聖女ですが世界が平和になったので婚活始めます 〜私の周りにロクな人がいないので異世界から婚約者を召喚することにしました〜

上下サユウ

天然聖女の婚活物語

【プロローグ:聖女の決意】


「はぁ……残念です。今日もダメでしたね」


 大聖堂の地下で、私ことラーナ・エルフィオーネは、ため息を吐いて言いました。


「聖女様、あのような者はお相手として資格が足りておりませぬ。致し方ないかと」

「ありがとうございます、サリエル卿」

「それではまた明日見に来ますぞ」

 

 サリエル卿と兵士たちが階段を上がっていった。


「また明日ですね……」


 聖女である私は、世界を危機へと陥れる魔王を討ち倒すため、これまで一日一度、勇者を召喚してきました。


 そして世界が平和になった今、私は不要な聖女となってしまいました。

 ですが、代わりに自由が手に入りました。

 私の第二の人生が始まるのです。


 これからは本当にしたいことができると思い、幼少の頃から心に秘めていた夢を叶えようと思います。


 それは結婚です。

 といっても、大聖堂からほとんど出たことが無い私に出会いなどあるはずも無く……強いて言うなら、この大聖堂をお守りする屈強な兵士たちでしょうか。


 しかし兵士たちは私を特別視しているため、とても結婚どころか、お付き合い、いえ、友人のお誘いも断ることでしょう。


 そんな中、大神官であらせられるサリエル卿のご紹介で、お見合いをさせていただく運びとなりました。

 お相手は何でも、ジュネイル王都の郊外を治める貴族の方です。


 緊張しながらも、その日を迎えました。


「そなたが聖女だね。うーむ、やはり所詮は田舎の村娘の出だね。僕のお眼鏡にはかなわないよ」


 この方が仰る通り、私は根っからの聖女ではありません。

 私が十六を迎えた時です。

 村の教会で成人の儀を受けた際に神託を授かり、今の聖女としての私がいるのです。


 そしてこの時、貴族とはどのような方か思い知らされました。


 話に聞いていた通り、貴族は身分をとても大事に思っています。聖女とはいえ、村娘の私ではとても釣り合わないという事です。


 その後もサリエル卿の勧めにより、断るにも断ることができず、幾度かお見合いが続きます。

 

「貴殿が聖女だな。なるほど、顔は悪くない。だがその様なだらしない体では我に相応しくない。田舎に帰るがよい」


「あっはっはっ! 聖女とは笑わせてくれるね。もう少し女を磨いた方がいい。いや、もう手遅れかもな。あっはっはっ!」


「君が聖女かい? ふ〜ん。もう少し胸が大きければいいんだけど、ちょっとね」


「夜の方は楽しませてくれるのかな? 見た所、出てるところは何一つ無いが……いや、あるにはあるがそこは、な」


「聖女だか何だか知らないけど、ボクは年下がいいんだよ、お母様〜! こんなデブのおばさんボクいらない」


 はっきり言ってクズばかりです。

 あ、つい私としたことが下品な言葉を、悪い癖ですね。


 確かに私は巷で言われるような、いけいけのないす

ばで〜? では無いかも知れませんが、街を歩いた時には、男性の方々からよくお誘いを受けたものです。


 もう何年も前の話になりますが……。


 王国では婚約するのであれば幼き時から、結婚ともあれば十六の歳からと相場は決まっています。


 そんな私は今や、あらさ〜ですか?

 これまで必死に世界を救おうと、毎日毎日勇者を召喚していたので、自分の年齢を気にすることも、自分磨きもしてきませんでした。


 こうなってしまったのも、すべては魔王が悪いのです。私は恋すら知らないまま生きて行くのでしょうか、と半ばあきらめていた時です。


 そんな私にサリエル卿から助言をいただきました。


「聖女様、そういう事でしたら、ご結婚相手を召喚されてはいかがでしょうか?」


 サリエル卿に言われてから、私にもまだ好機が残されていると思いました。


 勇者様の中には素晴らしいお方がいるかもしれないと、別の意図で聖女の力である〈勇者召喚〉を使って勇者を召喚してきました。


 ですが……。

 

「ふっ、君が僕のフィアンセだって? そうだね、友人であれば付き合ってあげてもいいよ。ただしデート代は君が持ってくれよ」


「お前が俺の? いや普通に無理だわ」


「その前にやるべき事があるんじゃないかな?」


「貴殿はふざけているのか? 私はエルフ。人族とはそもそも命の長さが違う」


「ドワーフ王のワシに何を言うておる、小娘が」


「我は栄えある竜人族の長。人間に蚊ほどの興味も無いわ」


「何を勘違いしているか知らんが、あたしは女だぞ」


 なかなか巡り会えないものですね。

 そんな私は付き人や兵士たちから呆れられています。


 村娘であった私を聖女にまで導いてくれたのは、全てはこの力のお陰です。

 これまでのご恩を返すとは言いませんが、この力なら私の結婚も叶えてくれるはずです。


 めげずに続けたいと思いますが、ふと鏡を見て思いました。

 容姿にはそこそこ自身があった私も、気付けばお腹周りにぷよぷよとしたものが付いていたのです。


 どうやら原因は私に合ったようです。

 このままではオークのようになってしまうと、ちょっとした恐怖が襲ってきます。


 その日から、私の自分磨きが始まりました。


 ◇


【聖女の出直し修行】


 まずは出会った方々に言われた、出てはいけないこの体をどうにかしたいと思います。


 そこでサリエル卿にご相談させていただいた所、毎日の鍛錬を欠かさないようにするとの事でした。

 幸いにして、私の周りには屈強な兵士たちがいます。


 その道の専門家として助言をいただきに行くことにしました。


「聖女様がお体を鍛えたいと?」

「はい、ダメでしょうか?」

「いえ、ダメとは言いませんが我々の訓練は厳しいですぞ? とても付いて来れるとは思いません。お辞めになった方がよろしいかと」


 このようなことを言われても、今さら引くことはできません。

 私は兵士たちの訓練に参加させていただくことになりました。


「おい、見ろよ。なぜ聖女様がいらっしゃるんだ?」

「何でも女磨きらしいぞ」

「は? 何のために?」

「結婚相手を見つけるためだとよ」

「ふっ、今さら何をした所で変わらないだろうに。昔は可愛かったのにな」

「馬鹿、聞かれでもしてみろ。仮にも聖女様だぞ、それにサリエル様から何をされるか分からないぞ」


 コソコソと話しているようですが、実はしっかりと聞こえています。

 ですが、これしきのことで私はめげる訳にはいかないのです。


「次ッ! 腕立て三百回! 一人でも出来なかった者がいた場合は最初からやり直しだッ!」


 兵士長から厳しいお言葉が飛んできます。

 そんな私はと言うと……。


「あうっ……!」


 もちろんついていけませんでした。

 結局の所、兵士たちの足を引っ張っただけで、次の日からは来ないでほしいという空気感に呑まれてしまい、辞退してしまいました。


 とぼとぼと帰っていた時です。

 兵士長に呼び止められて、最後に良いお話をいただけました。


「本来であれば肉体の鍛錬が近道ですが、毎日少しでも走るようにして下さい。それと、これが一番大事なのですが、食事制限をすればよろしいかと。特に王都で最近流行りのバターサンドーやプディングルなどの甘い物は控えるようにして下さい」

 

 えぇっ!? 食事制限ですか……とても辛いです。

 実のところ、〈勇者召喚〉をすると、とてもお腹が空いてしまって甘い物が欲しくなってしまうのです。


 勇者を召喚すること五年。

 毎日召喚が終われば、王都で大人気のカフェや甘味店のケーキを付き人たちが買ってきてくれるのです。


 そしていつのまにか私の楽しみは、甘い物を食べる、ということになってしまったのですが、もうそれすらも諦めなければいけないのですね。


 大好きな氷魔法で作られたストロンベリークリームかき氷や、ティラミセスやマカマロンもハーゲンナッツも、アレもコレもダメのようです。


 仕方ありません。

 これは私にとっての新たな神託であり、試練です。

 今こそ真の聖女として試されているのです。


 私は強く決心し、今から、いえ、やっぱり明日から頑張りたいと思います。


 ◇


 三ヶ月後。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 兵士長に言われた通り、大聖堂の外周を走り始めて三ヶ月が経ちました。


 初めは思った以上に辛かったのですが、今では朝の楽しみのひとつと言えます。

 特に大聖堂の裏手にあるハーブ園から、とても良い香りがして来るので、リラックスしながら走ることもできます。

 

 食事制限も続けているお陰か、体がずいぶんと軽くなってきましたし、自分で言うのも何ですが、とても順調です。

 

 大聖堂では引き籠ってばかりでしたから、その反動でしょうか。

 私は走り終えた後、街へ出かけることが多くなりました。


「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 

 街を歩けば素敵なお店ばかりが立ち並んでいる中、私は一軒のお気に入りのお店ができました。


 そんなお店のお目当ては、甘いケーキ……ではなく、ハーブティーを飲みながら、陽の光にあてられたキラキラと輝く川を眺める……というのもあるのですが、恥ずかしながら、いつも笑顔が素敵な青年に会いに行くことです。


「今日のおすすめはラズベリーリーフのハーブティーです」


 青年はいつも笑顔で対応してくれますし、毎回好みのものを出してくれます。

 川沿いのテラス席をいつも空けておいてくれるのも嬉しいです。


 それからというもの、走り終わると街へ出かけてはこのお店に足を運ぶようになりました。


 そしてある日のことです。


「お客様、本日もおすすめのハーブティーでよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「かしこまりました。――そ、それと、その一つだけお伺いしてよろしいですか?」


 青年から質問されて、私は少し緊張してしまいます。


「は、はい。何でしょうか?」

「あの……せ、聖女様ですよね?」


 なんと青年は私のことを知っていたのです。


 私のことを知る方は、せいぜい大聖堂に礼拝する方ぐらいです。

 毎日のように来られる方ばかりですから、私も皆さんの顔を覚えているのですが、青年は一度も見た覚えはありませんので、とても驚きました。


「ど、どうして私のことをご存知なのですか?」


 そう質問した時に、思わぬ返答が返ってきたのです。


「じ、実は五年ぐらい前に聖女様に召喚された勇者だからです」


 これにはとても驚きました。

 まさか私が召喚した勇者だとは思いもしませんでした。

 確かに黒髪に黒い瞳の方でしたが、あの時の勇者は今でも覚えています。

 何と言っても、私が初めて召喚した時、見間違えるはずは無いのです。


「あ、そうは言っても、あの時からかなり痩せましたし、聖女様からすれば覚えているはずありませんから、気にしないでください」

「あの、お名前を教えていただけますか?」

「僕の名は……」


 ◇


【Side:青年】


「おい、家畜。お前まだ生きてたのか?」

「お前それは家畜が可哀想ってもんだろ? こんなヤツはゴミクズ以下だぜ」

「ふははははッ! それもそうだな」

「とっとと消えちまえよ」

「ねぇ、あんた。私のこと見ないでくれる?」

「うわー、きもっ」


 僕は世間で言ういじめられっ子だった。

 原因は、この太った体と内向的な性格のせいだと思う。

 クラスメイトとも上手く話せないし、すぐに緊張して声が出なくなるほどのあがり症。


 そんな僕は登校拒否を続け、たまに勇気を振り絞って学校へ行くと、結果はいつも同じ。


 何も悪い事なんてしてないのに……。


「はぁ……漫画やゲームのような世界へ行けたら、どんなに幸せなのかな……」

 

 その時だった。

 目を瞑るほどの大きな光に包まれたんだ。

 そして気付いた時には見知らぬ所にいた。


「勇者様、どうか私たちの世界を救っていただきたいのです。このままでは魔王によって世界は滅亡してしまいます」

「――え? 魔王……う、嘘でしょ……?」


 本当に異世界へ来るとは思わなかった。

 それも僕が憧れた剣と魔法のファンタジーの世界だった。

 とはいっても僕は何の力も無い普通の…いや、引きこもりのいじめられっ子だ。


 そんな僕が魔王を倒すなんて事ができるわけもなく、結局の所、あの場から逃げ出してしまったんだ。


「お、お待ち下さい、勇者様!」

「聖女様、あのような者は勇者としての資格が足りておりませぬ。致し方ないかと」


 それからというもの、僕は新たな人生をスタートさせようと、まずはこの暗い性格を直すため、社交的な仕事を探した。


 そこで行き着いたのが、カフェで働くという事だったんだけど、最初は全然ダメダメで思った以上に大変な仕事だった。


 何度も何度も挫けそうになったけど、店長もお客さんも皆いい人ばかりだったから、三日坊主の僕でも諦めることなく続けることができた。


 そのうち仕事に楽しさとやり甲斐を見つけた僕は、今では人と接することにも慣れて、ぶよぶよだった体型も数年後には見違えるほどになった。


 そんな時だった。

 ハーブ園に買い出しに行った帰りに、たまたま見かけた女性に目が止まったんだ。

 白装束を纏った女性が、大聖堂の外周を走っていた。


 まさか聖女様!? と思ったけど、細身のあの人とは別人だ。


 そんな時、その女性がお店にやって来たんだ。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの一人……なのですが、よ、よろしいですか……?」


 彼女はお店に来ることが初めてだったのか、かなり緊張していて、まるで昔の自分を見ている様で何とも言えない気持ちになった。


 そんな彼女をリラックスさせてあげようと、川沿いにあるテラス席に案内した僕は、おすすめのハーブティーを薦める。

 それからというもの、毎日お店に来てはいつものテラス席に案内して、おすすめのハーブティーを注文してくれる様になった。


 僕がハーブ園へ買い出しに行った時には、彼女が走る姿を見かける様になり、今では見違えるほどだ。

 その姿は、まるで数年前の聖女様の様に。


 僕はこの世界に勇者として召喚されたけど、怖くて逃げ出してしまった情け無い男。

 そんな僕が、今さら聖女様に合わせる顔なんて無い事ぐらいは分かっていたんだけど、つい問いかけてしまった。

 

「あの……せ、聖女様ですよね?」

「ど、どうして私のことをご存知なのですか?」


 今でもあの時のことを思い出す時はあるし、当然後ろめたさもある。

 でも今の僕はあの時とは違うんだ。


 勇気を振り絞って正直に話すことにした。


「じ、実は五年ぐらい前に聖女様に召喚された勇者だからです。あ、そうは言っても、あの時からかなり痩せましたし、聖女様からすれば覚えているはずありませんから、気にしないでください」

「あの、お名前を教えていただけますか?」

「僕の名は……」


 そして僕の名前を教えた後、聖女様にあの時のことを話した。

 あの日、逃げ出した事、そして前の世界ではどんな僕だったのかも。


 今の僕はもう逃げない。


 ◇


【Side:ラーナ・エルフィオーネ】


「そうでしたか……でもこうして再び会えてよかったです。あなたには謝りたかったのです。あの時の私は、かなり焦っていましたし、初めて会った方に突然魔王を倒してくれ、何てお願いを聞いてくれるはずありません。私の方こそ、この世界へ呼び出して申し訳ありません」


「い、いえ。僕はこの世界に来れてすごく嬉しかったですよ。全部、ラーナさんの……あ、いや聖女様のお陰…」「ラーナと呼んでください。私も今や聖女ではなく一人の女に過ぎませんから」


 その日を境に、青年、いえ、彼との距離が近付き、一緒にハーブ園へ行ったり毎週どこかへ遊びに行く様になりました。


 そして一年後、私は夢を叶える事ができたのです。


 全てはこの力、〈勇者召喚〉のお陰でした。

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