自意識過剰と、風船

「ひかるん、何してるん?」

「えっと……こうすると、ちょっとでも膨らみやすくなるかなぁって」

「膨らましたろか?」

「こうしてのばしたので大丈夫ですよ」

「そう?」


 サチさんも、私も、手に持った風船に思い切り息を吹き込む。けれどさっきの努力のかいはなく、風船のゴムは硬くてなかなか息が入らない。


 苦戦して何度も勢いをつけて息を吐き出した時、ようやく風船は膨らみ始めたが、かなりペースが遅くじわじわ空気が入っていくだけだった。

 一生懸命やっていたが、それを見てサチさんがやや呆れながら笑った。


「ちょっと、代わろか?」

「出来ますから。ほら」


 思い切り息を吸い込んだあと、また風船を膨らまそうとする。

 けど始めの一息が風船に入らず、前屈みになって目一杯力んだ。そうしてやっとのことで、またゴムが膨らみ始めた。


「ちょっと、全然膨らんでないで……っ」


 あまりにも真剣に風船を膨らます私の姿がツボだったのか、くすくすと笑われてしまった。


「ちょっと貸しーや、私が膨らましたるから」

「ちょっとづつ膨らんでますって」

「どこが、全然やん。私もう終わったで? 他の人らもだいたい終わってるで」

「えー……」

「はいはい、ほら。な?」


 サチさんの手が伸びてきて、ほら貸してと差し出される。別に、ゆっくりだったら自分でも出来るのにと思うが、そこまで言うならやってもらったほうがいいような気がして膨らみ掛けた風船を渡した。


 ただ、一つ気がかりがあった。口を付けていた風船を、人に渡すということに。


 サチさんは確か、私と同じように女の人を好きになる人だったはず……。

 考え過ぎかもしれないが、梅酒のグラスに続きサチさんと二回目の間接キスになってしまう。


 ただ一人、悶々と恥ずかしい気持ちになりながら、サチさんに手渡した風船があっさりとパンパンに膨れ上がっていくのを見守っていた。


 膨らんだ風船を、はいっ、といつもの調子で渡すサチさんに、やっぱり私の考え過ぎだと我に返る。


「ありがとうございます、やっぱボーカルだから肺活量あるんですかね?」

「ふふっ、さぁねぇ~」


 色とりどりの、ぷっくり膨らんだ風船がライブハウスを埋め尽くして、揺れていた。


 この風船がいっせいにステージ目掛けて飛ばされる時、どんな景色が目の前を彩ることになるんだろうか。

 ワクワクしながら、曲が始まるのをサチさんと一緒に待っていた。

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うたかた ウワノソラ。 @uwa_

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