金欠パーティー10

「今日の奢りは……。二百六十匹――クロさんです。残念でしたね」


 クロムスの名前が出た途端にアステリアは両手を天高く掲げる。

 一方でクロムスは膝から崩れ落ちた。


「ちなみにアーさんは二百六十一匹でした」

「クロムスさんすみません。ですがこれも勝負。この勝利ありがたく頂きます」


 嬉々としながらも崩れるクロムスに頭を下げるアステリア。


「まさか。我が筋肉が敗北するとは……」

「残念だったなおっさん。今日はごちそうさまでーす!」


 若干ながら煽っているとさえ取れる口調と共にシグルズは両手を合わせた。


「悔しいがこれで我が筋肉がまだまだだと知れた。これからも鍛え甲斐があるというものだ」


 だがクロムスは顔を上げると決意の拳を握り締め、その表情は未来へ向かい希望に満ち溢れていた。


「ポジティブかよ」

「でもまぁクロムスは魔術使ってないからねぇ。実際ハンデ背負ってたみたいなものだよ」

「おっさんが勝手にしてることだし、それでも負けは負けだからな」

「笑止! 魔術で得た勝利など本当の勝利とは言えぬ」

「もう二度と魔術師名乗るんじゃねーぞ」


 すっかり勝負の勝利に気持ちよく浸っていたシグルズだったが、ふとあることを思い出した。


「そういや誰か女王見つけたか?」


 端のゴルドから順に顔を見ていくが揃って首を横に振るばかり。

 だが最後のフィリアだけは違った。


「逃げ出そうとしてたので網で捕まえときましたよ」


 そう言う彼女の手の中では光の球体に閉じ込められた普通の蜂が暴れていた。


「さすがフィリア。勝負に夢中ですっかり忘れてたぜ。そんじゃおっさんちゃちゃっと潰してくれ」

「うむ。了解した」


 フィリアの手から浮遊した光の球体はクロムスの前の地面へそっと降り立つ。そしてクロムスは振り上げた杖を力一杯振り下ろし光の球体ごと女王を潰した。

 そこには負けた悔しさが籠っていたのか地面の岩肌には大きく罅が広がる。


「んじゃ疲れたし戻るとするか。そんで報酬貰って飯だ。おっさんの奢りでな」

「負けは負けだ。存分に食うが良い」


 そして宿屋兼酒場へと戻り報酬を受け取りっては分配し、一度解散してから再び夜に酒場に集まった一行。


「かんぱーい!」


 その声にそれぞれの飲みたい物が入ったジョッキが中央に集まりガラス同士のぶつかる気持ちの良い音を響かせた。ゴルドとクロムスはお茶を、フィリアは牛乳を、アステリアとシグルズはお酒を呑んでいた。

 そしてみんなで飲んで食べ続けてはひと段落ついた頃。


「そういやアステリア。お前って呪われて一日三十分しか武器使えねーけど、普通に拳で戦えねーのか?」


 思い出したように頭に浮かんだ疑問を口にしながらだし巻き卵を口に入れるシグルズ。


「無理だね。何を言ってるか分からないと思うけど、相手にパンチとかキックが当たる寸前に力が抜けるんだよ。武器とかは持とうとしたら力入らないし」


 アステリアは話をしながら片手を開いては閉じるを何度か繰り返していた。


「それってゴホッ。フィリアがどうにか出来たりしないの? 解呪出来ないにしても緩和とか」

「呪術の解除には呪術の知識が必要なのでうちじゃ難しいですね」

「つーかそもそも呪術と魔術の違いって何なんだよ?」


 今度は唐揚げを口へ入れる前にシグルズは疑問を尋ねた。


「たしか、呪術も魔術の一部だったと思いますよ。そうでしたよね? クロさん」


 フィリアからパスを受けたクロムスは堂々とした様子で腕を組んでいた。


「うむ。呪術も元を辿れば魔術だ。だが特殊なゆえ別物と考える者も少なくない。儂もよくは分からないが呪術は魔術と違い直接相手に影響を与える術が多いと聞く。だが強力な術になればなる程その代償も大きくなるらしいがな。確か多かれ少なかれ呪術はリスクを背負うとも聞いた事があるな」

「じゃあアステリアに掛けられた術はどれぐらいの代償があるんだ?」

「かなり動きを制限するものではあると思うが、術者がどの程度の力量であるのかも分からぬ。それに加え儂には呪術の知識などが色々と不足しておるからな。何とも言えん」


 話を終えたクロムスは目の前に並んだ肉に手を伸ばした。


「あっ、これは随分昔に聞いたんですけど、ある呪術士が別の人間を呪い殺そうとして呪術を発動させたらしいんですけど失敗して結果、その呪術士が代わりに死んでしまったとか」

「その話なら儂も聞いたことがある」


 フィリアの話にクロムスは肉を掴んだまま反応した。


「その呪術はたしか対象の元に良く分からぬ魔の者を送り込む術だったはずだ。だが対象者が魔の手を退けた場合、その術は全て術者に返る。つまり失敗すれば術者は代わりに死を受けるのだ。魔の者の強さは術者の力量によって変わるというが、そもそも余程の実力がない限りこの術は使えんと聞く」


 自分の話が終わると食べるのを再開するクロムス。


「こえーな。でも返り討ちにしたらいいってとこは分かり易くていい」

「でも自分の命を賭けてまで誰かを呪うなんて……そこまでの恨みを買うことって中々ないと思うけど?」

「呪われてる真っ最中の奴がよく言うぜ」

「むむ。それを言われては返す言葉が無いな」


 そう言うとアステリアは返す言葉が見つからないもどかしさを一緒に呑み込むようにジョッキの酒を呷った。

 それから満足するまで食べて飲んだ後は兼用された宿屋でゆっくりと疲れを癒し、一行はまた明日からブラックドラゴンを追い求める旅へと歩き出した。




 <人類規模の偉業であるドラゴン討伐。それを個人パーティーで成し遂げた祖父と父を持つシグルズ・ドラクレス。親子でドラゴン討伐を成し得た事で龍殺しの一族と呼ばれる家系に生まれたシグルズもまたドラゴンの討伐を夢見ていた。

 だが彼は祖父も父も超えるべく、その存在すら一部地域の伝承でしかない伝説の中の伝説であるブラックドラゴンの討伐を試みていた。そんな彼のパーティーは異色揃い。

 果たしてブラックドラゴンは本当に存在するのか。そしてシグルズ・ドラクレスはドラクレス一族に新たな伝説を刻む事が出来るのか>

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Black Dragon―龍殺しの子・アンデットヒーラー・脳筋魔術師・病弱格闘家・呪われた元王国騎士― 佐武ろく @satake_roku

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