金欠パーティー9

 横に一閃。剣はヴェスパーの首を刎ねた。その首が宙を舞い地面に落ちると、いつぶりかの静寂が訪れ鳥の囀りだけが綺麗な音色を辺りに響かせていた。

 巣の入り口前に転がるヴェスパーの数はこれでもかという程。その死の中に立っていたのは勝者であるシグルズ、ゴルド、アステリア、クロムス、フィリアの五人だった。かなりの数と戦ったはずだが五人に疲れは見えない。

 そしてシグルズは周りに倒れたヴェスパーの死体を見渡しながら剣の血を払う。


「なんなんだよこの数」


 そうぼやくとシグルズは視線をアステリアへと移した。


「アステリア。あとどのくらい戦える?」

「十分ってとこだだと思う」

「十分か。ゴルドさんは体大丈夫そうですか?」

「フィリアのおかげでもう少し戦えそうだよ」

「そんじゃ、別にアステリアなしでもいけると思うけど、タイムリミット十分で女王と残りのヴェスパーを駆除しにいきますか」


 気合を入れ直したシグルズは巣の方を向いた。

 そして大きく口を開け来る者拒まずといった禍々しさすら感じる巣へ歩みを進め始める。中は短い通路となっており、その先には広々とした空間が広がっていた。

 更にこの洞窟全体が巣と化していたそこには、また気が遠くなる程のヴェスパーが五人を待ち受けていた。しかもそれは殆どが巨漢ヴェスパー。


「フィリア、女王が逃げないように入り口辺りに網張っといてくれ」

「分かりました」


 指示を受けたフィリアは通路から広々とした空間へ入る辺りに網目の細かい光の網を張った。これでこの空間からは誰もでることは出来ない。他に出入り口がなければだが。


「よーしタイムリミットは十分。その間にこれを一匹残らず駆除だ」

「それじゃあさ、一番倒した数が少なかった人が今夜の夕食を奢るっていうのはどう?」


 するとアステリアは勝つ自信で満ちたような声でそんな提案をした。


「誰が負けても報酬の配分は変えないからな」

「望むところだ。我が筋肉に負けなし!」

「僕も勝負なら負けたくないね」

「一番はアタシが頂く」


 アステリアの提案にシグルズを含む全員のやる気は上がった。


「よーし。用意いいか?」

「うむ」

「いいよ」

「おっけ」

「そんじゃ。スタート!」

「頑張って下さい」


 フィリアの声援を背に貰いながら四人は同時に動き出す。そして巣の中は瞬く間に乱戦状態へ。

 シグルズは他に負けぬようなるべく一匹一匹にかける時間を短くかつ確実に倒していく。一息つく時間すら惜しみ目の前のヴェスパーを倒しては次から次へと剣を振った。そんなシグルズとは対極的にクロムスは速度を犠牲に力強い一振りで数匹をまとめて駆除。

 フィリアの視点では皆、いい感じに競い合っていた。

 そして勝負ということもあってかタイムリミットの十分を待たずして巨漢ヴェスパーを一匹残らず駆除し終えた四人。今回は全力で戦ったからかその頃には皆、肩で息をしていた。


「あぁ~! 疲れたー」


 シグルズは膝に手を乗せとりあえず息を整えようと何度も荒い呼吸を繰り返していた。汗だくで額から流れた雫が鼻頭から地面へダイブするように何度も落ちていく。


「いや、ゴルドさんの倒すスピードが早すぎて焦りましたよ」


 仰向けて寝転がっていたゴルドの体から立ち上っていた湯気は消え、乱れた呼吸には時折咳が交り始めていた。


「でも後半は、ゴホッ。バテちゃってあまり倒せなかったな」

「フッフッフ。アタシは結構自信あるかな」


 一方で腕組みをしたアステリアは手応えがあるのか相変わらず自信に満ち溢れていた。


「儂もかなりの数をこの筋肉の餌食にしてやった」


 汗で煌めく体でポーズを決めるクロムスも自信はあるらしい。

 そして少し休憩を挟み、落ち着いたところで気になる結果発表が始まる。アステリアは休憩の間に鎧を脱ぎラフな格好へと着替え、ゴルドはさっきまでの運動が嘘のようにあの厚着へ。


「そんじゃ、不正しないようにそれぞれフィリアに報告して結果発表してもらうか」


 そしてそれぞれがフィリアに耳打ちで数を報告するといよいよその時が来た。各々は一番を願いつつも、何よりも最下位でないことを強く願う。


「それでは結果発表します! 栄えある第一位は……」


 その沈黙はシグルズを今日一番で緊張させた。ドラムロールのように脈打つ心臓に自然とまた息が少し荒れ始める。

 それは恐らく他の三人も同じだろう。皆、真剣な眼差しでフィリアを見つめていた。


「二六七匹――ゴル君!」

「良かったぁ」


 その瞬間、ゴルドの安堵の声と共に三人の悔しがる声とフィリアの拍手が巣内へ溢れた。


「次だ次」


 シグルズはそう言いながら若干の焦りが顔出し始めていた。


「続きまして二位……」


 ここで呼ばれておきたいと思うのはシグルズだけではないだろうが、皆平等にもう願う事しかできなかった。


「二六三匹――シグ君!」

「おっしゃ!」


 それは安堵と喜びという強い感情の籠ったガッツポーズ。だが同時に負けた悔しさもどこか混じっていたのも否定できない。


「これはまずい」

「儂の筋肉が負けるだと!」


 一方で残されたアステリアとクロムスの表情が曇り始める。


「さーて。今夜は誰の金で飯が食えるのかな」


 先程までの緊張から解放されたシグルズの表情はすっかり余裕に満たされ、この状況を楽しむ側へ回っていた。


「それでは今日の夕食を奢る最下位を発表します」

「言い出しっぺで負けたくはない。お願いします」

「ここで負ければまた鍛え直しだ」


 アステリアとクロムスは強く願った。神だろうが悪魔だろうがフィリアだろうが願えるものには祈りまくる。

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