「そろそろ帰るよ。雨宿りさせてくれてありがとう。日下部さん」

 柱時計を見て、小唄は言った。

「うん。わかった」

 道子は言う。

 道子は小唄のことを玄関先の門のところまで見送ってくれた。

 二人が家の外に出ると、雨は止んでいた。

 強い雨だったけど、雨が降っていたのはほんの、一、二時間くらいの時間だけだった。

「さようなら、日下部さん」と小唄は言った。

「うん。さようなら。……白川くん」とにっこりと笑って道子は言った。

 その日の夜、唄はずっと昔の懐かしい夢を見た。

「ねえ、大丈夫?」

 そう言って、小唄は転んで泣いている一人の女の子に手を差し出した。

 きっとお気に入りの着物だったのだろう。

 転んで土で汚れてしまったその真っ白な綺麗な花の刺繍のしてある着物を見て、女の子は泣いていた。

 女の子は涙に滲んだ赤い目をして小唄のことをじっと見つめていた。

 でも少しすると、女の子は何事もなかったかのように、ぱっと一人で立ち上がって、そのままからからという赤い下駄の足音をさせて、ぼんやりと光る夏のお祭りの淡い光の中に、一人で消えていってしまった。

 雨の降っている、夜の闇の中には小唄一人が残される。

 どーん、と言う遠くで花火の咲く音が聞こえた。

 夜の闇をいろんな色に染める一瞬の光。

 その光の中で、一人佇んでいる幼い小学生時代の自分のことを思い出したところで小唄は夢から目覚めた。

 布団の中でしばらくの間、小唄はぼんやりとしながら、自分の手を見つめた。

 あの日は確か雨が降っていた。

 静かな雨。

 その雨の中で僕はあの女の子と出会ったのだと、小唄は思い出した。

 お祭りの日の夜。

 あの日も、昨日と同じように、お祭りの途中から、突然の雨が降り出したんだっけ……。

 そんなことを小唄は思った。


 そっと、ふれあうように。 終わり

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そっと、ふれあうように。 雨世界 @amesekai

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