第3話

 幼なじみである花崎はなさき冬奈ふゆなと俺の関係は、幼稚園入園前から始まっている。


 互いの家が斜向かいに位置していて、俺と冬奈が同じ年。

 そんな縁でまず仲良くなったのは、俺と冬奈の母親同士だったそうだ。子ども同士を遊ばせ、親は園や学校の情報を交換しあい、どこか連れ立って出かけたり互いの家に行き来したりもし……。

 そこからずっと家族ぐるみのお付き合いを続けている、らしい。


 そうだ、だの、らしい、だの。

 自分たちのことなのになんでこんなに曖昧な表現なのかといえば、俺と冬奈が2歳、物心つく前から始まっているからだ。

 残念ながら、はじめましての時のことなんてなにも覚えちゃいない。

 気がつけば当たり前のようにいっしょにいた、でも家族とは違う、とっても大好きですごく大切な特別な女の子。それが、俺にとっての冬奈だ。


 大人になったら結婚しようねと約束を交わした幼稚園時代。

 なんの疑問も抱かず手を繋いで登下校していた小学校低学年。

 周囲にからかわれ手を繋がないことにしたら、冬奈が涙目になるわ登校班から遅延するわそれに焦ってすっ転んで怪我するわで早々にもとに戻した中学年。


 高学年の頃には好きだの告白するだのしただの恋のおまじないがどうだのといった話が周囲で流行って、俺もなんとなく冬奈を意識しはじめたっけ。

 中学にあがる頃には冬奈のかわいさは上級生の中でも評判になる程で、その事がどうにも不快で俺はとうとう冬奈への恋心を自覚。無邪気な彼女がよくわかっていないのを良いことに、完全に付き合っている距離感で接して周囲を牽制してみたり。


 高校で離れるなんて絶対に嫌だったし、冬奈も『ひろくんがいない学校生活とか想像できない。高校もいっしょが良い』と言ってくれたから。高校受験の頃には、だいぶ冬奈に無理をしてもらった。

 それはもう、実際に冬奈が合格したら、担任やら学年主任やら塾講師やら冬奈の両親やらが揃って『奇跡』『正直無理だと思っていた』『ええ!? 本当に!?』『なにかの間違いかもしれない』等々、かなり失礼な感じに驚いてくれた程の無理だった。

 別に俺が志望校のランクを下げても良かったんだけど、冬奈が『それはダメ』って譲らなかったんだよなー。


 そうして揃って入学できた志望校だが、冬奈にとってはそれほどの苦労をして入った高校なので、油断なんてすればあっというまに落ちこぼれてしまうだろう。

 だから、高一の冬の現在も、俺が彼女の勉強をサポートしている。それを利用して、高校でも俺は冬奈にべったり張り付いている。


 振り返れば、ずっとずっといっしょにいた。

 当たり前のように手を繋いで、当然のように寄り添って、互いの親にも呆れられるくらいずっと仲良くやってきた。のに。


広夜ひろやくん、私、ツンデレを極めるから!』

『好きな人くらい、いるよ。当たり前でしょ。私だって、年頃の女の子だもん!』


 こんなの、青天の霹靂にも程があるだろ……。

 俺を差し置いて他の誰かが冬奈に惚れられるなんて、どう考えてもおかしい。

 正直自分のスペックにそこまでの自信はないが、俺から冬奈への愛情と、俺と冬奈が積み重ねて来た関係と時間は、誰にも負けるはずがないんだが?


 改めて思う。

 冬奈にツンデレを極めさせてなどやるものか。

 全力で邪魔をしてやる。それはもう、全力でだ。


 心苦しいが、冬奈を泣かせることになっても仕方ない。というか、その【好きな人】とやらに対して失恋をすれば冬奈は確実に泣くだろうが、躊躇っている余裕などない。

 それで諦められる程度の想いなら、この年まで延々とこじらせてないから。

 軽い感情ならば、そういうのが流行っていた時期に雰囲気に流されてうっかり告白して、振られて気まずくなって疎遠になったりしていたに違いない。

 ここまで、慎重に慎重に、冬奈と冬奈との関係を大切にしてきたんだから。手段なんぞ選んでいられるか。


 ……俺って、もしや割と病んでる? ヤンデレってやつ?


 うっすらとそんな疑念を抱きつつも、冬奈の『ツンデレを極める』宣言を聞きそれを全力で邪魔してやろうと決意したのは、朝食の席。場所は花崎家リビング。

 自宅=出発地点がだいたいいっしょで目的地=学校が同じ俺と冬奈は、いっしょに登下校している。解散時は花崎家の玄関先のこともたまにあるが、集合場所はいつもここ花崎家のリビングだ。

 今日は昨夜に『相談したいことがある』とのメッセージを冬奈からもらっていたので、いつもより早めにこっちに来た。

 俺が持参したり花崎家で用意してくれたりした朝食をあれこれわけつつ食べつつしたのが、先のやり取りというわけだ。


「……でね、まずは形から入ってみようかなーって思っててね?」


 半分ぐらい聞き流していた、冬奈によるツンデレを極める決意と展望。

 それがそこまでたどり着いたその時、冬奈はチラ、と俺を上目遣いに見上げた。

 ヤバイ。半分も聞いてなかったかも。

 俺は軽く咳ばらいをしてから、確認をする。


「えっと、ツンデレを極めるのに? 形から入るの?」

「そう。……べ、別に広夜くんのためじゃないんだからねっ!」


 知ってる。

 俺別にツンデレ好きじゃないし。

 人間素直が一番だよ。

 というか、そんなただの事実を告げても意味がないのでは?

 口ではこう言いつつ実際が俺のためにしていて初めて、今のセリフがツンデレとして成立するわけで。

 形から入るにしたって、あまりに雑過ぎやしないか。

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