって、私はそれをひっくり返して奇跡を起こせる女なんだから」

「そうそう。冬奈はがんばりやさんだもんな。きっとそのだって、すぐに冬奈にめろめろになるさ」

「え、えへへ。そうかな? ありがとう広夜くん。私、がんばる!」


 涙を拭って、徐々に気を持ち直して、笑顔を輝かせた冬奈の、まあかわいいこと。

 しかし、カマかけるつもりで男って言ってみたが、否定はされなかったな。

 そうか……。容疑者(=冬奈の好きな人とやら)は男か。


 いやマジで?

 他に好きな男がいるのに、ご機嫌で俺に頭を撫でられているのかこの子。

 この小犬のような素直さと愛らしさで、ツンデレなんかできるのか? というか、所詮幼なじみでしかない俺との距離感、これで良いのか?


「……はっ! や、やめてよねっ! 私、もう子どもじゃないんだからっ!」


 俺の視線に乗った疑念を感じ取ったらしい冬奈は、ようやく俺の手の下から抜け出て、そう抗議してきた。

 おお、ツンデレっぽい。

 やっぱり、俺にやってどうするんだって気はするけど。


「ああ、ごめんな。冬奈には好きな人がいるんだもんな。こういうの、良くないよな。もうしないよ」

「えっ……」


 そこで絶望をあらわにするなよ。

 本当に大丈夫かこいつ。


「さっきのは言ってみただけっていうか、真に受けて欲しくないんだけど……。でもそっか。そうなっちゃうのかぁ。ツンデレって、大変だね……」


 しみじみとそう零した冬奈に、俺は苦笑を返す。


「いやツンデレ云々っていうか、今までの俺らの距離感がバグってただけでしょ?」

「そんなことないよ。ずっとこんな感じだったんだから、これからもそのままでいこうよ。むしろ、広夜くんと疎遠になるくらいなら、私ツンデレになるのなんて諦めるけど? 他の手段を探すけど?」

「いや志し低いな。ツンデレ極めて、そいつ落として、晴れて恋人になったそいつにしてもらえば良いんじゃないの? 頭撫でるでも、なんでも」


 急に真顔で手のひらを返してきた冬奈に、『そうなったら俺は死ぬが』という本音を飲み込みながら伝えた。

 天啓! とばかりにぴこん! と目を見開いた彼女は、でれ、とだらしない笑顔になっていく。


「こ、恋人……! えへ、えへへ、うへへへへ。そうだね! 今は、ちょっとがまんの時! まずは私、ツンデレを極めるよ!」

「……そっか」


 冬奈は、俺と疎遠になっても、好きな人とやらと恋人になれれば良いのか。自分で言い出しておきながら、こうもしあわせそうに認められると、食べたばかりの朝食を吐きそうになるくらいの絶望を感じてしまう。

 今の顔を見られたくなくて、互いにとっくに食べ終わっていた食器を片付けることにして、席を立った。


「わ、ありがとう広夜くん。そうだねもう片付けちゃおっか。食器はとりあえず水につけておいてくれたら後で食洗機まわすから!」

「りょーかい」


 勝手知ったる花咲家。幼なじみ同士の阿吽の呼吸。

 そこからはしばらく無言で冬奈と連携を取りながら残り物を処理し食器を片付け食卓を拭き上げ、席に戻って、一息。


 そのタイミングで冬奈はぽんと手を打つ。


「あ、そう、そうだった。ツンデレ、まず、形から入ってみようって思ってたんだった。でね、ここからが相談なんだけどね?」


 さっきからの雑なツンデレっぽいセリフが『形から入る』だと思っていたのだが、なにやら相談があったらしい。

 おうなんだ。間違いなく間違わせてやるぞ。

 こっちは冬奈を失敗させて失恋させたいんだからな。

 そんな黒い感情も先ほど感じた絶望も綺麗に笑顔の裏に隠して、俺は続きを促す。


「うん、なんだ?」

「ねえ広夜くん、ツンデレっぽい髪型ってどんなだと思う?」

「ツンデレっぽい髪型、か……」


 冬奈の思いがけない質問に、すぐに返答はできなかった。


 金髪縦ロール、ポニテ、ツインテ、ハーフアップ、ショートボブ、ティアラ、リボン……。

 古今東西色々なツンデレキャラがいるが、その髪型は装飾含めバラバラだ。

 ツンデレっぽい髪型なんて、ないんじゃないだろうか。

 表情ならそれっぽい感じがありそうだけど。


「やっぱり難しいかな……? でもほら、服装なんて制服で会うことがほとんどだし。お化粧は、校則で禁止されてるし。だからもう、髪型くらいしかアレンジのしようがないでしょ。……あの、なんだったら広夜くんの好きな髪型を教えてくれるのでも良いんだけど……」


 ブラシ、コーム、ヘアゴム、ヘアピン、手鏡、ムース、ワックスと必要そうな物を次々に机の上に取り出し並べながら、ごにょごにょと自信なさげに冬奈は付け足した。

 つまり容疑者は同じ学校のやつか。だいぶ絞れてきたな。いやそうじゃない。


 ツンデレっぽい髪型なんかさっぱり知らないが、俺はあえて自信満々に断言する。


「難しくはないさ。やっぱり、プライドが高そう、つまり高貴な感じだとツンデレっぽいよな。冬奈だったら……、ちょっと実際に冬奈の髪をいじっても良いか?」

「もちろん! ありがとう! 広夜くんに髪やってもらうの好きー。広夜くん器用だし、丁寧だし、なにより優しいし!」


 冬奈は満面の笑みでそう言うと、俺に背を向けその長い髪を俺に委ねた。

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