第40話矢でも鉄砲でも持って来いですわ!

「それではあなた、1週間ばかり留守にしますがエリカさんの事よろしくお願いしますね」


「大丈夫、任せといて」


「お母様、わたくし何をよろしくされるんですの?」


わたくしの留守中、くれぐれも西園寺家の名に恥じない行動をするのですよ」


「…………」


「お返事は?」ギロリ


「はい」









そう言ってお母様がイギリスに旅立って行ったのは昨日の事だ、まったくいつまで経っても子離れの出来ない親で困ってしまうわ。



くつくつと沸く鍋。眼鏡をかけていたら真っ白に曇ってしましそう。


「お父様、それはわたくしが先程入れたものですわ」


「は、いや早い者勝ちだろ」


「真ん中からこっちはわたくしの領土ですわ、お父様と言えど許しませんわよ」


冬の味覚、てっちり(ふぐ鍋)を囲んで親子団欒が続く。お母様は鍋物なんて食べないし、鍋は大勢で食べた方が断然美味しい、大広間で屋敷で働く者を集めて宴会を開いた。

冬は食べ物が美味しい季節、海産物は海水温が下がるので身が締まるし、柑橘類も収穫を迎える、この機会を逃すようなわたくしではなかった。


昆布だし香る広間に追加でぶつ切りにされたアラと身が大皿に盛られて運ばれてくる、お母様は魚のアラを見たら眉をしかめるんだろうな、あそこからとても良い味が出るのに。


「それにしてもセバスのおかげで、こうして我が家でてっちりが食べれるのはありがたいな」


お父様がわたくしの入れたふぐの身を食べながらセバスに話しかける。少しイラッと来たのでお父様のとんすいに白菜とネギを山盛りに投入してあげる、オホホホ、お野菜は健康に良いですからね。


家の厨房で働く料理人でもふぐ調理師免許を持っているのは調理長ぐらいだが、セバスは執事のくせに何故か免許を持っていて私が大量に買ってきたふぐを捌いてくれたのだ。


「エリカお嬢様に頂いた包丁は実に良い切れ味でした、ありがとうございます」


「堺一文字光秀、知り合いの包丁屋さんにおすすめされた逸品ですわ、大事になさって」


「堺一文字だと!料理人でもないのに手入れ出来るのか?」


隣の机で料理長がセバスに絡んでくる、まぁ包丁は手入れも大事だから仕方ありませんわね、でもセバスは結構マメな性格なので大丈夫でしょう。そんな会話を横目に私もてっちりに手を付けた。


「う~ん、モチモチ。やはり白身の魚では一番美味しいですわ、これに勝てるとしたらアンコウくらいですわ!」


もっちりと弾力のあるふぐの身は鍋にするとその美味さが際立ますわね。


大阪では意外とてっぽう(ふぐ)料理の店が多い、ふぐの養殖場が西日本に多いために東京よりお安く食べれるのも理由の一つだ。


てっちりに満足したら次に手を伸ばすのは、てっさ(ふぐ刺し)だ。


菊の花を思わせる盛り付けのてっさ、これもふぐ刺しを美味しく食べれる料理ですわね、見た目も鮮やかでお上品、お母様もこれはお食べになるんですが、非常に残念ですわ、あぁ本当に残念ですわオホホ。


「あ、戸田そんなに何枚も一度に掬うんじゃありません、品がないですわ、1枚1枚味わってお食べなさいな」


一度に3枚も救って食べようとしている戸田に注意する、まったく長嶋茂雄監督じゃあるまいし。

テッサは大皿の真ん中から食べて行くのが本来のマナーですが、大勢で食べる時はそんなの気にしてられませんわね、すぐに無くなってしまいますもの。


「厚切りにしたぶつてっさも捨て難いですが、わたくしはやっぱり薄切りの方が食感が良くて好きですわ」


「確かにこのコリコリした噛み心地はてっさならではだな」


「それにやっぱりてっぽうにはぽん酢が重要ですわ」


濃い目のポン酢にきざんだネギ、もみじおろしを加えれば完璧と言える、柑橘系の酸味がふぐの白身には抜群に相性が良い。


「こんなこともあろうかと一徳ぽん酢 (すだち)も密かに仕入れてますのよ、お父様もお好きでしょ」


「フッフッフッ、エリカ屋お主も悪よの~」


上機嫌なお父様がよく焼いたふぐヒレを熱燗に入れて飲んでいる、お母様の前ではこんな宴会はできないからね。


「いえいえ、お父様には敵いませんわ、代金はお父様に請求書が行きますわ」


その言葉にお父様がちょっと悲しそうな顔をする、冗談ですわよ。


「私、子供の頃はもみじおろしの赤って人参だと思ってました」


「人参を混ぜて色を出すお店もあるみたいですが偽物ですわ、やはり大根おろしに唐辛子が美味しいですわ(成分的に生のにんじんと大根おろしは相性が悪い)」


「それにしてもエリカお嬢様、本当に美味しいてっぽうですね」


「淡路島3年とらふぐ、水温の下がる冬は身が締まっていて格別ですわ」


「今日は大阪中央卸売市場の安藤にお寿司を食べに行ったのですわ、おかげですっかりお魚の口になってしまったので市場にお魚を見にフラフラ~っと」


「あぁ、安藤のはもは美味いよな、俺も視察の時に何回か寄ったわ」


お父様がひれ酒を手に上機嫌だ、それよりなんでわたくしを誘わなかったんですのお寿司なら喜んでお付き合いしましてよ。


「南通りの高石さんの所に寄ったら、ぷっくり大きなふぐさん達と目があったので、大事に保護したのですわ!」


「それは保護って言わないんじゃ」


戸田が呆れたように口を挟む。


「ふぐはお顔が可愛いですわ、保護欲を刺激されますの」


「でも食べるんですよね……」


「人聞きの悪い、供養ですわ」


「ハハ、鉄砲だけに銃刀法違反だな」


「お父様、誰がうまいこと言えと」


コトリ


「お嬢様、焼きふぐも出来ましたよ」


厨房の焼方やきかたである中川が香ばしい匂いの焼きものを運んでくる、ふぐは煮ても焼いても良しですわ。


「いただきますわ、お塩とってもらえます」





はぁ~~、締めの雑炊まで頂けば、流石に満足ですわ。


さて、鬼、いやお母様の居ぬ間に洗濯えんかいではありますが、てっちりを美味しく召し上がるには仕方ありませんわ、お父様、ちゃんと話は合わしてくださいませ。わたくし達全員共犯ですからね。









結局、お母様にバレて怒られるまでがお約束なんですけどね。

戸田のお給金減らそうかしら。

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お嬢様部 〜パクパクですわ!〜 R884 @R884

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