最終話 新たな門出

 私達が帝国軍と戦ってから数ヶ月後。瓦礫と廃墟だらけのサーシエに、新しいお城が建った。


 サーシエ辺境伯領、領主城。形式上、リリアが新領主として任命された、カテドラル帝国に対する防波堤であり……交渉のための最前線だ。


 まだお城が建っただけで、町も何も出来てない、寂しい場所だけど……そこには一つ、リリアが暮らすための部屋以外に、最優先で作られた機能がある。


 王国最強の傭兵団、“紅蓮の鮮血”の新しい拠点だ。


「まさか、みんな一緒にこっちに来るなんて……」


「え、そんなに変だった?」


「だって……鮮血のみんなは、王国にとって大事な戦力なのに……」


 王族用に用意された、新しいリリアの部屋。


 大きなベッドはあるけど、衣装棚の中身はスカスカだし、王族らしい豪華さなんて全くないけど……それでも、どこかリリアの匂いを感じるその部屋で、私はリリアとお喋りしていた。


 リリアとしては、まさか私だけじゃなくて、鮮血が拠点ごとサーシエに来るとは思ってなかったみたいだけど……私としては、そんなに驚かれたことの方が意外だ。


「うーん、私にはあんまりそういうことはよく分からないけど……ネイルさんは、『サーシエも今は王国の一部、我々が滞在することに何の憂いもありません』って言ってたよ」


 それに、と私はリリアに笑いかける。


「リリアは私達の拠点で一緒に過ごして、私達と一緒に戦った仲間だから。だから、困ってるなら力になるのは当然だよ」


「仲間……私が、鮮血の……」


 呟きながら、リリアの表情に笑顔が浮かぶ。

 普段あまり見せることのないその表情に、私まで嬉しくなった。


「ありがとう、ミルク……これで、ずっと一緒だね……!」


「うん、そうだね」


 感極まってぎゅっと抱き着いてくるリリアを、私も抱き返す。


 そんな時、ふとあることを思い出した私はリリアに直球で尋ねてみる。


「そういえば、ガレルとの婚約ってどうなったの?」


 戦いの時には「一旦保留にする」って言ってたけど、公爵家主導で復興して貰うなら、拒否することも難しそうだけど。


 そんな私の質問に、リリアは今思い出したとばかりに「ああ……」と漏らした。


「それなら……多分、ミルク次第……?」


「私?」


 なんで私が出てくるんだろう? と首を傾げると、その反応こそ意外そうにリリアがきょとんとする。


「だって……ガレルが好きなのは、ミルクだよね……?」


「……ほえ?」


 私が好き? ガレルが?


 予想外過ぎてポカーンとする私に、リリアは困った表情を浮かべる。


「ミルクは……人の心が視えるのに、そういうのは鈍いんだね……」


「それは……だって、よくわからないから」


 単純な好き嫌いならともかく、恋愛とかはよくわからない。一応、男女にはそういうのがあるって、アマンダさんから教えては貰ったんだけど。


「ミルクは、たくさんの人に好かれてるから……きっと、すぐに分かるようになると思う。……でも……」


 体を離したリリアが、私をじっと見つめてくる。


 照れたように顔を赤くしながら、手を握って。


「私は……ミルクが誰かに盗られちゃうのは嫌だな……なんて……」


「……??」


 誰かを好きになったら、盗られたことになるの?


 益々分からなくて首を傾げていると……バアン!! と勢いよく扉が開き、ネイルさんが飛び込んできた。


「その通りです!! 公爵家には色々と世話になりましたが、だからと言ってミルクを嫁にやるなど絶対に認めません!!」


「お前はいきなり王女の……いや、今は違うか、リリアの部屋に飛び込んで何を叫んでんだよ……」


「全くだ。過保護が過ぎる」


「あ、クロ。それにラスターも」


 ネイルさんに続いて入ってきた二人に声をかけると、軽く手を挙げて応えてくれる。


 一方で、ネイルさんは未だに噴き上がっていた。


「ミルクが鮮血からいなくなるなど、考えただけで身が張り裂けそうです!! どうしても連れていくというのなら、せめて鮮血の全メンバーをなぎ倒せるほどの強さがなければ認めません!!」


「えーっと……クロ、ラスター、何しに来たの?」


 叫び続けるネイルさんは一旦放っておいて、私は二人に話を振る。


 すると、クロは呆れ顔のまま「ああ……」と口を開いた。


「俺はそこの姫様にお礼だ。……妹が暮らしてるパン屋の、サーシエへの出店に協力してくれたんだってな?」


「あ、それは……サーシエには、今は少しでも人が必要だったから、それで……」


 クロの妹……サーヤちゃんが暮らしている家は、デリザイア侯爵領でパン屋さんをやっている。


 そのパン屋さんが、新しい支店を出すことになったんだけど、その出店先をサーシエにしたらしいのだ。


 これから復興して新しい町が出来るとなれば、食事が出来たり食料を購入したりするお店の需要は高いし、上手く波に乗れればおおきな利益に繋がるから──ってことらしいんだけど、その実、王都からサーシエに引っ越すことになったクロを追いかけたいサーヤちゃんの気持ちに配慮してのことだろうって。


 だから、大変な出店になるそのパン屋さんに、復興支援の名目でリリアが出資してあげたらしいのだ。


「提案したのは、パパとお兄ちゃんだから……私は承認しただけで、何も……!」


「それでも、感謝してんだよ。ありがとな」


 慌てて謙遜するリリアに、クロが素直に頭を下げる。


 自分は会うべきじゃないとか、距離を取るべきだとか、色々言ってたけど……やっぱり、近くにいると嬉しいんだろう。


 サーシエに来る途中、一度デリザイア領に立ち寄ってサーヤちゃんと会った時も本当に嬉しそうだったし、あれで少しは素直になれたのかな?


「クロの用事は分かったけど、ラスターは?」


「俺は依頼の話だな」


 私達“紅蓮の鮮血”は、王都からサーシエへ移り住んだけど……それは、リリアのためであると同時に、王国からの要請でもあった。


 まだ王国の一部になったばかりのサーシエを、私達の力で安定させるっていう。


 そのために、これからしばらくは色んな依頼が舞い込んで、鮮血のみんなも忙しくなるだろうって。


「ミルクにも名指し依頼が来ているぞ。他国に逃れていたサーシエの避難民を、もう一度ここまで安全に連れ帰る護送依頼だ」


「私に名指しで?」


「ああ。一度逃げ出した時、負傷やら何やらで体に後遺症が残ってしまった人間も多い、護送ついでに治療して欲しいんだろう」


 なるほど、確かにそういう内容なら、私とプルンの出番かもしれない。


 そう考えて承諾しようとしたら、「あ、少々お待ちを」とネイルさんが待ったをかける。


「私の方からも……というより、正確にはカテドラル帝国の捕虜、レバンからミルク宛に手紙が来ているのです」


「私宛に?」


「ええ、何でも、ミルクの両親に関することだとか」


 思わぬ情報に、私よりもむしろみんなの方がびっくりしていた。


 レバンは私達に捕まった後、公爵家の預かりになって取り調べを受けていたらしいんだけど……あれから何ヶ月も経ってやっと落ち着いたのか、色々と話すようになっているみたい。


 その中に、私の両親についての話もあったんだとか。


「母親の名は、ミルア・シルフィリア。国を出奔した流浪のエルフだそうです。父親の方は正確には分かりませんが、恐らく狼獣人の傭兵、クーゲルという男だろうとのことです」


 レバン曰く、そのミルアって人がよく笑顔で話していた男の人が、そのクーゲルって獣人なんだって。


 だから多分、その二人が私の両親なんだろうと、レバンは考えてるみたい。


「名前を下に公爵家が調査したところ、どちらも王国軍の傭兵として戦場で戦い、命を落としたようです。歳端もいかない幼子をどこかに預けていたそうですが、その預り主が破産して身売りしてしまったため、ミルクもともに売られたのだろう、と」


「そうだったんだ……」


 初めて聞かされた、私の両親、私の売られた理由。


 どう答えたらいいか迷っていると、ネイルさんは私を気遣うように言った。


「両親の墓が、公爵領にあるとのこと。……ミルク、行ってみますか?」


「……うん、依頼が終わったら、一度行ってみる」


「よろしいのですか? 事情が事情ですから、依頼を後回しにしても……」


「それはダメ。困ってる人達がいるから依頼が来てるのに、それを放っておけないもん」


 それに、と。


「私のお母さんとお父さんのことは気になるけど……でも今は、鮮血のみんなが私にとっての家族だから。みんなと一緒に一生懸命生きるのが、私を産んでくれた二人への恩返しかなって」


 私は今、みんなと出会えてすごく幸せだ。


 見守ってくれる人達がいる。心配してくれる人達がいる。力になってくれる人達がいる。


 それが私にとって何より大事なことで……そんなみんなが、王都の薄暗い路地裏じゃなくて、やっと堂々と町のど真ん中に拠点を構えられるようになったんだもん。


 今はがんばって、この町を復興して、早くみんなに自慢したいんだ。


 私の、最高の家族を。


「そうしたらきっと、天国にいるお父さんとお母さんも、喜んでくれるよね」


 えへへ、と笑う私に、なぜかみんな次々と手を伸ばし、頭を撫でてくる。


 どうしたのかと戸惑っていると、みんなで笑いかけてくれた。


「ええ、きっと喜ぶでしょう。自慢の娘だと」


「こんだけ立派にやってるミルクを見てとやかく言う親なんていねえよ、いたら俺がぶん殴ってやる」


「全くだ。俺が親なら、今すぐ抱き締めて褒めてやりたいよ」


 ネイルさん、クロ、ラスターと、口々に私を褒めてくれる。


 なんだか嬉しくなった私は、つい我儘を溢してしまう。


「……ラスターはしてくれないの?」


「ん? いや、それは……」


「じー」


 期待の眼差しで見つめると、ラスターは敵わないなと苦笑しながら、私を抱き上げてくれた。


 顔の半分が火傷した、グールみたいな顔。


 でも私は、そんな今のラスターが、世界一カッコイイと思う。


「えへへ、ありがとうラスター。みんなも……大好きだよ」


 恋とか、そういうのはまだよくわからなくても、好きだっていうこの想いが本物だってことだけはわかる。


 それを素直に伝えると、みんなも同意するように口を開いた。


「ああ、俺もだよ、ミルク」


「まあ、お前のことは嫌いじゃねえよ」


「私も、ミルクのことはこの上なく大切に思っていますとも」


「わ、私も、ミルクのことは大好き……!」


「プルンも!」


 ラスター、クロ、ネイルさん、それにリリアと続いて、最後はプルンが唐突にブレスレットから声を出した。


 そこだけは譲れないと言わんばかりのプルンに、私達はみんなで声を出して笑う。


「さて、それじゃあ行くか、仕事に。アマンダが外で待ってるぞ」


「うん!」


「行ってらっしゃい、ミルク……気を付けてね……!」


 リリアに行ってきますと手を振りながら、私はラスターに抱かれたまま出発する。


 今日もみんなでがんばろうって、気合いと共にふんすと鼻を鳴らしながら。

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傭兵団の看板娘~王国最恐の傭兵団は今日も私にメロメロです~ ジャジャ丸 @jajamaru

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