第10話 初めての王都
「はぁー……ここが王都なんですね……!」
ダン王子と馬車に乗り込み、王子の生まれた王都へと5日ほどかけてやってきた。王都は高い塀に囲まれていて、入る前に門番から様々なチェックを受ける。
チェック項目が細かいのか、どうしてもここで順番待ちが発生する。
自分たちの番がくるまでキョロキョロと周りを見渡すと、私たちのように馬車に乗っている人たちもいれば、大きな荷物を担いでいる人、小さな台車のようなものに荷物を乗せてロープで引っ張っている人などがいる。
「ねぇねぇ、ダン王子! みんな大きな荷物を抱えてますね~。何しに来てるんだろう?」
「こら、簡単に名前を呼ぶんじゃない」
初めての王都に浮かれて、普通にダン王子に話しかけてしまっていた。
浮かれた気持ちをごまかすように頭を掻きながら彼の名前を言い直す。
「ご、ごめんね、ダニー」
「……自分の飼い犬に話しかけるのも目立たないか? 気をつけろよ」
ダン王子はひとつ大きくため息をついて、呆れたような目で私を見る。
しかし、私の問いにはきちんと答えてくれた。
「きっと、1週間後に行われる『豊年祭』に向けてやってきた商人が大半だろうな」
ダン王子は馬車の窓からそっと外を見てすぐに外から隠れるようにして頭を伏せた。
表情はツアース城にいたときよりもいくらか穏やかに見える。
「豊年祭?」
「あぁ。各地域でも名前は違えど、やるだろう?」
そういわれて自分の村の行事を頭に巡らせる。
確かに、私の村では豊穣を願っておこなわれるお祭りがあった。私はお祭りのときだけ出る屋台や村にはない珍しい品物を扱った行商人にばかり夢中で、お祭りの名前もよく思い出せない。
屋台で美味しかった食べ物なら、その時の匂いも味も食感だって鮮やかに思い出せるんだけどなぁ〜。
色とりどりの果物を甘い飴で包んだフルーツ飴はお祭りの時にしか食べられない。あれを見るとテンションがあがる。
王都のお祭りでも出店はあるのかなぁ。
頭の中がすっかりお祭りモードになっていると、私たちの順番がまわってきた。
私たちは馬車から降りて、門番たちの前に行き刃物などの危険なものを持っていないことを見せる。
「君の目的は王城での基本的な礼儀作法や使用人心得の習得だ。それは私から王城へ伝達してあるので、なんの問題もないはずだ」
「わ、わ、わかりました」
なんの問題もないと言われても、鎧を身にまとった怖い顔の門番に睨まれたら緊張するなっていう方がムリ。
二人いるうちの髭を生やした怖い顔のオジサン門番が私をジロジロと睨むように見回してきた。
もう一人の若い門番は、私をチラリと見てから分厚い紙の束をパラパラとめくった。
「えーっと、あなたの名前と王都に来た目的を話してください」
「は、はいっ! 名前はフィリンです。え、えっと王都へはメイドの修行で来ました」
「修行……」
私の言葉を聞いていた若い門番が一瞬笑いを堪えるような仕草をした、……気がした。
気がした、のはオジサン門番が若い門番をギロリと睨んだから。
どうやらオジサン門番は誰に対しても厳しいみたい。
睨まれた門番は一度小さく咳払いをすると、もう一度私を見て確認をしてきた。
「えー、使用人としても礼儀作法や心得の習得と聞いているが、君の言う『修行』は同じ意味でいいのかな?」
緊張してしまってダン王子が言っていたことと少し違うことを言っちゃった……。
恥ずかしくなってうつむいていたら、門番とのやり取りの一部始終見ていたダン王子がまた呆れた目でこちらを見ていた。
それから、私を慰めるフリをして顔を近づけてきて門番に聞こえないように私の耳元でささやく。
「とにかく同じだと言って早く王城へ行くぞ」
それを聞いて小さく頷き、若い門番にも、もう一度目的を告げた。
「王城に着いたら、よぉく教えてもらうんだぞ」
「あはは〜……そうですね……」
どこか和んでくれた門番とのやり取りもクリアして、王都の中へ入っていこうとしたらオジサン門番が口を開いた。
「その汚れた犬も連れて行くのか」
「……っ」
ダン王子が自分のことを汚れた犬と言われたことにショックを受けて門番になにかを言おうとした。
私がそれに気がついて、慌ててダン王子の口を抑えながら「この子は私の相棒なの!だからどこでも一緒なのよ!」と大きな声を出す。
オジサン門番は少し不審そうにダン王子を見ている。
ダン王子が尻尾を丸めて門番からの視線を避けるように、私の身体と腕の間に顔をうずめる。
オジサン門番は「ふぅ〜」と息を吐きながら、視線を外す。
「王城に入れるならキレイにしてやれよ」
めんどくさそうに言い放ったオジサン門番は、もう私たちには目もくれず後ろに並んでいた人をまた怖い目で見ている。
若い門番が持っていた紙に何かをチェックしてから、こちらを見て優しく微笑んだ。
「もうチェックはOKなので、中に入って大丈夫です。……貴族とお会いすることもあるだろう。くれぐれも失礼のないように気をつけるんだよ」
最後に小声で忠告をくれた門番さんにお礼を言って先へ進む。
無事に王都の中へ入ると、住んでいた私の村やダン王子の城とはまた違う、大きな王城を中心にたくさんの建物が見える。
そして、たくさんの人、人、人。
たくさんの大人が急ぎ足で行き交っているし、屋台みたいなお店がたくさん並んでいて圧倒されてしまう。
思わず立ち止まって眺めていると、後ろから声をかけられた。
「おぉい嬢ちゃん! そんなところに立ち止まってちゃ邪魔だ! どいてくれ!」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
私とダン王子はみんなの通行の妨げにならないように道の端っこに寄ってしゃがみこんだ。
「ねぇ、ダン王子。王城にはいつまでに行けばいいのかな……?」
「え、もう王城も目前だしすぐにでも行くべきだろう」
私の問いにキョトンとして答えたダン王子がしばらく考え込むように自分の足元を見つめていたけど、何か気がついたのか勢いよく顔をあげて私を見た。
「もしかして『王城に行く前に王都の中を見てまわりたい』とでも言うのか?」
「えへへ……だめ〜?」
「目的がある以上、先に王城へ行くべきだろう」
「ちょっとだけ……」
私は両手を顔の前で合わせてダン王子に向かってお願いポーズをする。
ダン王子がジトっとした目で見てくる。
私たちは少しの間、お互いの主張を目に込めながら見つめあった。
多分数秒のことだと思うけど、こんなにジッと見つめ合うことなんてないのでちょっとだけ変な気分。
「ならば、王城へ向かいながら王都を見るのはどうだ。何も王都が賑わっているのはここだけではないからな」
「別のところもこんな風にいろんな屋台があるの?」
ダン王子の提案に前のめりになると、ダン王子が普段は見せないような顔をくしゃっと崩して笑った。
その顔はいつもの大人と張り合っている顔ではなく、年相応の少年の顔だった。
……少年って言っても、わんこの姿だけど。
こんな顔もできるんだ……。
なんだか胸の奥がポカポカと温かくなるような、今までに感じたことのない感覚が胸の中に生まれた。
「あぁ。王都は大きいからな。王都の出入り口であるここはもちろん、王城の近くのメイン広場だってたくさんの屋台が出ていると思うぞ」
「そうなんだ! じゃぁじゃぁ、早く王城行こう! その広場行ってみようよ!」
私は勢いよく立ち上がると、早速王城へ向かって走り出そうとした。
「お、落ち着け! 馬車の従者たちが私たちを待っている。戻るぞ」
ダン王子が私のスカートの裾を強めに引っ張る。
私の走り出す方向と逆方向に引っ張られたスカートがピンと張って、私は思いっきり転んでしまった。
「……っ、すまない」
ダン王子は少しうつむき気味に小さく謝ると、そそくさと馬車へ戻ってしまった。
私は転んだ事で王都に浮かれていた気持ちも少し沈んで、静かに立ち上がってスカートについた砂埃を両手で簡単に払った。
ちょっと浮かれすぎてたかな……。
確かに王都に遊びに来たわけじゃないもんね、しっかりしなきゃ!
私は気持ちを切り替えて、ダン王子の待つ馬車へと急いで戻った。
おてんば娘は世界を救う~王子さまを助けたら世界も救うことになりました~ たい焼き。 @natsu8u
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