第104話 決戦の舞台

「ミルク!!」


 頭上から迫る触手に対して、ラスターが私を庇うように剣を振るった。


 切断された触手が吹っ飛んでいくのを眺めていると、私はそのままラスターに抱っこされる。わわっ。


「どうやら、向こうの狙いはミルクのようですね。ラスター、私達が足止めしますから、ミルクを安全なところへ」


「そのつもりだ」


「ま、待って待って!」


 ネイルさんとラスターが話を纏めようとしているところに、慌てて口を挟み込む。


 このまま逃げるなんて、そんなのダメだ。


「私が狙われてるなら、ちょうどいいよ。このまま帝国に行こ!」


「ミルクが囮になると!? そんなのはダメです、今すぐ安全なところへいぐっ!?」


「はいはい今は押し問答してる場合じゃない、次来るよ!!」


 全力で拒否しようとするネイルさんに、アマンダさんが肘鉄を加えていた。


 そして、もう一度襲ってきた幾本もの触手を、今度はみんなで跳んで避ける。


 リリアは大丈夫かな? って心配になったけど、ちゃんとコーリオが守ってくれてるみたいだし、問題ないみたい。


「あの化け物を帝国に連れて帰って、対処法があるか聞いて、無理そうだったら帝国の人がやられちゃう前に止めなきゃいけないんでしょ? それなら、狙われてる私が行くのが一番いいよ!」


「ミルクは本当に、良い子だな……誰も帝国の心配はしてないっていうのに」


 触手を躱しながら、ラスターが私を撫でてくれる。うん、嬉しいけど、結構余裕そうだね、ラスター。


 これなら、私がお荷物になってても何とかなるはず。


「よし、ミルクがその気なら、こちらもそのつもりで作戦を立てるとしよう。ネイル!」


「……何でしょうか、団長」


「そう嫌そうな顔をするな。お前は足の遅いメンバーを纏め、王国軍に事情を伝えてこい。援軍はあった方がいい」


「ミルクを囮にする案にはまだ賛成していないのですが……分かりましたよ」


「よし。ラスター、アマンダ、お前たちは俺と一緒に化け物退治だ!! 遅れるなよ!!」


「分かった、ミルクは任せろ、俺が守る」


「アタイも構わないんだが……団長、腰は大丈夫なのかい?」


 傭兵団最速のラスターと、自由自在に空を飛べるアマンダさんはともかく、団長のグレゴリーさんは腰が悪いせいでよく動けなくなってる。


 それなのに、攻撃班に参加出来るの? という問いかけに、グレゴリーさんは自信たっぷりに頷いた。


「ミルクに治療されたからな、問題はない! そもそも、カリアの攻撃でも仕留めきれないんだ、いざという時は俺がどうにかするしかあるまい」


「それはそうだけどねえ」


「わかった、それなら……プルン!」


「ん!」


 いつものブレスレット状態に戻って私にくっ付いてたプルンから、分裂体を出してもらう。


 それをグレゴリーさんの腰に腹巻きみたいに巻き付けて、常時治癒の力をかければ……少しはマシになるんじゃないかな?


「助かったぞミルク! それじゃあ早速、あのデカブツに目にもの見せてやろう!!」


 腰の調子が良くなったグレゴリーさんは、迫る触手を回避したかと思えば飛び乗って、そのまま根元へ向けて走り出す。


「うおぉぉぉぉ!!!!」


「えっ、グレゴリーさん?」


 ラスターほどじゃないけど、ものすごいスピードで本体まで差し迫ったグレゴリーさんは、触手の根元に腕を差し込んで……そのまま、触手皇帝を持ち上げた。


「え?」


『は?』


 お城くらいの大きさがある化け物が、ちょっと大柄なだけで普通の人間でしかないはずの団長に持ち上げられてる。


 意味が分からない光景に、私と皇帝の声が重なった。


「死にさらせぇぇぇぇ!!!!」


『うおぉぉぉぉ!?』


 そのままぶんぶんと触手皇帝を振り回し、帝国のある方向へ向かって思い切りぶん投げた。


 あまりにもすごすぎる光景に、私は空いた口が塞がらない。


「ラスター、アマンダ、ミルク、行くぞ!!!! ついて来い!!!!」


 自分で投げ飛ばした触手皇帝を追って、グレゴリーさんが走り出す。


 それをポカーンとラスターの腕の中から見つめていたら、ネイルさんが大きく溜め息を溢した。


「はあ……だから言ったのです。団長がいるのに、わざわざミルクが囮役になる必要などないと」


「嘘付けてめぇ、必要があっても絶対に反対してただろ」


 クロが即座にツッコミを入れ、ネイルさんがそっと目を逸らす。


 そんなやり取りに苦笑しながら、私は何とか驚きから立ち直って口を開いた。


「囮がいらなくても、グレゴリーさんのためにプルンの力がいるから、一緒にいくね。ネイルさん、心配してくれてありがとう」


「心配するのは当たり前です。お礼はいいですから、ちゃんと無事に戻ってきてください。……ラスター、アマンダ、くれぐれも頼みますよ」


「言われるまでもない」


「前みたいなヘマは繰り返さないさ」


 そう言って、私達も先を行くグレゴリーさんを追いかけて出発する。


 地上を走るラスターと、真っ直ぐに空を飛ぶアマンダさんで移動速度が変わらないってやっぱりすごいよね。


 しかも、ラスターは私に負担がかかり過ぎないように、これでも手加減してくれてるし。


「おう来たか、遅かったな!!!!」


「団長、首尾の方は?」


「うむ、ぶん投げたデカブツが、いい感じに帝国軍の目の前に落ちてな、どういう反応になるかと見ていたんだが……」


 グレゴリーさんに追い付いたその場所から、更に遠く離れた先。見渡す限りの平原に、大きなクレーターを作りながら触手皇帝が動き出してる。


 そして、そんな触手皇帝の更に奥には、帝国の町と、それを守る帝国軍が見えてるんだけど……会話の一つもなしに、突然降ってきた化け物に怯え、全力で攻撃を繰り返してるみたい。


 うん、あれが自分達の皇帝だなんて、夢にも思ってなさそう。


「ありゃあ、任せといても解決しなさそうだね」


「そういうことだ。というわけで、これよりプランBに移行する!!」


「一応聞くが、プランBってのはなんだい?」


「そんなの、決まっているだろう」


 アマンダさんの質問に、グレゴリーさんがニヤリと笑う。


 というか、聞いたアマンダさんも、何ならラスターも、答えは分かりきってるって顔してる。


「死ぬまでぶちのめせ。ここはどうせ全ての元凶だった帝国の土地だ、いくらぶっ壊そうが問題ない!! ミルクの援護もあるし、久方ぶりに全力で暴れるぞ!!!!」


「もしかしなくても、最初からそれが目的だったね、この団長は……」


「まあ……分かってはいたがな」


 生き生きとしたグレゴリーさんに、アマンダさんとラスターが呆れ顔で会話する。


 こうして、触手皇帝と“紅蓮の鮮血”団長との最後の戦いの火蓋が、ここに切って落とされたのだ。

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