50マイルの笑顔
紫陽花の花びら
第1話
「80.467キロメートルは50マイルたぜ」
いつもの兄ちゃんの自慢話。
俺はそれがどうした!だから何だ!と言い返してやった。小五と小四、体格もさほど変わらない俺たちは、寄ると触ると喧嘩になっていたが、この日は、いつもより激しい取っ組み合いなってしまった。仕事から帰って来た、母さんに止められ、半泣きの俺の頭を撫で、空いてる手で、兄ちゃんの手を握っている。
喧嘩の理由を聞いていた母さんが、
「ふたりとも凄いな!母さんの知らないことたくさん知ってるのね。今日は、お兄ちゃんに新しいこと聞けたし、昨日は優ちゃんから海底二万里は8万キロメートルだって教えて貰えた。母さんどんどん物知りになるね。明日はどんなことが聞けるかな?」
俺と兄ちゃんは、顔を見合わせて吹き出してしまった。母さんは、声を立てて笑った。それが物凄く嬉しかった!
布団に入って少しすると、兄ちゃんが俺の肩を叩いた。
「優、明日から毎日新しいこと調べて、母さんに聞いて貰うって言うのはどう思う?」
「いいけど、どうやって調べるの?」
兄ちゃんは俺の頭を小突き、
図書室だよと笑った。
翌日、昼休み図書室に行くと、兄ちゃんが百科事典を見ていた。
俺は、「日本の歴史クイズ」を開いた。知らないことがたくさんあった。昼休み終了のチャイムがなった。放課後、ノートをもって図書室に行き、クイズを書き写していると、兄ちゃんが息を切らして入ってきた。百科事典を手にとると俺の隣に座った。兄ちゃんもノートを取り始めた。
俺たちは、お互いに何を書いたかは話さない事にしていた。
毎日夕飯の前に、話をすることした。調べたことから、色々な話に発展していくのが楽しかった。母さんは、ノートに書いて読み返していた。質問されて判らないと調べる。これがまた面白かった。この兄ちゃんの提案は、俺が高校卒業するまで続いた。
それから三十年が過ぎた。
母さんは安生と旅立って逝った。俺たちは、母さんの遺品整理を始めた。押し入れから出てきたのは、あのノートが入った段ボールが二箱だった。兄ちゃんが第一冊目の第一頁を読み出した。
「昨日は、ふたりの大喧嘩の仲裁から、面白いことを思いついた。彼らは、果たして気付いてくれるのか? と、どきどきしていたら、なんと哲也はケニアの人口と首都を教えてくれた。優也は聖徳太子のクイズを出してくれた。楽しかった! いつまで続くかなあ」って八年間続いたんだからなあ。俺たち凄いな!と兄ちゃんは笑った。俺は中学時代のノートを開いた。
「優也がインフルになってしまった。ゲームで寝不足だったのかしら。もっと注意しなくちゃいけなかった。反省しきり! 優也は隔離して、哲也とふたりで夕飯。哲也がふたつ調べてきた。ひとつは優也の分だとニコリともしないで言ってくれた。喧嘩ばかりの二人だけど、優しいお兄ちゃん!」だってさ。その優しさは、いつ俺に見てせくれるのか?と聞いてやったら、黙って頭を小突いて来た。
あれからまた二十年が過ぎたある日。兄ちゃんは母さんの元へ向かった。早いよ!バカ!と言いながら、俺は涙を拭う。
しばらくして、義姉さんから、段ボールが送られて来た。予想は付いている。開けると、大きく80.467キロメートル(50マイル)作戦と書かれた例のノートが出てきた。
俺は、なんの意味があるのか判らないと何度も言ったけど、これが始まったきっかけだ! と言って聞き入れなかった兄ちゃん。
お互いのノートは読まないルールだったから。今日初めて読む兄ちゃんのノート。
ごめん読むよ!
「今日は、日本の山脈について話した。母さんは忘れてる!とか、知らなかったよーとか、言って笑っていた。すげぇ嬉しかった!
優はノーベル賞のことについて調べていた。俺も勉強になった」
そうだった。俺もあの山脈については助かった。偶然にも小テストの範囲だったからな。
しかし、八年間よく続けたもんだ。俺ら天晴れだわ!一番天晴れは母さんだけどな。続けさせるって凄い力要ると思うよ。
兄ちゃんは、調べるのが高じて研究者なった。
俺は、考古学を生業に今を生きている。調べることの楽しさが俺の世界を支えているよ!
母さん! ありがとう!
さてと、この膨大な思い出は俺が逝くとき棺に入れて貰おう。
俺のノートは母さんの笑顔沢山見る作戦だ。となると、俺たちの正式な作戦名は
「80.467キロメートルは50マイルの笑顔を母さんから見る作戦」ってとこかな。長いか、まあいいやな。誰も困りはしないしな。
それより、今の俺は、思い出を置いてけぼりのままにしている。
そして生きている世界が不安になると、すがりつき、温めてほしくてたぐり寄せる。我が儘な俺の心。そんな俺もいつかは誰かの思い出になれるのだろうか。
終
50マイルの笑顔 紫陽花の花びら @hina311311
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