第53話 貴族嫌いの女性

 俺の……俺たちの武闘会は終了した。


 二年、三年と試合は続き、各学年の優勝者が決まる。

 教師一同に称えられた優勝者たちは、特に何かがもらえるというわけではない。

 しいて言うなら名誉くらいかな。


 俺にとってはそんなものより、この後の予定のほうが大事だった。

 大事っていうか——めんどくせぇ。




「オニキス様♡」


 ぴたり。


 げっそりしていた俺の腕を組んだのは、原作主人公リオンにボコボコにされたクロエだ。

 彼女は神官たちの治癒スキルによりすっかり回復していた。

 夜まで休んだおかげで体力も戻っている。


「クロエ嬢……なんですか」

「これからパーティーですよ? 一緒に会場まで行きましょう」

「……そうですね」


 現在、俺の服は武闘会の際に着ていた動きやすいものじゃない。

 動きやすいと言えば動きやすいほうだが、きらきら光る装飾の施された正装だ。

 クロエも青と紫色のドレスを着ている。


 そんなもの着てどうするのか?

 答えは簡単だ。


 クロエが先ほど言ったように、これから武闘会に参加した生徒を称えるパーティーが講堂内で行われる。


 その名も「舞踏会」。


 まさに食べて飲んで踊るためのものだ。


「オニキス様~! こちらにいらしたんですね。よかったあ、遅れなくて」


 俺が内心で盛大にため息を吐いていると、今度はクロエとは反対側の腕をクラリスに取られた。

 むぎゅむぎゅと左右から柔らかい膨らみが何度も当たる。


「クラリス様。いささか、くっ付きすぎでは?」

「クロエ様も抱き付いているではありませんか。クロエ様はいいのに私はダメなんですか?」

「い、いえ……クロエ嬢も許可してません」

「いいではありませんか。我々の中ですよ? それに、わたくしは昂る気持ちを抑えられません! あの映像を見てしまっては!」


 そう。

 実はクロエは、俺がいない間……というか二年生・三年生たちが試合中に俺とリオンの試合映像を見たらしい。


 そこからはもうベッタベタ。

 着替える前にもめちゃくちゃ甘えられたし、「はいあーん」まで要求してくるとは思わなかった。


 おかげでパーティーが始まる前から疲れている。精神的に。


「クロエ様とリオンさんの試合ですね。私も見ました。普段はクールで大人しいオニキス様が、あそこまで激昂するなんて……正直羨ましいです!」

「別にそんなに怒ってませんよ」


 嘘だけど。

 あの時は結構プッツンいってた。


「怒ってました! そして私のために近くの生徒を——」

「襲いません」


 やっぱり彼女は危ない子だ。

 俺と関わったことにより、本来のクラリスよりだいぶぶっ飛んでいる。


 俺のせいなのか、これ?


 そう思いながらも歩き出す。目的地はパーティー会場の講堂だ。ここからさほど遠くはない。


「むぅ」

「まあまあ。クラリス様にはすぐチャンスはきますよ。特別にわたくしもサポートしましょう」

「本当ですか? クロエ様」

「ええ。わたくし、クラリス様だけは認めていますから」


 俺の意見は完全に無視して、二人は楽しそうに話していた。


 うーん。胸の感触がたまらん。だって男の子だもん。

 なんだかんだちょっと嬉しいのは秘密だ。




 ▼△▼




 ざっ、と地面の砂利が擦れる。


 オニキスに負け、癒えぬ心の傷を負った原作主人公リオンは、舞踏会には参加せず学園の外に出ていた。

 バレたら説教だけでは済まない行為だが、今の学園の空気に彼は馴染めなかった。


 月光が照らす薄暗い道を選んで歩いていると、そこに黒いローブを羽織った不審者が姿を見せる。


「ッ。誰だ、お前」


 ローブの人物はリオンの前で足を止める。明らかにリオンに用があった。


「こんばんは、リオン様。ふふ。あなたにここで会えるなんて奇遇ですね」


 ローブの人物は深く被ったフードを外す。

 月光の下、晒された容姿は——女だった。


 美しい黒髪を伸ばした、清楚さすら感じる美少女。

 妖艶な彼女の姿に、わずかにリオンは感動する。

 だが、その感動もほんの一瞬。


 こんな人通りの少ない道に現れた彼女を、リオンは警戒した。

 右手が腰の鞘に触れる。


「勘違いしないでください。あなたとここで会えたのは本当に偶然なんです。いつか話せたらいいな、とは思っていましたけどね」

「何が言いたい。というかお前は誰だよ」

「私の名前はヨル。それだけ覚えておいてください」

「ヨル?」


 聞いたことのない名前だった。


「はい。私はあなた様の味方ですよ。かつて貴族に酷い仕打ちを受けたあなた様の気持ちは、よ~く解ります。私も貴族が嫌いですから」

「はっ。お前からは貴族みたいなオーラを感じるけどな。ローブの下から少し見えた服装も高価なものだ。本当に嫌いなのか? 貴族が」

「ええ。確かに私も貴族ですが、今の言葉は本心ですよ」


 くすりと彼女は笑う。

 その笑みだけでリオンは魅了されそうになった。


「だから少しだけ私の話を聞きませんか? リオン様には面白い話だと思いますよ」


 怪しい提案。しかし、やや考えてからリオンは答えた。


「……いいだろう」


 彼女の口車に乗る。

 どうせ暇だしな、と言い訳をしながらも、結局は彼女の持つ独特のオーラに気圧されてしまったのだ。


 仮にアリサがこの光景を見ていたら言っただろう。


 ——これだから男は、と。


 反転したヨルに、リオンは無言で続いた。二人は暗闇の中に消えていく。


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