第3話
土曜日になり、私は穂乃果と待ち合わせしている駅前に着く。
穂乃果はまだ来ていないようで、先に到着した私は、少し安心する。
『先に着いたよ』
穂乃果にそうメッセージを送ってから、私は整えてきた前髪を触って待つ。
なにか、変なところは無いだろうか。穂乃果と2人きりでどこかに行くというのは初めてのことで、妙に緊張してしまう。
ルカちゃんと遊びに行く時はこんなこと気にしないのに。今日の私は少し変だ。
「お、明里〜」
しばらくすると穂乃果がやってきて、手を振って駆け寄ってくる。
考えてみると、学校外で穂乃果と会うのは、これで2回目だ。初めての時は、ルカちゃんの家で会った時。
あの頃は冬の最中だったので、厚着していた穂乃果を思い出す。今日の格好は白いシャツとデニム生地のスカートで、少し早い夏らしさを感じさせる格好だった。
「それじゃあ、行こっか」
そう言って穂乃果と一緒に歩いてゆく。駅に集合したものの、電車で何処か行くというわけではないようだ。
「もう暑いね〜。まだ7月の頭よ?こんなに暑いと、今年の夏はどれだけ暑いのよ」
なんて暑さに愚痴を言いながら穂乃果が歩いてゆく。シャツの首元を掴んで、パタパタとさせている。
季節の流れは早いもので、もう夏はすぐそこまで来ている。遠くの方ではセミが鳴き、じっとりと身を包むような暑さに汗を垂らす。
穂乃果はどんどんと歩いていき、次第に住宅地へと変わってゆく。
「ほ、穂乃果。こっち住宅街だけど、こっちで合ってるの?」
なんとなく嫌な予感がして、穂乃果にそう聞いてみる。通っている街並みは何処か既視感があり、まさかと思う。
「え?こっちでいいんだよ。私が見つけた喫茶店って、こっちの方にあってさ」
こっちの方にある喫茶店っていうことは。
「あ、あったあった!ここだよ」
嫌な予感は的中した。ガラス張りの店構えと中から見えるアンティークな雰囲気の店。ここはみゆきちゃんの実家の喫茶店だ。つい昨日見たばかりの店はなにも変わることなく、ただそこに鎮座している。
「ここ、ここ〜!前に見つけてさ。アンティークな雰囲気がいいな〜って思ってたんだ〜。けど、ひとりだと入るのにちょっと勇気がいるからさ…」
穂乃果の言うことなどなにも聞こえていない。いくら友達になれたとはいえ、昨日の今日で実家に押しかけるとなると、かなり大胆なことに思えた。
今日は土曜日。ということは、みゆきちゃんは店の手伝いをしているはず。それ即ち、絶対に見られる。
別にお互いにお互いを見られて、やましい気持ちがある訳では無いが、共通の友達と板挟みになるということになんとなく嫌な感じがして、思いっきり躊躇する。
今からみゆきちゃんの喧しいリアクションを想像し、気が思いやられる。特に上級生の穂乃果を連れてきたら、絶対にいろいろと聞かれる。
私は扉を開けようとする穂乃果の手の袖を掴み、一旦制止させる。
「ん?どうしたの?」
「じ、実はここ…昨日話した友達の家で…」
なんとなく、なんとなくだが、自分の知っている人同士を合わせるとなると妙に緊張してしまう。人付き合いの苦手な私にとっては、すごく難関なことにも思える。
「え〜?ならいいじゃん!せっかくだから明里の友達とも会ってみたいな」
しかし、穂乃果は全然そんなことがないようで、意気揚々と扉を開け放つ。扉につけられたベルがチリンチリンと鳴る。
「いらっしゃいま…あ、あかりんじゃないですか〜!」
扉が開け放たれると同時に、やはりというか、甲高い声がこちらまで聞こえてくる。咄嗟に穂乃果の背中に隠れたつもりだったが、そんな小細工も通用しない。
「あれ?こちらのお方は誰ですか〜?」
みゆきちゃんは穂乃果を舐め回すように見つめて、そう聞いてくる。私が口を開く前に、穂乃果が自己紹介をする。
「はじめまして。私、明里の友達の長嶺穂乃果。同じ学校の2年生だよ」
穂乃果がそう言うとみゆきちゃんは目をキラキラと輝かせて、やたらオーバーにリアクションをする。
「おぉ〜!先輩でしたか〜!こんな素敵な先輩とあかりんに来てもらえるなんて、光栄です〜!」
なんて話をしていると、みゆきちゃんの後ろから人影がひとつやってくる。
「アンタはまた騒いで、何やってんのよ」
入口で騒いでいた私たちを見て、奥のカウンターに座ってた花梨ちゃんがやってくる。まさか、花梨ちゃんまでいたのか。
「あ、明里さん!それと…」
「長嶺穂乃果。明里の先輩なんだ〜」
穂乃果は先輩ということを誇らしげに花梨ちゃんにも挨拶する。
「今日はおふたりで来たんですか?」
「うん。前にこのお店見つけて、いい雰囲気のところだな〜って思ってて、明里と一緒に来たんだ」
「そう仰っていただけて何よりです〜!古臭いお店ですけど、どうぞどうぞ」
そう言ってみゆきちゃんに席に案内される。ついた席はガラス張りの道路に面した席で、開放感があっていい。
「まさかあかりんまでうちに来ていただけるとは感激です〜!今日はいっぱいサービスしますよ〜!」
そう言ってみゆきちゃんは嬉しそうに水を置く。制服姿とは違う友達の姿は妙に新鮮で、かなり華やかに見える。
制服、というか、給仕服と言うべきか、キラキラとした白い服装はとても可愛らしいが、店の雰囲気とは合っていない。まるでメイド喫茶にでもいそうな感じだ。これが制服なのかと疑問に思って、みゆきちゃんに尋ねてみる。
「す、すごい格好だね。これが制服なの?」
そう聞くとみゆきちゃんは顔をパァっと輝かせて、食い気味に喋りかけてくる。
「分かりますか〜!この格好、可愛いですよね〜!お父さんからは恥ずかしいからやめろって言われるんですけど、喫茶店と言えばこういう可愛らしい服装が華じゃないですか〜!あかりんは分かってくれますか〜!」
まるで同胞を見つけたかのように、私の肩をパンパンと叩いてくる。既に距離感が店員と客のそれでは無い。
学校でも賑やかな子だったが、どうやら家でもこんな感じらしい。
「へぇ〜、家のお手伝いか〜。若いのに偉いね〜!」
穂乃果は穂乃果で、何処か上からな視線でみゆきちゃんと盛り上がる。
「結構楽しい仕事ですけどね〜!こうして友達も来てくれますし!今日はどうしたんですか?もしかして、デートですかぁ?」
デートって。女同士の時点でまずそんなことは有り得ないだろう。そう思いつつも穂乃果とみゆきちゃんのやり取りを見ている。
「いや、デートって程の事じゃないけど。明里が色々とあってね…」
「ちょ、ちょっと!」
このままだと先日の自分の胸中さえ暴露されかねない。私は会話を遮るように、注文を入れる。
「こ、この、コーヒーセットでお願いします!ナポリタンとオムライスで!」
とりあえずオススメと書いてあったふたつを早口で注文し、二人の会話をそこで途切れさせる。
「はいは〜い!ナポリタンとオムライス、コーヒーセットですね〜。コーヒーはアイスでいいですか〜?」
「あ、はい。アイスでお願いします…」
みゆきちゃんは半ば強引だった私の注文を受け取り、厨房に戻ってゆく。よかった。ルカちゃんに彼氏が出来て落ち込んでいたなんて知られたら、私はしばらくふたりと目が合わせられないだろう。大恥をかく1歩寸前で話を終えられて、私はひとつため息をこぼす。
穂乃果は人と話すことが好きで、みゆきちゃんとも花梨ちゃんともすぐに打ち解けた。今度はカウンター席に座っている花梨ちゃんに絡んでいる。
「花梨ちゃんも遊びに来たの?」
「いえ、私はみゆきに宿題を教えに。一緒にやらないと、絶対宿題やってこないんですよ〜」
そう言う花梨ちゃんのカウンターには教科書とノートが向き合って置かれている。仕事の合間に宿題を教えているということらしい。
「へぇ〜、そうなんだ。家はここから近いの?」
「近いどころか目の前です。あそこ」
「ああ、向かいの家なんだ〜」
穂乃果と花梨ちゃんも会話を楽しむ。出会って直ぐに気負わず会話を出来る穂乃果が少しだけ羨ましい。私なんて未だに目を合わせて話すことを躊躇ってしまうのに。コミュ力の高い穂乃果はすぐにふたりと打ち解けており、会話に華を咲かせていた。
みんなが仲良くなってくれるのはいいことだが、その反面、自分だけ取り残されたしまうのではないかという不安にも駆られる。まるで、今の穂乃果との関係が侵されてしまうような。自分の居場所が無くなってしまうような気がして、少し居心地が悪い。
穂乃果のことを別に特別だとは思っていないが、ただ漠然と、そんな気がした。
「は〜い、お待たせしました〜」
そう言ってみゆきちゃんはテーブルに料理を置く。成り行きで適当に頼んでしまったものだが、私がオムライス、穂乃果がナポリタンを食べることになり、目の前に料理が置かれる。
「うわぁ〜!美味しそうだな〜!」
穂乃果は目の前に置かれたナポリタンを見て目を輝かせる。白い皿に赤く輝くナポリタンは、昔ながらの喫茶店といった感じで、店のイメージ通りのものだった。
「食べる前に写真撮っておこ〜!ルカに飯テロしてやる〜!」
そう言って穂乃果はスマホのシャッターを切り、ルカちゃんに写真を送る。そういえばルカちゃんは今頃、何をしているのだろうか。今日ここに居ないということは、彼氏とデートにでも行っているのだろうか。なんて考えているうちに、穂乃果はナポリタンを1口食べて、頬を零していた。
「んん〜!美味しい〜!明里もほら!冷めないうちに食べてみてよ」
穂乃果にそう急かされて、急いでスプーンを握る。湯気のたったオムライスは見るからに美味しそうで、空腹をくすぐる。
1口食べてみると、ふんわりとした卵とケチャップライスの甘酸っぱさが合わさって、とても美味しい。
「お、美味しい」
私は思わず口に出してしまい、穂乃果は首を縦に振る。
「そうだよね〜!オムライスも美味しそうだな〜!」
そう言って穂乃果は私のオムライスをモノ欲しげな表情で見つめる。
「1口食べる?」
私がそう言うと、穂乃果は目を輝かせて口を開く。
「いいの〜!?じゃ、あ〜ん!」
そう言って目の前で口を開く穂乃果。これは、私が穂乃果に、あーんしてあげないといけないということか。距離が近い奴だとは思っていたが、ここまでとは。私は目の前で口を開く穂乃果に少し恥ずかしさを感じる。
こういうのって普通、恋人同士とかでやることでは無いのか。そう考えるとより一層小っ恥ずかしさが混み上がってきて、私の腕は硬まる。
とはいえ、私たちは女同士だ。なにもそんなに恥ずかしがることでは無い。そうだ。動物の餌やりと思えば。なんてことを考えながら、オムライスを載せたスプーンを穂乃果の口元まで運んでゆく。
「んん〜!オムライスも美味しいね〜!」
穂乃果はそう言ってご満悦の表情でオムライスを噛み締める。
「じゃ、私もお返し。ほら、あ〜ん!」
そう言って今度は私の目の前にナポリタンを巻き付けたフォークが差し出される。
「わ、私は、いいよ…」
先程は差し出す側だったのでまだ大丈夫だったが、受け取る側になると、とてつもなく恥ずかしい。赤くなった顔を隠し、俯いていると、意地の悪い笑みを浮かべる穂乃果。
「あれ〜?照れてんの?」
「んにゃ!?そ、そういうわけじゃ…」
図星を突かれて思わず変な声が出てしまった。私も意地を張って、恥ずかしさを押し殺しながら、差し出されたフォークに口をつける。
コレって間接…いや、変なことを考えるのはよそう。私は熱くなる感情を抑えながら、ナポリタンを味わう。
「あ、美味しい」
思わずそう言葉が漏れる。ナポリタンも絶妙な味加減で調理されており、美味しいという感想が正直に出た。するとみゆきちゃんが「でっしょ〜!うちの料理の味は世界一ですよ〜!」と満足気な表情で入ってくる。
いつの間にいたのか。というか、先程のやり取りも全部見られていたのか。そう思うと、途端に顔が熱くなる。
「ちょっと!アンタ店員でしょ!2人の邪魔しちゃ悪いでしょ!」
私たちにちょっかいを掛けてきたみゆきちゃんを見て、花梨ちゃんが割ってくる。
「え〜、いいじゃんちょっとくらい〜!ここは私の店なんだから、私がコンプライアンスです〜!」
「何がコンプライアンスよ!アンタが経営してる訳じゃないでしょ〜!」
「ふ〜んだ!お父さんが死んだらこの店は私のモノですよ〜だ!」
サラッと酷いことを言っている。厨房のお父さんがなにか言いたげな表情でコチラを見つめていた。
「別にいいよ、私も賑やかな方が好きだし!それに、明里の友達なら、私も友達だよ!この料理、みゆきちゃんも手伝ってるの?」
言い争いをする2人に割って入り、お互いを宥める穂乃果。その言葉に花梨ちゃんは申し訳なさそうな表情を見せて、対してみゆきちゃんは心底嬉しそうな笑顔を見せる。
「はい!盛り付けや細かいお手伝いなんかは私がやってるんですよ!いわば助手みたいなもんですね〜。あかりんのオムライスは、私が1から作ったんですよ〜!」
どおりでさっきまで厨房にこもっていたわけだ。先程までの静かだった時間が懐かしい。
「へ〜、すごいな〜!私は料理なんててんでダメだからな〜…美幸ちゃん、いいお嫁さんになれるよ〜」
穂乃果の言葉に、一瞬花嫁姿のみゆきちゃんが浮かぶ。真っ白いウエディングドレスにベールを掛けて、花々に囲まれているみゆきちゃん。
こんな喧しいお嫁さん、なんかイメージと違うな。けど、それだったら、毎日楽しそうだ。なんてことを内心思う。しかしそんなイメージをぶち壊すが如く花梨が話す。
「いやいや!無理無理。アンタ、料理は出来ても、すっごいガサツじゃない!部屋の片付けとか、いっつも私に頼ってばっかじゃない」
花梨ちゃんの言葉に華やかな花嫁姿は一気に崩れて、家事をサボりダラけているみゆきちゃんが浮かび上がる。なんというか、そういう方がイメージにピタリとハマった。
「んな!?失敬な!花梨は厳しすぎるんだよ〜!そんな厳しいと、嫁の貰い手いなくなるぞ〜!」
その言葉に、花梨ちゃんの花嫁姿も浮かぶが、花梨ちゃんは花梨ちゃんで、確かに厳しそうだ。旦那を尻に敷くというイメージが浮かび上がり、思わずくすりと笑みが溢れた。
「ふふ。2人とも本当に仲いいんだね!」
ギャーギャーと言い争いをする2人を見て、穂乃果は楽しそうに笑う。
「はぁ!?仲良くないですよ〜!腐れ縁ですよ!く・さ・れ・え・ん!」
「そうですよ!もう…」
「喧嘩するほど仲がいいって言うんだよ〜?」
穂乃果の言う通りみゆきちゃんと花梨ちゃんは仲が良く、見ていて飽きない。お互いなにも遠慮することなく、正直に心を開ける2人が、羨ましく思えた。
喧嘩するほど仲が良い、か。
考えてみると私は喧嘩なんてしたことが無い。いつも誰かの言うことには従って、波風を立てないように生きてきた。
私も、喧嘩出来るほど心を許せる人と、いつか巡り会えるのかな。
そんなことを漠然と考え、オムライスを口に運んでいると、いつの間にかオムライスは綺麗に無くなっていた。穂乃果もナポリタンを食べ終えたようで、満足気な表情でひとつ伸びをする。
そんなこんなで、やけに騒がしい昼食を終えると、私たちは喫茶店を後にする。
「すごい美味しかったよ〜!また来るからね〜」
「うん。本当に美味しかった。ご馳走様」
「は〜い!お会計、2800万円になりま〜す」
「ふざけてないでちゃんと仕事しなさい!」
うるさい。騒がしくて喧しく、賑やかで楽しい。私は心からそう思って、この輪の中に自分という人間が入れることを、嬉しく思った。
「いや〜、いいお店だったね〜!明里の友達とも仲良くなれたし、良かったよ〜」
穂乃果はそう言って膨れたお腹を擦りながら、満足気に歩いてゆく。
私も、みゆきちゃんの実家ということで初めは躊躇したが、いざ行ってみると歓迎して貰えて、私も満ち足りていた。
「おっと、ルカからだ」
穂乃果は一旦足を止めて、通知の鳴ったスマホを開く。私もなんとなく、ただなんとなく画面を覗き込むと、ルカちゃんから写真が送られてきている。
『美味しそうだね〜!コッチも飯テロしちゃうよ〜!』
そういって可愛らしくスタンプ付きで送られた写真からは、見ると高々と盛られたパフェが映っている。そして、その向かいには、男物のトレーナー。
続けてスマホの通知が鳴る。ルカちゃんと、斉藤という男のツーショット写真だった。ふたりとも心底から笑っていて、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「あら〜…イチャイチャしてるな…」
穂乃果は虫の居所が悪そうな声をして、横目で私をチラリと見る。
正直言うと、やはりまだモヤモヤとする。ルカちゃんの隣に居るのが私では無いということに、胸の奥にチクリとした痛みを感じる。
しかし、以前とは違って、強いショックを受けるようなことも無く、自分の大好きなルカちゃんの笑顔に、安心出来る自分がいた。
「良かったね。彼氏と上手くいってて」
そう言うと穂乃果は安堵のため息をつく。どうやらまた私が落ち込まないか心配してくれていたらしい。そんな穂乃果に、私は「もう大丈夫だよ」と声を掛ける。
その言葉に穂乃果は安心すると同時に、口を開く。
「けどルカも隅に置けないよな〜!こんなイケメンを射止めるんだからさ〜。明里もそう思わない〜?」
そう言って僻み、愚痴をつく穂乃果。
「私もこんな青春を送ってみたいよ…よりにもよって、あのルカに先を越されるなんてな〜…」
「僻んだって仕方ないでしょ。そういう穂乃果こそ、なにか浮いた話は無いの?」
改めて見ると穂乃果は美人だ。整った顔立ちと愛嬌のある瞳に、こうして人に寄り添える性格の良さ。ついでに、胸部にぶら下げたデカイ肉塊も相まって、男子からの人気は高そうに見えるが。
「あったらいいね〜、そんな話が…はぁ…」
若干焼き付き気味の穂乃果を、励ますつもりでは無いが、自分の素直な感想を述べてみる。
「けど、穂乃果、モテそうだし…」
「モテるのとモテそうじゃ、天と地の差があるのよ?はぁ…」
穂乃果も穂乃果で、ルカちゃんに先を越されたことにだいぶショックを受けているようだった。
「明里もなんかそういう話ないの〜?気になる男子くらいいないの〜?」
今度はコチラに話が振られる。
「な、ないよ。私、そもそも人付き合いとか苦手だし…」
友達を作ることにさえ一苦労していた私に彼氏が出来るなんて、自分でも想像つかない。
「けど、気になる男子くらいいるでしょ〜?あの人かっこいいな〜、とか、優しい人だな〜、とか」
「いないよ。そういうの、興味もないし…」
そう言ってだる絡みを続けてくる穂乃果。若干、めんどくさいヤツだコレと思いながら、適当にあしらう。
「じゃあなんか、好みのタイプとかいないのかよ〜?こういう人がいい!とか、こういう趣味が理想!とか」
そう言われて少し考えてみる。
自分の趣味と合う人か。そう思って、オートバイや車が好きな男を想像してみる。
…豆腐屋のボーッとした走り屋や、不運と踊っちまったような硬派な強面が浮かぶ。
こういう人は自分の理想とは違うなと思う。
それなら、ルカちゃんみたいな子はどうだろうか?自分が1番心を許せて、気負わず、自然に、生活の1部に溶け込める存在。そう思うと理想のような気がするが、それと同時に、あまりにもマイペースで危なっかしいルカちゃんの姿が浮かんでくる。
鍋を爆発させ、洗濯機を爆発させ、掃除機を爆発させ…そんなイメージが脳裏を過ぎって、一瞬背筋が寒くなる。
ルカちゃんのことは大好きだが、付き合うと言ったら、ちょっと違う感覚かもしれない。理想の彼氏像で、友達の女の子をベースに考えるのも変な話だが、実際関わりのある他人が女の子しかいないので仕方が無い。
もっとしっかりしている人がいいな。それに、自分自身が引っ込み思案なので、自分の手を引っ張ってくれるような人。一緒にいて、楽しい人。喧嘩するほど仲がいいと思えるような、自分を正直にさらけ出せる人。
「…そう考えると、穂乃果がいいかも」
何気なくそう呟くと、穂乃果の足が止まり、私は数歩前に出る。
振り向いて、穂乃果の顔を見たところで、自分の言ったことに恥ずかしさが湧き出てきて、思わず顔が熱くなった。
「あ、違う!穂乃果がいいって、穂乃果と付き合いたいって訳じゃなくて、穂乃果みたいな人がいいって意味で…!」
自分は何を口走っているんだ。自身の発言の恥ずかしさに、しどろもどろになってしまう。
「明里ってさ、女の子が好きなの?」
「は、はぁ!?」
いつになく真面目な声でそう聞かれ、顔から火が噴き出そうになる。
「そ、そんなわけじゃないよ!そう、例え、例えばの話!」
気まずい雰囲気になってしまい、穂乃果の顔を見ることが出来ない。
「あ、あはは!私たち、女同士だぞ?何言ってんだ!あははは!」
穂乃果はそう言って可笑しそうに笑う。
そうだ。私と穂乃果は女の子同士。付き合うだなんておかしいし、ありえないだろう。穂乃果の笑いに変な空気も崩れて、私も変な笑いが込み上げてきた。
「くす…何言ってんだろうね私。私たち、女の子同士なのに」
そう言って場の空気が解れるが、私の言ったことは、嘘や出任せではなかった。
もし、自分が誰かと付き合うのならば、穂乃果のような人間が1番、信頼できて、素直になれて、楽しくなれるのだろうと、本心で思った。
そんな穂乃果と友達になり、こうして笑いあえているということにひどく安心して、なにか暖かいものを胸の内に感じる。
「やっと明里も私に懐いてきたな〜!私も明里みたいなのが彼女だったら、退屈しないな〜!」
冷やかすように言ってくるが、その言葉に少しドキッと響くものを感じる。
「な、ひ、冷やかさないでよ」
「冷やかしてなんかないよ〜!明里可愛いし!懐かなかった子犬が、やっと懐いてくれたような気分だよ〜!」
そう言って頭を撫でてくる穂乃果。また子犬のように扱われると、ムッとした感情が湧いてくるが、不思議と前のように、イライラする訳ではなく、むしろどこか、暖かく、心地がいい。
その感覚が妙に気恥ずかしく、顔がまた熱くなり、その感覚に耐え切れなくなり、また穂乃果の乳をビンタして、彼女から走って逃げる。
「いて〜!こら〜!何すんだよ!せっかく懐いてきたと思ったのに〜!待てコラ〜!」
走って逃げたのは、自分でも分かるくらい頬が緩んでしまっていたからだ。こんなだらしのない顔を見られまいと、恥ずかしさのあまり走っていた。
穂乃果から全力で逃げる自分は、穂乃果の言う通り、懐かない子犬みたいだと思いながら、夕焼けの道を走るのだった。
懐かない仔犬の恋心 コヂマ @k-kzm
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