第106話 決着

 プルンの力で、私もそれなりに動けるようにはなった……はず。


 ということで、ラスター達と一緒に、グレゴリーさんを援護するために出発した。


 ラスターは地上を走ってるけど、私はアマンダさんと一緒に空を飛んでみる。プルンの魔力を風属性にして、自分の体を浮かべる感じ。


 自力で飛ぶのは初めてだから、ちょっとフラフラしちゃうけど。


「ミルク、大丈夫かい?」


「う、うん。なんとか」


「こういうのは慣れもいるからねえ。どれ、最初はアタイが先導してあげるよ」


 そう言って、アマンダさんが私の手を引いて更に加速した。


 うわわっ、と驚いている間に、気付けばグレゴリーさんと触手皇帝の戦いの場に突入している。


『そちらの方からやって来るとは、好都合だ!! 朕の糧となれぇ!!』


 私を見るなり、皇帝は大量の触手を私に向けて伸ばしてくる。


 それを、アマンダさんが私の手を引いたまま、ひらひらと躱していく。


 右へ左へ、上へ下へ。今まで感じたこともない挙動に目を回しながら、それでも回避しきれない触手が目の前で切断される。


 見れば、下からラスターが斬撃を飛ばして援護してくれていた。


「アマンダ、あまり無茶するな! ミルクもいるんだぞ!」


「これくらい平気さ。だろう? ミルク」


「う、うん!」


 あんまり平気じゃなかったけど、皇帝さんを助けるためだし我慢する。


 それに、最悪私がこのまま気絶したとしても、みんななら問題ないだろうし。


「来たかミルク。しっかり“視て”おけよ!!!!」


 そうこうしているうちに、グレゴリーさんがまたしても触手を掴み、ぶんぶんと振り回し始めた。


 お城みたいなサイズの巨体が玩具みたいにぐるぐるしてるから、流石にアマンダさんも慌て始める。


「団長!! ミルクもいるんだ、あんまり無茶しないでおくれよ!!」


「これくらい問題ない!! だろうミルク!?」


「ごめんなさい、無理かも」


 さっきのラスターとのやり取りが、今度はグレゴリーさんと繰り広げられたけど……これはちょっと、危ないの次元が違うと思う。


 でも、グレゴリーさんはまさかそんな風に言われるとは思っていなかったのか、ガーン、って音が離れていても聞こえてきそうなくらい、口をあんぐりと開けていた。


「す、すまん……」


『ぬおぉぉぉぉ!?』


 急にグレゴリーさんが手を離したせいで、皇帝が勢いよく飛んでいく。


 地面をバウンドし、引きちぎれた触手が宙を舞いながら、フラフラと体を起こした。


『お、おのれぇ……! 戦闘の最中にお喋りなど、余裕をかましよって……! 許さんぞ……!』


 怒り心頭、って感じで触手の体に比して小さな顔を真っ赤にしながら、ちぎれた体を再生させていく。


 その様子を、私はじっと精霊眼で観察した。


「……見付けた! あの頭のずっと下に、皇帝さんの本体がある!」


 この触手の化け物は、そのほとんどが瘴気の暴走で生まれた余計な異物で、皇帝を中心に無理やり張り付いてるような状態だ。


 それを剥がして、本体の中に染み込んだ瘴気を私が直接取り除けば、この化け物も大人しくなると思う。


 ……こんな風に、少ししたら一瞬で再生する触手の中にいる皇帝に近付いて、その上で瘴気を分離する作業なんて、そう簡単に出来る気がしない。一歩間違えたら、そのまま取り込まれちゃうかも。


 そんな話をすると、アマンダさんはさして気にした様子もなく言った。


「そんじゃあ、分離作業の時はアタイが傍でミルクを守ってやろうかね」


「いいの? 危ないよ?」


「ミルクはやる気なんだろう? だったら、成功させちまえば何も問題ないさ」


 私が失敗することなんて、全く考えてないアマンダさんの言葉に、なんだか勇気付けられる。


 ……信頼されるのって、嬉しいな。


「そいじゃ、方針も決まったところで、ぶちかましてやろうかね」


「うん!」


 アマンダさんと頷き合い、ラスターやグレゴリーさんともやることを共有する。


 そうしたら、真っ先にラスターが動いた。


「はあぁ!! 《魔翔剣ましょうけん・十連》!!」


 十人に増えたラスターの剣が、触手を次々に斬り飛ばす。


 瞬く間に攻撃手段を失った皇帝は、すぐに触手を再生させようとするんだけど……それより早く、グレゴリーさんが懐に飛び込んだ。


「ミルク、皇帝のいる場所に魔力でマーキングを付けろ!! 出来るか!?」


「わかった!」


 私が見付けた本体周辺の魔力に干渉して、光属性に変換。見てわかるくらいに光らせる。


 それを確認して──グレゴリーさんは、ぐっと両手を握り締めた。


「見せてやろう、俺の本気の手加減を!!!! 《殺戮殴打ジェノサイドストーム》!!!!」


『ぐおぉぉぉぉ!?』


 グレゴリーさんが拳を振るう度に、触手の怪物が爆発する。


 触手が弾け、瘴気になって撒き散らされていく嵐のような連撃で、お城みたいだったその体は一秒と経たず小さくなっていき……気付けば、ぐちゃっとした触手が半端に張り付いた、白髪のお爺ちゃんだけが宙に浮いていた。


「ぐ、うぅ……!! まだだ、まだ、終わらん……!!」


 そんな状態になっても、皇帝は諦めてないみたい。

 体に張り付いた触手が蠢き、また元に戻ろうとしてる。


 それを防ぐため、私はアマンダさんと一緒に皇帝の体へ取り付いた。


「もうやめて! それ以上やったら、本当に化け物になっちゃうよ!」


「構うものか! 永遠の命と比べれば、その程度の代償など安いもの……! それに、お前さえ、お前の力さえあれば、そのデメリットとて消えてなくなる! だから、寄越せ!! お前のその眼を……!!」


 血走った目で、私の顔へと手を伸ばす皇帝。


 でも、その手は途中で吹いた突風に切り飛ばされて、どこかへ飛んでっちゃった。


「ぎゃあぁぁ!?」


「調子に乗ってんじゃないよ。今アンタが生きてんのが、ミルクの優しさだって分かんないのかい? ていうか、その汚い手でミルクに触るんじゃないよ、このド変態ジジイ」


 ぶっ殺すぞ、と平然と脅しをかけるアマンダさんに、私は思わず苦笑する。


 その間も、私は直接触れた皇帝の体に干渉して、体内にある瘴気を引っ張り上げていく。


 同時に私は、皇帝に向かって口を開いた。


「あなたが、どうしてそんなに永遠の命を欲しがってるかは分からないけど……みんなを傷付けて、命を奪って、あなた一人だけ生き永らえようなんて考えは、間違ってる」


 私だって、もしみんなを置いて一人で死んじゃうってなったら、全力で抵抗すると思う。そんなの嫌だ。


 でも……私一人だけ生き残って、みんなを傷付けるようなことをするのは、もっと嫌だと思うから。


「そんなことも分からないお爺ちゃんには、お仕置き!! めっ!!」


 最後のトドメとばかりに、私は皇帝のほっぺを引っぱたく。


 その一撃を切っ掛けにして、皇帝の体から瘴気が一気に弾き出された。


「待て、やめろ……ぐぅ、うおぉぉぉ!?」


 まるで穴が空いた水袋みたいに、どんどん瘴気が抜けていき……最後に残ったのは、もう何の力もない、一人のお爺ちゃんだけ。


 こうして、王都の襲撃事件から始まった帝国軍のサーシエへの侵攻は、完全に終わりを迎えたのだった。

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