番外編1 ―始めての出会い―
――前書き――
作者からのお願い
(作中表現の為に一部残酷な描写があります。ご理解の上、お読みください。
寝起き直後、登校前、出勤前の閲覧はお勧めしません。
また、作中表記は推奨するものではございません。飲酒する際は各自に合った適度な量でお楽しみください)
――本文――
真名の父親は弱い人間だった。不景気の煽りを受けて会社を首になった後はその心の拠り所として酒に逃げた。昼間から酒を飲み理性をなくした姿は獣そのものだった。
真名の母親の千晴は仕事で家にいない。千晴の帰宅までの時間を父を恐れ、真名は息を殺し、気配を消して過ごした。まだほんの三歳だというのに。
部屋の片隅の薄暗い場所でお人形を相手にママゴトをして過ごす。それで1日が終わる。
そう、それで無事に終わるならよかった。しかし、父親の機嫌が悪い日はそうはいかない。
憂さ晴らしのサンドバッグよろしく、真名を殴り、張り飛ばし、蹴飛ばす。
標準よりも小柄で体重の軽い真名は軽く突かれただけで反対側の壁まで飛ばされ背中を強く打ち、しばらく呼吸する事さえ出来なくなる。しかし、獣に理性はない。動けなくなった真名を気遣う事なく、次の暴力が振るわれた。
千晴も真名の身体に出来たアザから虐待の疑いを持つものの、旦那から強く否定されてそれ以上は追求できなかった。
彼女たちは『あーちゃん』とか『みーちゃん』『しーちゃん』もしくは『むーちゃん』などと呼ばれている幼い真名が名付けたママゴトの相手。
幼い真名が耐え切れない程の苦しい時や痛みを感じた時に、真名の中に存在する彼女たちと入れ替り、痛みを引き受けて貰っていた。
「あーちゃんはあかちゃんね。まなはおかーちゃん。みーちゃんはおねーちゃん。あとは――」
クマの人形を手に持ち、一人で三、四役を演じる、その小さな口から気味の悪い独り言を紡ぎ出す娘を見た父親はその手から人形を取り上げると壁に放り投げ、それでも収まりきらない怒りを幼い娘にぶつける。
「ううう、いたいよ」
蹴られ壁まで飛ばされた真名はあまりの痛さに声をあげてしまった。声を上げれば上げるだけ逆効果、父親を興奮させてしまう事を幼いながら真名は学んでいた。
どんなに痛くても声を上げてはならない。
しかし、小さな真名の身体は我慢の限界を超えており、身体中に走る激痛に我慢が出来なかった。
『わたちがかわるね』
真名の中の『むーちゃん』と呼ばれる存在が交代を主張した途端に、痛みにうめき、咳き込んでいた真名が静かになった。
娘の泣き声でさらに興奮した父親はうずくまっている娘を掴み上げると二度、三度と頬を叩くが、静かになった真名は一切反応しない。ただ虚な目で父親を見つめ返すだけだった。
やがて、暴力を振う事で満足したのか、少し気持ちが落ち着いた父親は我が子を壁際に放り捨てると自らの身体に酒を補充する為に元いた場所へ戻っていった。
日常的、慢性的に行われる暴行。それがいつまでも隠蔽出来る訳ではなかった。
日に日に増える娘のアザ。そして、実の父親にさえも触れられることを拒絶する娘。
決め手となったのは千晴が抱き上げようと娘に触れた瞬間に真名が拒絶し暴れ出した事だ。
その時に千晴はやっと理解した。すでに手遅れで、自分のうかつさの為に娘が取り返しのつかない状態になっている事を。
すぐに虐待の証拠集めに動くと共に離婚の準備を始めた。
酒の為に理性をなくした獣のガードは甘く、半年もせずに離婚は成立。
その後、千晴はひとり親として真名を育てる為に、学生時代の親友を頼り協力を得る為に土壁町に引っ越した。
***
千晴の右手の人差し指をちょこんと握った真名が引っ越しの挨拶に連れられ来られた先は千晴の親友である此平家だった。
「久しぶりね、元気にしてた? 大変だったわね。何でも頼ってくれていいからね。この子が真名ちゃん?」
千晴の親友と名乗る女の人は真名の前に立つとゆっくりと屈み真名に目線を合わせると喋り出した。
「真名ちゃん、はじめまして。
語りかける女性が向ける優しい瞳を見て、真名がゆっくりとうなづいた。
「ありがとう。それじゃあ、紹介するわね。舜、出て来なさい、ゆっくりとよ。小さい子を驚かせたら承知しないわよ」
そう言った彼女の後ろから真名より少しだけ背の高い同じ年頃の少年が姿を現した。
少しの間もじもじとしていたが、うつむき加減だった視線を真名に合わせるとゆっくりと右手を前に差し出しながら口を開く。
「はじめまして――」
舜の言葉を聞いた瞬間、真名は反射的に母親の後ろに隠れた。突然の真名の行動に驚いた舜はあいさつの途中で固まってしまった。
『あーちゃんがあいさつするの』
真名の中の『あーちゃん』と呼ばれる存在が交代を主張し、真名は母親の後ろから舜の前に姿を現した。
「おにいちゃん、だれ?」
先程とはうって変わってニコニコと舜に微笑み掛けてくる。
「――このひらしゅん、ごさいです。なかよくしてください」
何が起こったのかわからない舜が不思議そうな顔をしていた。その舜の目線まで身体を屈めた千晴が優しく問いかける。
「臆病だったり、元気だったり、色々な性格の真名がいるけど仲良くしてくれる? そして他のみんなには色んな性格の真名がいる事は内緒にして欲しいの? おばさんと舜君との約束。いいかな?」
「うん、いいよ。おんなのこにはやさしくしなさいっていつもいわれてるもん」
少しの間考えていた舜だったが、満面の笑みで千晴の問い掛けに答えた。
***
「見つけたぞ、このクソガキが! お前のせいで俺がどれだけ酷い目にあったと思うんだ!」
聞き覚えのある、いや、聞きたくない声がしたので真名はその場で身体を丸めてうずくまった。
しかし、その甲斐虚しく身体ごと乱暴に宙に持ち上げられると酒臭い顔が真名の顔に近づいてきた。
必死に逃れようと暴れる真名の頬が打たれた。続け様に一発、二発と。
「いたいよ、やめて! ぶたないで、いいこにするからぶたないで」
泣き懇願する真名の声を無視してビンタは止まらない。やがて男からの暴力に耐えきれなくなった真名は意識をなくした。
「けっ、やっとおとなしくなったか、手間かけさせやがって。俺から逃げ出そうなんて親子そろって甘いんだよ」
かつて真名の父親だった男は動かなくなった真名を小脇に抱えて歩き出した。
彼氏持ちの幼馴染たちとの付き合い方 青空のら @aozoranora
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