第52話 間違えた男
俺の木剣がリオンの頭上に落ちる。
——直前、ぴたりと止まった。
寸止めである。
目、口を見開くリオンの数センチ先に、俺の木剣がある。
少しでも力を籠めれば当たるだろう。顔面は致命的な急所だ。
「あ……が……あ」
リオンは完全に戦意喪失していた。
瞳孔は開き、口はがくがくと震えている。
汗が噴き出し、その場からぴくりとも動こうとしない。
俺はややあってから、木剣を持ち上げて踵を返した。
「やめだやめ。お前みたいな情けない奴を殺してもしょうがない。充分にクロエの分は返せたし、特別に許してやるよ」
そう言って颯爽と訓練場から立ち去った。
俺の背後では、司会進行役の女生徒が大きな声で俺の勝利を宣言していた。
訓練場内は湧く。優勝者の決定だ。
▼△▼
コンコン。
訓練場からほど近い場所に作られた保健室の扉をノックする。
ドアノブを捻ると、一番奥のベッドに見慣れた顔を見つけた。
彼女もまた俺に気づく。
「オニキス様?」
「やあ、クロエ嬢。体のほうは大丈夫かい?」
クロエだ。彼女はリオンとの戦闘のあと、審判役の男性から他の教員に預けられ、ここ保健室に運ばれた。
保健室には複数の神官が常駐している。彼ら彼女らが、傷付き運ばれた生徒たちを次々に癒していた。
その中にはクラリスの姿もある。
「ご覧のとおり元気ですわ。治癒スキルのおかげでもう動けます。安静に、とは言われてますが」
「正しいね。よほど高位の治癒スキルでもなきゃ、失った体力までは戻らない。気力だってほとんど尽きてるだろうし大人しくしててね」
「解ってますわ。子供扱いしないでください」
ぷんぷん、とクロエが可愛らしく頬を膨らませる。
そこにクラリスもやってきた。
「あ、オニキス様! クロエ様のお見舞いですか?」
「クラリス様。はい。試合には勝ちましたので、どうしても気になって」
「ふふ。優勝おめでとうございます。私、治療で忙しくて大会の様子を知らないんですよ。あとで試合内容を見るのが楽しみです!」
「あまり気分のいい試合ではありませんでしたけどね」
この世界には魔法道具という便利な物がある。
中にはカメラのように記録を保存できる物も。異世界ならではだね。
「あの平民のことですね。オニキス様がわたくしの仇を取ってくれたと」
「手酷くしちゃった。クロエが酷い目に遭わされたからね。思わず」
「ま、まあ! それはつまり、愛ゆえに⁉」
「違います」
なんて好意的な解釈なんだ。
確かに彼女のためを思ってやり返してやったが、別に愛してるからではない。
友人として好きだけどね?
「んんッ! 相変わらずいけずですね、オニキス様は……でもそういう冷たいところも好き♡」
ぶるるっと身を震わせたクロエ。
彼女もあれだけ酷い目に遭っても変わらないな。
いきいきとしている。
「ズルいです! 私もオニキス様に愛されたい! オニキス様! 私のためにその辺の生徒を襲ってください」
「君は俺を犯罪者にしたいんですか? クラリス様」
「愛ゆえに!」
「ダメだこりゃ」
発想がぶっ飛びすぎて理解できない。
というかあなたは原作ヒロインで曲がりなりにも神官でしょ。
他の神官たちが目を見開いて驚いている。
ぽんぽん、と彼女の頭を撫でてあげた。すぐに大人しくなる。
逆に今度はクロエがキレた。
もう収拾はつかない。
▼△▼
オニキスたちが保健室でイチャイチャしている間。
訓練場の外では、アリサとリオンが顔を合わせていた。
リオンは壁に背中を付けて呆然と空を見上げている。
その様子に、アリサは口を開いた。
「ねぇ、リオン。あなた、どこで間違ったの?」
「……間違った? 俺が? 俺は何も間違ってない」
「ううん、間違ってる。今のリオンはただ貴族相手に自分の怒りをぶつけてるだけだよ。いくら学園内では全生徒が平等だって言っても、訴えられたら困るのはリオンなんだよ? どうしてそれが解らないの? どうしてオニキス様たちが見逃してくれてると思ってるの?」
「説教か? もういいんだよ。俺はあいつに勝てなかった。勝てるビジョンが何も浮かばなかった。この先も勝てない。もう、いいんだ」
「リオン……」
始まりは単なる貴族への恨みと妬みだった。
自分のほうが貴族より有能だと証明したくてここまで頑張った。
学園に入学できた時は二人で泣くほど喜んだのに、やってることは子供の我が儘。
アリサはリオンを見ていられなくなった。
自分もまた、最初はオニキスのことをあまりよくは思っていなかったが、話を聞けば聞くほど興味深く、実際に助けられ、会話を交わして理解した。
ああ、この人は他の貴族とは違うんだ、と。
そしてクロエもまた同じだった。
リオンのことは平民と見下すが、決してアリサのことは見下さない。
傲慢な面も見えるものの、意外と優しかったのだ。
何より二人は、リオンによる悪質な嫌がらせを実家に報告しなかった。
学園に報告するだけでも問題になるであろう暴力行為を黙認したのだ。
それがリオンをつけ上がらせる結果になったとしても、二人はただ「やられたらやり返す」のスタンスを貫いた。
カッコいいと思う。
本物の貴族らしい余裕さすら見えた。
だからこそ余計に、リオンが虚しく見える。
「本当に、どこで間違えたのよ……」
彼女の呟きは、立ち去っていくリオンの背中には届かなかった。
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