第54話 じゃんけん!

 武闘会のあと舞踏会が始まる。


 学園の講堂に集まった代表生徒たちが煌びやかな正装やドレスに身を包んで集まっていた。


「さあさ踊りましょうオニキス様」


 講堂の中に入った俺は早速クロエに腕を引っ張られる。


 だがここで女同士の争いが起こった。


「クロエ様、今回は私にお譲りください。先に」

「何を仰いますか。共に武闘会を乗り越えたわたくしとオニキス様が先に踊るべきです」

「クロエ様の怪我を治したのは私ですよ! たまには譲ってください!」

「それとこれとは話が別です! クラリス様こそ、その話を持ち出すのはズルいですよ!」

「むむむ!」

「ぐぬぬぬ!」


 左腕をクラリスに。右腕をクロエに引っ張られる。

 両者揃って胸を押し付けて必死に引っ張るものだから幸せな感触に包まれていた。


 俺はこのまま彼女たちを眺めてていいのだろうか?


 ふとした罪悪感を抱き声をかける。


「クラリス様にクロエ嬢、落ち着いてください。どちらが先かなんて——」

「わ、私もオニキス様と踊りたいです!」

「……アリサ?」


 なぜか仲裁しようとした俺の声を遮ってアリサがやってくる。

 彼女は顔を真っ赤にしたまま同じ言葉を繰り返した。


「私もオニキス様と踊りたいです! お願いします!」

「ほう……ここにきて面白い伏兵がいたものですね」

「アリサさんには悪いですがこの席は簡単には譲れません。最初に踊るのは私です!」

「リオンがオニキス様にご迷惑をおかけしましたし、責任を取って私が!」

「それなら責任を取ってわたくしに順番を譲りなさいな!」

「一番頑張ったのは治療班だった私ですよ! やっぱり私が——」


 ワイワイ、ガヤガヤ。

 三人の女生徒たちは楽しそうに俺を囲んで騒いでいた。

 周囲から沢山の視線が向けられる。


 き、気まずい。


 この状況を誰かに救ってほしかった。居た堪れないとはこのことだ。

 俺の心の叫びを、しかしキャッチしてくれた人は——いた。


 真っ赤なドレスをまとった女子生徒が新たにやってくる。

 彼女は俺たちの前で足を止めると、恭しく頭を下げて挨拶した。


「こんばんはオニキス様。クロエ様。クラリス様にアリサさん」

「生徒会長」


 彼女は俺たちが通う学園の生徒会会長——ノルンカティア・イグニス。

 ぎらぎらと獣のように鋭い瞳が俺たちを捉えた。


「何やら楽しそうにお話していたので声をかけさせてもらいました。いいかしら?」


 丁寧な口調のあといつもどおりの会長に戻る。

 さすがに貴族令嬢だけあって切り替えがいいな。


「こんばんは会長。今は揉めてるからあとのほうがいいですよ」


 肩をすくめて俺がそう答えると彼女はにかっと笑った。

 嫌な予感がする。


「いいえ構わないわ。だって私も火に油を注ぎに来たもの」

「それって……」

「オニキス様にダンスの相手頼めないかしら」

「「「ッ」」」


 ぴくり、と俺より先に三人の女性が反応した。

 全員ノルンカティア会長を見つめる。


「これはこれは……生徒会長で先輩のノルンカティアさん。申し訳ございませんが婚約者のわたくしに譲ってくださる?」

「婚約者じゃないぞ?」

「いえいえ。私、ずっと前からオニキス様とは親しいので。それはもう癒し癒される関係です」

「クラリス様?」

「そ、それを言うなら私は借りがあります! なんでもします! だから私が!」

「アリサまで何を……」


 彼女たちは止まらない。

 四人目のノルンカティアを前にしても堂々としていた。堂々と嘘を吐く奴もいますよと。


「ふふっ。さすがにモテモテですねぇオニキス様」

「モテモテっていうですかねこれ」


 確かにモテてはいるんだろう。みんなからそれなりに好意を感じる。

 アリサはともかくクロエとクラリスはガチだ。どこで俺は選択肢を間違ったのだろう。


 全然記憶になかった。


「でも私も負けないわよ? 正々堂々——じゃんけんで決めましょう!」


 この世界にはじゃんけんがある。

 前世と同じくこういう時には便利だな。


 顔を突き合わせた四人の女性たち。

 全員が拳を突き出し、同時に「じゃんけんッ!」とかけ声を揃えた。

 そして勝者が生まれる。




——————————

【あとがき】

諸事情により完結扱いにします。

今後更新されません。

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悪役貴族の末っ子に転生した俺が、謎のチュートリアルとともに最強を目指す〜クエストクリアでもらえるスキルやアイテムがあまりにもチートすぎて破滅しない〜 反面教師@6シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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