第24話


 ロックスの街を離れて一週間、私達は王都シュローゲンでの冒険者生活を始めていた。やはり、ロックスの街とはギルドの規模も違い、依頼の数も比べ物にならないほどある。


 掲示板に貼られた依頼書を睨んでいたソニアが、一枚の依頼書を掲示板からはぎ取り、私とソフィが座っていた席へと戻ってきた。そのまま、手に握られた依頼書を机の上に叩きつける。


「これにしましょう!『ピッグピッグ十体の討伐』!Cランクの魔物だけど、群れの討伐だからBランク依頼に格上げされてるの!報酬は金貨三十枚よ!」


 自慢げに語りながら、依頼書をバシバシ叩くソニア。彼女の口から出てきた魔物の名前に、私は記憶を辿り始めた。子供の頃に屋敷で読んだ書物に書かれていた、魔物の生態を思い出す。


「ピッグピッグか。鼻横に生えた二本の長い角を振り回す、中型の魔物だな。草食だが、攻撃的な性格であり、畑を食い荒らす害獣でもある。その群れと言う事は、繁殖し過ぎたという事か?」

「そこら辺は知らないわ!でもピッグピッグのお肉はとっても美味しいのよ!狩るついでに確保しましょう!」

「私はその依頼で構いませんけど……Cランク級のモンスターということは私とソニアよりも格上ですよ?アレックスさんは大丈夫でしょうが、危険じゃないでしょうか?」


 口端から涎を垂らしながら満面の笑みを浮かべるソニアとは違い、少し不安気な表情のソフィ。ダイアウルフとの戦闘が尾を引いているのだろうか、ソフィは王都に来る途中も、魔物との戦闘を極力避けるように頼んできたのだ。


「その為にアレックスが居るんじゃない!アレックスなら何とかなるでしょ!?」


 そんなソフィの不安を掻き消すかのように、ソニアが瞳をキラキラさせながら私を見つめてくる。私は依頼書を手に取り、そこに書かれた内容を確認していた。ソニアが言うように、依頼内容は『ピッグピッグ十体の討伐』で報酬は金貨三十枚。依頼期間も二週間と多めに取られている。この依頼であれば問題なく達成することが出来るだろう。


「ただ討伐すればいいのであれば容易にこなせるだろう。期間も長いし、良い依頼だとは思う」

「でしょ?なら──」

「だが、君達は依頼中何をしてくれるんだ?野盗の根城を知っていた時のように、『ピッグピッグ』の群れの場所を知っているわけでもなければ、討伐は私一人で達成出来てしまう。それで報酬を山分けにするつもりか?」


 ソニアの言葉を遮り、私は彼女達に問いかける。幾ら期間限定のパーティーと言え、金銭の関係はしっかりとしておかなければならない。報酬の分配は、その依頼にどれだけ貢献したかで決定すべきだ。


 実際、私が討伐したダイアウルフとシルバーウルフ三体の討伐報酬は、先に戦闘していた二人と私とで山分けをした。野盗討伐で得た報酬についても、根城の情報を提供してくれたソニアと半分に分けたのだ。


「私達も戦えばいいんでしょ!何もできないなんて決まったわけじゃないわ!」


 先程とは裏腹に、怒りか悔しさか、そんな負の感情を込めながら机に手のひらを叩きつけるソニア。ソフィはそんな彼女を宥めるように声をかける。


「落ち着いてくださいソニア。アレックスさん、私達だってピッグピッグの一体や二体倒せるかも知れません。報酬の分配は依頼が終わってから決めればいいじゃありませんか?」

「Cランク級モンスターだぞ?無理をして怪我でもしたらかえって邪魔になってしまう。効率面でも、安全面でも私が一人で戦闘を行うべきなのだ」


 私の言葉に対し、ソフィはムッと頬を膨らませた。


「じゃあ私達は報酬なしってことですか?」

「そうは言っていない。報酬の分配は私と君達とで9:1だ。それが嫌なら依頼を変更して君達が貢献出来る依頼を探してくると良い」


 ソフィにそう答えると、手に取っていた依頼書を机の上に置き、掲示板へと視線を送る。別に私はこの依頼でなくてもいいのだ。全員が貢献出来る依頼を探し、受注するのもありだとは思う。だが私が一人いれば殆どの依頼を達成できてしまうのだから、そんな依頼は見つけることは出来ないだろう。


 暫くの間、ソニアとソフィは二人で見つめあい、再び私の方へと顔を向けた後絞り出すような声で呟いた。


「……分かったわ。それで文句ない。でも討伐したピッグピッグのお肉は多めに貰えないかしら?」


 てっきり報酬の交渉、もしくは依頼の変更を申し出てくると思ったのだが、拍子抜けをしてしまう。ソフィも一貫してソニアに任せるといった様子なのが不思議だ。


「肉?まぁ別に問題は無いが、依頼を変更しなくても良いのか?」


 私の返事に苦笑いをしながら答えるソニア。


「討伐依頼はアレックスが居れば十分だし、依頼のランクを下げると報酬が減っちゃうから。金貨三枚とピッグピッグのお肉を貰えるなら十分よ!」


 そう言って依頼書を握りしめ、受付へと向かっていったソニア。彼女の背中を見つめながらソフィへと話を振る。


「どうして君は彼女に提案してやらないんだ?今君達がすべきことは高ランクの依頼を受けることでは無いだろ?私の力を利用し、冒険者ランクを上げることに尽力すべきだ。そうすれば私がパーティーから居なくなった後も、君達だけで稼げることが出来るではないか」

「……そうですね」


 私の進言にニコリと笑みを浮かべるだけのソフィ。いつもとどこか違う彼女の笑い方に、胸の奥がモヤモヤする。


 これはあれだ、不味いご飯を無理して食べたときの気分に近い。結局その後、受注を終わらせたソニアが帰ってきても、ソフィは私の進言を伝えることはしなかった。



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