第3章 罪深キモノドモ

「そうだったんですか、姉の為に・・・知らなかったとはいえ、申し訳ありませんでした」

 立石は表情を硬く強張らせながら、四方達に深々と頭を下げた。つぐみから返してもらった木刀は右手に握りしめているものの、切っ先は下を向いている。

「立石君、化け物の事を教えてくれないかな」

 四方が立石にやさしく語り掛けた。

「はい。姉の葬儀の後、どうしても現場を確かめたくて、ここに来たんです。そうしたら奴が現れたんです。僕は必死に逃げて助かったんですけど、恐らく姉は・・・」

 立石は一頻り語ると、大きく吐息をついた。彼の話では、このバリケードは彼が造ったもので、彼が訪問者を木刀で脅し、追い返しているのは、姉の様な犠牲者を増やさない為だそうだ。

 と、その時、ばたばたと大人数の足音が玄関で響いた。

 入り口を見ると、二十代位の若者がぞろぞろと待合室に入って来る。

 総勢二十名はいるだろう。スキンヘッドに金髪、短髪に長髪の奴など、髪型は多種多様だが、服装は派手でもいかつい訳でもない。ただの普通の若造だ。

「お、初の獲物発見! 」

 長髪の若者が四方達を指差して騒ぎ立てた。

「おう、お前ら、誰の許可を得てここに入って来たんだ? 」

 スキンヘッドがバリケードを見上げた。

「少なくとも入場許可はしかるべき人から貰ってるよ」

 宇古陀が落ち着き払った表情で若造たちを見据えた。

「うるせー、男三人は入場料一人三万な。ねーちゃんは体で払ってもいいぜ」

 金髪男がきんきん声で叫ぶ。

「失礼な、私もねーちゃんだぞ」

 四方が不服そうに叫ぶ。

「え? 四方ちゃん、まさか女だったの? 」

 驚愕に打ちのめされながら、宇古陀は四方を凝視した。

「宇古陀さん、それは無いでしょ! 失礼ですよ、付き合い長いのに」

 四方は不満気に宇古陀を睨みつけた。

「だってさあ・・・」

 宇古陀が困惑した表情を浮かべながら、がっつり四方の胸を注視した。

「ちょっとそれ、セクハラですよっ! そりゃあまあ、私が『ひんぬ―』なのは確かですけどおっ! 」

 四方が顔を真っ赤にして絶叫する。

「うだうだ茶番かましているんじゃねえよっ! なら力づくでそこから引き摺り落してやるっ! 」

 金髪男が苛立たしげに咆哮を上げた。

「まずい、こっちへ」

 立石がバリケードを飛び降りた。勿論、奴らがいない霊安室側だ。

 四方達も彼に従い、バリケードを飛び降りる。

「突き当りに非常口が――!? 」 

 立石は駆け出した刹那、急制動を掛けた。

 彼らの行く手には異様なものが佇んでいた。

 天井に届きそうなくらいの大きさの黒い塊。表面には無数の恨めしそうに表情を歪めた土気色の顔が貼り付き、四方達を見据えている。

「わあああああああっ! 」

 立石は絶叫を上げながら、脇の階段を駆け上った。

 即座に彼の後を追う四方達。

 立石は一気に三階まで上がると通路を右に曲がった。

 不意に、誰かが彼を抱き留める。

 つぐみだ。

 いつの間に彼の前に回ったのか。

「おい、前をよく見ろ」

 つぐみが立石の耳元で囁いた。

 立石の瞳孔が大きく開く。

 目の前の床に、車一台はすっぽり入る位の巨大な穴が開いていた。遥か下には、壊れたベッドのようなものが見える。どうやらここが、立石佳奈が転落した場所の様だった。

「そんな、さっきまではこんな穴無かった・・・」

 立石は愕然としながら漆黒の開口部を覗き込んだ。

「術を掛けられていたのさ。悪しき存在にね」

 四方が落ち着き払った口調で立石に話した。

「なんだ、落ちなかったのかよ」

 金髪男が四方達に追いつくなり、つまらなそうにぼやいた。

「こいつらには穴が見えていたみたいだな」

 宇古陀が神妙な面持ちで呟く。

「ですね。こいつら憑りつかれていますから。あの化け物にね」

 四方が輩どもをじっと見据えた。

「もう逃げられねえぜ。そこに落ちたらまず助からねえ」

 金髪男が小馬鹿にした様なせせら笑いを浮かべた。

 奴らの手には、いつの間にかナイフや鉄パイプが握りしめられている。

「四方、解くぞ」

 つぐみが静かに言葉を紡いだ。

「いいけど、最終形態はやめ・・・」

 四方が慌ててつぐみに声を掛ける。

 と、同時に、彼女の身体に変化が生じた。

 彼女の全身の筋肉が膨れ上がり、身に着けていた衣服が音をたてて裂ける。裸体を晒すよりも早く、彼女の体を褐色の体毛が、四肢を黄色と黒の体毛が覆い尽くす。

 虎でも、熊でもない。しなやかな鞭の様な尾が、その双方とは異なる存在である事を明確に物語っている。だが、決定的なのはその面立ちだ、鋭い牙が生えてはいるものの、肉食獣のそれの様に、顎が前方に発達している訳ではなく、むしろ人に近い面立ちなのだ。

 妖変したつぐみが咆哮を上げる。

 若造たちの表情が恐怖に凍り付く。と同時に、黒い影の様なものが奴らの身体から抜け出した。

 彼らの表情から戦意が一斉に喪失し、一手にした獲物を放り投げると一目散に逃げ出した。

「あ、そっちへ行くと、まずいんだけどおっ! 」

 四方が大声で叫んだ。

 不意に、彼らの姿が掻き消すように消えた。途端に、無数の鈍い衝撃音と呻き声が沈黙を破る。

「あいつら、憑き物が離れたから気付かなかったのかな。向こうの床も抜けているのに。まあ、あそこは二階で止まっているから悪くても骨折位か」

 四方は苦笑を浮かべた。

「四方ちゃん、知ってたの? 」

 宇古陀が困惑した表情で四方を見た。

「さっきこっちの穴の術を解いた時、向こうも調べて見たんだ。こいつで」

 四方が、ひょいと左掌を突き出した。そこには白い和紙で出来た十センチ位の人形ヒトガタがのっていた。

「さあて、これからだな」

 四方の眼光に鋭利な刃物にた輝きが宿る。

 若造どもから抜け出した黒い影が、次第に集結し、漆黒の影の塊となって、通路を塞いだ。塊の表面には、無数の土気色の顔が浮かび、憤怒に歪んだ表情で四方達を見据えている。

 四方は怪異を睨みつけた。

 不意に、影の塊から無数の細長い影が飛び立ち、四方達に襲いかかる。

 刹那、つぐみが跳躍し、鋭利な爪で影を引き裂いていく。

「四方、雑魚はこちらでやる。本命はまかす」

「承知」

 四方は徐に右掌を前に突き出し、指を開いた。

 無数の白い人形ヒトガタが彼の掌から飛び立ち、影の塊を取り囲む。

 四方は手で印を結ぶと、静かに呪詛を紡いだ。 

 塊の表面に貼り付いていた顔に変化が生じた。悲壮感の漂う恨めし気な表情が、次第に晴れやかで温和な顔つきに変わり始めたのだ。

 やがて顔は次々に塊から剥がれ、そして上方へと昇華し、天井に吸い込まれていった。

 黒い影の塊は身を震わせた。底知れぬ怨嗟が瘴気となって全身から立ち昇る。

 不意に、漆黒の塊の表面に無数の触手が現れた。

 触手は一気に伸長すると、天井や壁、床に瞬く間に広がり、四方達を取り囲む。

ただ、四方の人形ヒトガタやつぐみを警戒してか、直接折衝を持とうとはしてこない。

「四方ちゃん、こいつは・・・? 」

 宇古陀が震えた声で四方に尋ねる。

鬼魂おにだまだよ。大勢の人の怨念の塊」

 四方はそう答えると、再び印を結んだ。

 同時に、鬼魂おにだまの怒気が灼熱の噴流となって人形ヒトガタを貫く。

 人形ヒトガタは紅蓮の炎に包まれ、瞬時に灰と化した。

 鬼魂おにだまの中央部に、ぱっくりと大きな裂け目が生じた。奴は笑っていた。生じた裂け目を口の様に歪めながら。

 刹那、燃え尽きたはずの人形ヒトガタが瞬時にして再生し、一斉に、鬼魂おにだまの口に飛び込む。

 鬼魂おにだまの動きが止まった。

 同時に、無数の白い人形ヒトガタ鬼魂おにだまの表皮を突き破って躍り出る。

 途端に、鬼魂おにだまは消滅し、通路全体を埋め尽くしていた触手も掻き消すように消えた。

「お疲れ様」

 掌に舞い戻って来た人形ヒトガタ達に、四方は労いの言葉を掛けた。

「式神・・・鵺・・・俺、夢を見てるのか? 」

 立石が、呆然と佇んだまま譫言の様に呟いた。

「ほう。立石、よく知っているな」

 つぐみが変化を解きながら呟いた。

 その途端、立石の眼に生気が宿り、青白かった彼の顔に一気に血の気が蘇る。

 彼の目の前には、元の姿に戻った全裸のつぐみの姿があった。

「ったく、また服が駄目になっちまったよ」

 四方は腕を組むと大きく吐息をついた。

「大丈夫! こんなこともあろうかと着替えを持ってきた」

 宇古陀は背負っていたリュックから衣裳を取り出すと、つぐみに手渡した。

「宇古陀、いつもすまない」

 つぐみは淡々とした口調で宇古陀に礼を言うと、受け取った衣裳を身に着けた。

「あ、御心配なく、後片付けもやっておくので」

 宇古陀は嬉しそうに笑みを浮かべながら、床に散らばった衣服の残骸をリュックに詰める。

「宇古陀さん、着替えを用意してくれるのは有難いんだけど、これってさあ」

 四方は困惑顔で、セーラー服姿のつぐみを見た。

「つぐみちゃんは何を来ても似合うよねえ」

 宇古陀は満足げに頷きながら、四方の苦言を聞き流した。

「退散しよう」

 四方は呆れたように吐息をつく。

 屋外に出ると、ぼろ雑巾の様になった輩達が座り込んでいた。

 彼らは四方達の姿に気付くと、恐怖に打ち据えられた表情を浮かべる。。

「君達、全員いる? 」

 四方が輩達に声を掛けた。

「これで全員だ」

 つぐみがくぐもった声で後方から答える。四方が振り向くと、右手にスキンヘッド、左手に金髪男をぶら下げ、口に長髪の若者の背中を咥えている。

「宇古陀さん、この建物、壊してもいいの? 」

 四方は振り向くと、背後の宇古陀に伺った。

「管理人はぶっ壊して更地にしたいらしい」

「んじゃ、やりますか。残しておくと、また厄介な連中が棲み付くからね」

 四方が嬉しそうに微笑んだ。

「どうやって壊すんですか? 」

 立石が興味深そうに四方に背後から声を掛けた。

「こうするのさ」

 四方が右掌に式神を生み出す。

 刹那、黒煙の様な凄まじい瘴気が立石の身体から立ち昇り、彼の顔が憎悪に歪んだ。

 立石が四方目掛け、背後から木刀を振り下ろす。

 木刀は紅蓮の炎を纏い、両刃の剣に変貌を遂げると、無防備な四方をまっぶたつに両断した。

 はずだった。

 だが、彼の目前には、四方の姿から変異を解く無数の人形ヒトガタが映っていた。

「残念でした。鬼魂おにだま荒魂あらみたま君」

 彼は驚愕に表情を歪めながら、ゆっくりと背後を振り向いた。

 彼の背後には、にこやかな笑みを浮かべた四方の姿があった。

「いつから、気付いていた? 」

 彼は憤怒に唇を歪め、ありったけの憎悪を込めて四方を睨みつけた。

「最初からさ」

 四方は静かに右手を横に薙ぎ、すぐさま縦に降ろした。

 立石の身体が縦横に断ち切られるのと同時に、廃墟にも縦と横に抉られた様な亀裂が走る。 

 立石の身体が、風化の進んだ岩の様にぐすぐすと崩れ、消えた。

 其れと共に、廃墟も土埃を巻き上げながら完全に崩壊していく。

 四方は大きく息を吐くと、長髪の若者に近付いた。

「立石碧さんですよね」

「はい・・・でも、どうして私の事を? 」

 長髪の若者は、怯えた表情で四方を見つめた。

「君のお姉さんが教えてくれた。今もすぐそばにいますよ」

「えっ? 」

 四方の言葉に、若者は驚きの声を上げた」

「あなたのお姉さんに頼まれたんです。妹を連れて帰ってくれって。自分の供養の為に付き合ってくれた友人達も一緒にとね」

                                   (完)


 



 

 

 


  

 


 

 

 


 


 

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四方備忘録~連レテ帰ッテ・・・ しろめしめじ @shiromeshimeji

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