第105話 団長の戦い

『貴様ら、よもや朕に勝てるつもりでいるのか……? 笑わせてくれる』


 相変わらずの地獄耳で、私達の会話を聞いていたのか。触手皇帝が、やけに遠くまで響く思い声で失笑する。


 そうしている間も、帝国軍の方から攻撃魔法やら弓矢やらが飛んで来てるんだけど、意にも介してない。


 それに対して、グレゴリーさんはニヤリと獣のような獰猛な笑みを浮かべた。


「当然だ!!!! 久々の本気の喧嘩だ、簡単に終わってくれるなよ!!!!」


 そう叫ぶなり、グレゴリーさんが地面を踏み砕きながら跳躍し、触手皇帝に突っ込んでいく。


 当然、一直線に向かってくるグレゴリーさんを叩き潰そうと、無数の触手が四方八方から迫ってくるんだけど……グレゴリーさんは、それを全部拳の一発で弾き飛ばしていた。


「どっせぇぇぇい!!!!」


『は……? ぐふぅ!?』


 大きさの違いも、重さの違いも無視したパンチの威力に皇帝がポカンとしている内に、続くもう一発のパンチが顔面にめり込む。


 大きく吹き飛び、皇帝が草原を何度もバウンドする度に巻き起こる地震が、その圧倒的な大きさが見せかけじゃないって嫌というほど表していた。


「グレゴリーさん、すごい……」


「団長はあの魔法一つで、大陸最強にまで登り詰めたからな。鮮血の団長を務めているのは伊達じゃない」


「魔法って、身体強化?」


「いんや、似てるが全く別物だね」


 ラスターの言葉を補足するように、アマンダさんが解説してくれる。


 普通なら、自分の体を魔力で増強して身体能力を高めるのが身体強化魔法なんだけど、グレゴリーさんはその発展形。


 自分の体を魔力で覆い、自分自身を“魔法”として操る……いわば、魔法の鎧を身に付ける魔法なんだって。


「《強化外骨格パワードアーマー》。人間が出したら体がイカれちまうような出力の身体強化を発揮しながら、敵の攻撃も全部防ぐ無敵の魔法さ」


「へぇ〜、すごい」


 そうやって話している間も、グレゴリーさんは皇帝を一方的にボコボコにしていた。


 触手で叩こうとしても全部殴り返されるし、逆にグレゴリーさんのパンチは体格差なんて無視して皇帝を吹っ飛ばしてる。


 ただ、どれだけボコボコにやられても、皇帝は全然めげなかった。


『く、くくく……さ、流石は噂に名だたる傭兵団の長だ、凄まじい力だな。だが……知っているぞ、お前の体は老いさばらえ、既に全盛期の半分の時間も戦えんと!!』


「ふむ……まあ、その通りだな」


 皇帝の言葉を、グレゴリーさんはあっさりと認めた。


 それを聞いて、皇帝は一気に上機嫌になる。


『ふはははは! 老いとはやはり恐ろしいものよ、貴様のような強者でさえ、そのように不自由な肉体へと変えてしまう。だが、朕は違う。無限の力を得た今の朕は、いくら貴様にやられようと再生する。今は圧倒している貴様もやがて力尽き、いずれは朕の前に平伏す運命なのだ!!』


「そうか。では試してみるとしよう!!!!」


『ぐふぉ!?』


 全く気にした様子もなく、グレゴリーさんは再度皇帝をぶっ飛ばす。


 動揺する様子が一切ないグレゴリーさんに、皇帝は流石に慌て始めた。


『ま、待て! 話を聞いていなかったのか? いくら殴ろうと無意味だと!』


「無意味なら、いくら殴られようと構わないはずだ。焦っているようでは、そうではないと自ら言っているようなものだぞ」


『っ……!?』


 痛いところを指摘されたのか、今度は皇帝の方が息を飲んだ。


 どうやら、図星だったみたい。


「どうせ今の状態も完全では無いのだろう。だからミルクを狙い、足りない分を精霊眼の力で補おうとしている。違うか?」


『だ、だとしても!! 貴様が朕を倒し切るより、貴様が力尽きる方が遥かに早いことに違いは無い!!』


「ククク、果たしてそうかな!?」


 どっちが悪役か分からないくらいの悪い笑顔で、グレゴリーさんが叫び……チラッと、私の方を見た。


 それでグレゴリーさんの意図を察した私は、ラスターとアマンダさんに急いで声をかける。


「グレゴリーさんががんばってる間に、私達であいつの弱点を見つけよう!」


「ふむ、確かにミルクの力なら、それも簡単か」


「放っておいても勝てそうだけどねえ。プルンの治癒力で、今の団長も大概永久機関だし」


 ラスターはともかく、アマンダさんはちょっと苦笑い。


 確かに、いつものグレゴリーさんなら、もう動けなくなっててもおかしくないのに、全然余裕そう。


「でも、このままグレゴリーさんに全部任せちゃったら、多分あの皇帝さん、死んじゃうと思う」


 私の言葉に、二人は初めて気が付いたって顔をする。


 そして、ふっと笑いながら揃って私の頭を撫で始めた。


「ミルクは優しいねえ。本当に良い子だよ」


「だが、皇帝をいきなり殺すというのは外聞が悪いのも確かだ」


 アマンダさんとラスターが頷き合い、意見が固まる。


 そして、腕に巻かれたプルンもまた、その意思を表明した。


「ん! プルンはミルクと戦う!」


「ありがとうみんな。じゃあ、やろう」


 プルンが私の体に纏わりつき、私の姿ほぼそのままの鎧になる。


 前にリリアへ化けた時の変装と、さっき聞いたグレゴリーさんの魔法を参考に考えた、新しい魔法だ。


「それじゃあ、あの皇帝さん、助けてあげようか」

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