第107話 戦いの結果

 帝国軍との戦いの後、すぐにレクンガ公爵家率いる王国軍がサーシエに入ってきた……らしい。


 なんで“らしい”なのかっていうと、私は皇帝との戦いの後、そのまま帝国軍の砦で一泊しちゃったから、サーシエがどうなったか見てないんだ。


 どうしてそうなったかと言えば……調子に乗って暴れ過ぎた団長のグレゴリーさんが、戦闘が終わったからってプルンの補助を解いた瞬間腰を痛めて動けなくなっちゃったから。


 どうしようかって途方に暮れてたら、化け物から砦を救ってくれたお礼にって、帝国兵の人達が泊めてくれたのだ。


 ……あの化け物が実は皇帝だったってことは、ひとまず内緒にしておいた。


 代わりに、化け物に囚われていた皇帝陛下を助けたっていう形で恩に着せて、グレゴリーさんの治療が終わるまでの間、すごーく贅沢三昧してたけど。……アマンダさんが。




「ともあれ、全員無事で何よりです。皇帝を捕虜として連れ帰れなかったのは残念ですが……正式に和睦協定を結ぶ流れに持ち込めたのなら問題はないと、宰相閣下からも言伝を預かっておりますので」


 グレゴリーさんの腰が回復した後、拠点まで戻ってきた私達に、ネイルさんが一通りの事情を話してくれた。


 何でも、私達が帰ってくるより先に、帝国の方から使節が送られてきて、目を覚ました皇帝からの手紙を届けたんだって。


 ──全ては朕の過ちであった。皇帝の座を退くと共に、王国と旧サーシエの王族へ謝罪と賠償を行なう。


 まるで憑き物が落ちたみたいなその内容に、皇帝のことを知ってる王国関係者はみんなびっくりしたんだって。


「ミルクにも、名指しで感謝の言葉が届いたそうですよ。お陰で目が覚めたと」


「えっと、どういたしまして?」


 正直、そんなに大したことをしたとは思ってないんだけど……触手を倒したのも、ほとんどグレゴリーさんだし。


 でも、当のグレゴリーさんはさして気にしてないのか、戸惑う私をわしわしと撫でた。


「それだけあの皇帝にお前の言葉が届いたということだ、胸を張れ」


「グレゴリーさん……えへへ、ありがとう」


 そう言われると、私もみんなの役に立てたのかなって意識が芽生えて、今更ながら嬉しくなる。


「俺が生きてられんのも、ミルクがあの龍を飼い慣らして全員運んできたお陰だからな。……俺の妹も会いたがってるし、今度顔見せてやってくれ。お前なら歓迎されんだろ」


「クロ……」


 クロは、妹が住んでるデリザイア侯爵領が危ないからって理由で、たった一人で人知れず戦って、帝国軍を足止めしてた。


 それを誇るでもなく、また何事も無かったみたいに過ごそうとしてるのを見て、私はぷぅっと頬を膨らませる。


「ダメ、今回はクロもがんばったんだから、一緒に会いに行くよ!」


「いや、ミルク、そうは言うが俺は……」


「ダメ! 一緒に行くの!」


 絶対に譲らないという意思を込めて叫ぶと、クロは参ったとばかりに肩を竦めた。


「分かったよ、一度くらいはアイツを育ててくれてる人達に頭下げなきゃならねえと思ってたとこだ、今度一緒に行くか」


「うん!」


 ようやく折れたクロの腕にしがみつき、にこにこと笑う。


 そんな私に、クロもちょっとだけ笑みを浮かべて……ネイルさんが、なぜか愕然とした表情を浮かべていた。


「……二人だけだと不安ですので、誰が他の者もついて行かせましょう」


「あん? そんなゾロゾロ引き連れてっても邪魔だろうよ、なんでそんな……」


「ミルクと二人きりで両親に挨拶という状況が気に入らないからです」


「…………」


 ネイルさんの言葉に、鮮血のみんながなぜか一斉に白い目を向けた。


 それを受けて、ネイルさんは叫ぶ。


「分かっていますよ、そういう意味でないことは!! ですが、やはりどうしても気になるのですよ!! ミルクがどこかへ行ってしまいそうで!!」


「これはもはや病気だな……クロ、ミルク、気にせず行ってきていいからな」


「お、おう……」


 ラスターが溜め息混じりに言うと、クロも引き気味に頷いた。


 ネイルさんは心配性だなぁ、私がここ以外のどこかになんて行くわけないのに。


「……ねえ、ミルク……」


「うん? どうしたの? リリア」


 そんな時、騒ぎの中でひょっこりと顔を覗かせたのはリリアだった。


 どこか深刻そうな顔をしたリリアは、私に真剣な眼差しを向ける。


「ちょっと、話があって……いい、かな……?」


「うん、いいよ。部屋に行こうか?」


「……うん」


 ここではちょっと話しづらそうなリリアのために、私は二人でその場を抜け出す。


 リリアの部屋に入った私達は、最初の頃と同じようにベッドに並んで座る。


「それで、どうしたの?」


「……ええと、その……サーシエのことなんだけど……」


 私の方から切り出すと、リリアはゆっくり話してくれた。


 ネイルさんが言っていた通り、今サーシエは王国軍……レクンガ公爵家の部隊が占領してる。


 公爵家としては、このまま王国に取り込んで、リリアを形式上の当主とした“サーシエ辺境伯領”を立ち上げて復興支援を行っていきたいんだって。


 その後、サーシエ王国としてまた独立するのか、王国領のままで行くのかは、未来になってみないと分からないって。


「ガレルは……独立出来るように支援してくれるんだって。王国で統治するより、異国のまま緩衝地帯にした方が都合がいいから、って……」


「そっか。それはよかった……のかな?」


 まだ、リリア自身がどうしたいのかの答えは聞いてないから、良いのか悪いのか私には判断がつかない。


「うん、良かったと思う……でも、人がいなくなっちゃってるし、指導者もいないからどうなるか分からないんだけど……」


 私には荷が重いし、とリリアは自嘲気味に呟く。


 今は拠点で私と二人だけだからか、素直に弱音が出てきてるみたい。


 でも、リリアはそこで、いつもみたいに黙り込んだりせず、私の目を真っ直ぐ見つめる。


「それでね……お願いがあるの。国がなくなった時に難民になった人達を呼び戻すにしても、もう二度と国がなくなったりしないっていう安心感が必要で……それには、強い人がたくさんいた方が良くて……だから」


 リリアが身を乗り出し、私の手を握る。


 そして……縋るような目で、言った。


「ミルク……私と一緒に、サーシエに来て……!!」


「うん、いいよ」


「ここを離れるのは、ミルクも嫌だって分かってる。だけど私……へ……? い、いいの?」


「うん、リリアからの依頼なら、断る理由なんてないよ」


 あっさり承諾されたのが意外だったのか、リリアがポカンと口を開けたまま固まってる。


 そんなリリアに、私は「その代わり」と笑った。


「一つ、お願い聞いてくれる?」


「お願い……?」


「うん。私ね……」


 私からのお願いを聞いたリリアは、目を瞬かせ……「ミルクらしいね」と苦笑しながら、大きく頷いた。

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