第103話 触手皇帝カエラル
サーシエの外で休憩して、そのまま国に帰ろうと思ってた私達は、突然発生した触手の化け物に襲われることになった。
あれが皇帝の変わり果てた姿だって知って、捕虜の一人……魔法使いのアルマイヤが悲痛な叫び声を上げている。
「ひぃぃぃ!? な、なんなのよあれぇ!! 聞いてないわよ、レバン、どういうことなの!?」
「まさかあそこまで変異するとは……もしかしたら、足りない瘴気を補おうとして、サーシエに展開していた帝国軍を丸ごと呑み込んだのかましれません」
「はあぁ!? この化け物どもにポッキリ戦意を折られたって言っても、一万の軍勢がいたのよ!? それを全部陛下が殺したってこと!?」
「そういうことですね。このままだと、私達も取り込まれて死ぬことになるでしょう。……ふふ、私にはお似合いの末路ですね」
「死にたきゃ一人で死になさいよ! 私はそんな最期は嫌! ちょっとアンタ達、もっとキビキビ走りなさいよ!!」
「捕虜の癖にうるせえな、こいつ……捨ててったら少しは時間稼ぎになるんじゃねえか?」
プルンの力で怪我が治り、元気になったクロが、騒ぐ二人を冷たい眼差しで睨む。
今、レバンとアルマイヤの二人は、縄で縛ってグルージオが引き摺ってる状態だから、捨てられたらそのままあの化け物に取り込まれちゃうだろう。
だから、私は迷わずクロに「めっ!」と説教した。
「ダメだよクロ、そんなことしたらあの化け物がもっと強くなっちゃう!」
「そうは言うが、このまま逃げるだけじゃいずれ王国までついて来るんじゃねえか? アレ」
クロとしては、あの化け物が王国を……妹さんが暮らしてる平和な町を襲うのが我慢ならないんだと思う。
苦渋の表情を浮かべるクロに、団長のグレゴリーさんは「ふむ」と声を上げた。
「ならばいっそ、帝国まで送り返してやるというのはどうだ。アレは帝国の皇帝で、帝国の魔法技術によって変貌した姿なんだろう? だったら帝国軍にどうにかして貰うのが筋ってもんだ、違うか?」
「うーん、そうかも?」
グレゴリーさんの言う通り、あれを元に戻す手段があるとしたら帝国だろうし、その帝国に連れ戻してあげるのは良い手なのかもしれない。
「はぁ!? いやいや、いくら帝国でもあんな化け物になっちゃどうにも……」
「ネイル、黙らせろ」
「はいはい、ミルクが気にするので静かにしてくださいね」
「ひぎゃあ!?」
アルマイヤが何か言いかけてたけど、グレゴリーさんの指示を受けたネイルさんが物理的に気絶させて静かになった。
大丈夫かな?
「でも、どうやってあれを帝国まで連れていくの?」
「それはもちろん、殴って気を引くだけだ。カリア、やってやれ!!」
「全くこのジジイは、こんな婆さんを働かせようだなんて……仕方ないねえ!」
話してる間に、化け物……皇帝? が巨大な触手を伸ばして私達を叩き潰そうとしてくる。
それに対して、カリアさんがごく普通の包丁を取り出し、空に向けてひと振り。
その瞬間、迫ってきた触手が細かく輪切りにされ、ドサドサと地面に落ちた。
……一回しか振ってないように見えたのに、なんで?
「さあて、あんまり食えそうな見た目じゃないが、せっかくだから私の料理の具材にしてやろうかね!! 久しぶりに見せてやるさね、私の全力をね!!」
カリアさんが飛び上がり、空中に丸まった布をバッと広げる。
横長の布は、包丁をしまっておくための物だったんだろう。いくつもついたポケットの中に、色んな形やサイズの包丁が収まってる。
それが一斉に取り出され、宙を舞った。
「《
キラリと、宙を舞う無数の包丁が煌めいたかと思えば、それが一斉に掻き消える。
最近は私の目もかなり良くなってきたと思ってたのに、それでも全然ついていけない速度でどこかにいった包丁は……気付けば、触手皇帝の全身を全部細切れにしていた。
「なあ……これ、逃げる必要あったのか……?」
あまりにも凄すぎる光景を見て、クロが呆然と呟く。
正直、私も同じ気持ちだ。
ブレイドラどころか、王都にあるお城よりも大きな化け物が、こんな一瞬でバラバラになるなんて……。
「ふんっ、見て分からないかい?」
「何がだよ、ババ……カリアさん」
着地しながら包丁を仕舞っていくカリアさんに、クロがババアって言いかけて……最後の一本がピタリと空中で静止するのを見て、慌てて言い直してる。
それで満足したのか、カリアさんは最後の包丁もしっかり仕舞って、バラバラになった触手皇帝の方へ顎をしゃくる。
「あの化け物は、バラバラになったくらいで死にはしないよ。どうせすぐ再生するさね」
『ふはははは!! よく分かっているではないか、傭兵!!』
バラバラになった触手が、どんどん集まって再生していく。
さっきと変わらない触手の化け物がもう一度誕生するんだけど、今度はその一番上に、人の頭みたいなのが生えていた。
『朕の名はカエラル・デル・カテドラル。カテドラル帝国の皇帝にして、やがてこの世界総てを統べる“神”である。頭が高いぞ、愚民ども!! ひれ伏せい!!』
「……今のあなたより頭が高い人はいないと思う」
すごく偉そうな自己紹介に、思わずぼそりとそう呟く。
いくら大きいって言っても距離があるし、聞こえてないだろうと思ったんだけど、なんとちゃんと聞こえてたらしい。
触手皇帝は、その大きな目をぎょろりと私に向けた。
『生意気な小娘だな……お前か、話に聞く精霊眼の所有者は』
「……? そうだけど」
『そうか。ならば潔く死に、朕の覇道の糧となるがいい!!』
「……え?」
名指しされたことにびっくりしている私目掛けて、巨大な触手が容赦なく降ってきた。
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