第2話
翌朝。風邪も治り、体調も良くなった私は、学校へ向かい歩いてゆく。
途中でルカちゃんの家に立ち寄り、インターフォンを鳴らして、ルカちゃんと一緒に学校へ行こうとする。
しかし、やはりというべきか、ルカちゃんはもう学校へ行ったらしい。先程斉藤という男がルカちゃんを起こしに来て、私とは入れ違いだったそうだ。
ルカちゃんにとんでもなくカッコイイ彼氏が出来たという事に、ルカちゃんのお母さんは心底驚いたらしく、会った時の感想を滝のように言われた。
「明里ちゃん知ってた?あの子にあんな素敵な人が出来てたなんて!私、びっくりしてびっくりして…ひっくり返りそうだったわ。てっきり、明里ちゃんが男の子にでもなったのかと…」
そんな有り得ないことを言うルカちゃんのお母さん。私が男になって来るなんて、天変地異が起きても起こり得ないだろう。
しかし、ルカちゃんと付き合うんなら、これくらい当然だろう。誰かが起こしてあげないと、ルカちゃんは一生寝ていると思う。斉藤という男、以外にもルカちゃんの取り扱いを分かっているじゃないかと、変に感心してしまう。
仕方なく一人で学校へ向かう。その隣にルカちゃんがいないのは、やはり寂しい。
学校に到着し、上履きへ履き替えて教室に入ると、いつも通り1人席につく。
まだ授業前でガヤガヤと辺りの喧騒に包まれながら、私は呆然とした。
友達なんて、どうやって作ればいいんだろう。
小学生の頃からルカちゃんに付きっきりだった私は、文字通り生まれて初めて友達を作るという行為に困惑していた。
ルカちゃんとはどうやって友達になったんだっけ。当時の事を思い出そうにも、あまりにも遠い彼方の記憶で、覚えているわけも無い。
なんて声を掛けるべきか。そもそも自分がほかの誰かに話し掛けたりしても迷惑じゃないかと不安もある。
喧騒に包まれる中、みんなは何の話をして盛り上がっているのか、全く検討もつかなかった。
結局誰にも話しかけられずに、中休み。いつも通り上の階に行き、穂乃果を呼び出す。ルカちゃんも呼びたかったが、例の彼氏と楽しそうに話しており、モヤッとした気持ちを抱えながら堪えた。
「あのさ。聞きたいんだけど、友達って、どうやって作ればいいの?」
私にとっては友達を作るという行為自体、ハードルが高く、右も左も分からない。いつも周りに友達のいる穂乃果は、一体どうやって友達を作っているのか。
「どうやってって…そうだなぁ」
私がそう聞くと穂乃果は難しい表情をする。
「友達なんて意識して作るものでないからね〜。話してたらいつの間にか友達になってた、ていうのが大体かなぁ」
穂乃果からの回答は色良いものではなく、私はどうすればいいのか分からない。まずどうやって話しかけに行けばいいのかさえ分からないのに。
「な、なんて話しかければいいかな…めんどくさいって思われないかな」
「堅く考えすぎだよ〜。そんなの、一緒にお昼を誘って、話が合えば、友達になれるよ」
考えすぎと言われても、考えなければ何も出来そうも無かった。人との交流を避けてきたツケが、今頃になって回ってくるとは。
「けど、早速私のアドバイスを実践するとは、感心感心!明里も少しは私に頼るようになったな〜」
「う、うっさい。そんなんじゃないよ」
そういう風に言われると少しモチベーションが下がる。
「大丈夫だよ。明里かわいいから、そんなに心配することないって」
それとこれと一体どういう関係があるのだ。可愛いと言われるのも苦手だし、投げやりに言われている気もして一抹の不安を覚える。
とはいえ、他に頼れる人がいる訳でもなく、大人しく穂乃果の言うことを聞く他なかった。
先ずは、一緒にお昼を誘ってみて、か。
少し気が思いやられるが、なんとかやってみようと思った。
昼休み。授業が終わり、みんな待ちに待った昼食にありつく中、私は辺りを見回してみる。
誰か声を掛けやすそうな人はいないか。この時期になると、大抵は仲のいいグループが出来上がっており、そこの輪に入り込もうと言うのは、大分度胸がいた。
だからって同じようなひとりぼっちの子を誘うのも気が引ける。1人でいる子は大体は本かスマホを片手に持っており、ひとりきりの時間を楽しんでいる。その時間を邪魔してしまっては悪い気がする。
そうすると、2人くらいで机を囲っていそうなところは無いか。そう思い周りを見ると、それはちょうど隣の席にいた。
隣の席の真島さん。彼女はいつもお昼になると、席の前の方の子とお昼を食べていた。
私はひとつ大きな深呼吸をして、意を決して足を踏み出す。
「あ、あのさ。よかったら、お昼、一緒に食べてくれない?」
精一杯勇気を振り絞ってそう言う。声は若干上ずりながら、手足が細かく震える。ぎゅっと目を瞑ったまま俯いていると、やってしまった、と、少し後悔にも似た念が生まれる。
もう引き返せない。クラスメイトに話しかけるのが、こんなにも緊張するだなんて。私は瞑った瞼をゆっくりと開けて、俯きながらも2人を見る。
2人はお互いに目を合わせると、直ぐに私の方を向く。
「いいですよ〜!大歓迎です〜!」
真島さんはそう言ってニコリと笑い、机の脇をポンポンと叩く。
隣の子、名前は分からないが、青色のロングヘアの子もこちらを見て微笑み、私を歓迎してくれる。
私は少し肩を竦めながら、机で対面を向く2人の間に入って、3人で机を囲む。
私が席に着くと同時に、真島さんは口を開く。
「いや〜、まさかあかりんから声を掛けてもらえるとは光栄ですよ〜!隣の席だし、前々から話してみたいとは思ってたんですけど、なんかちょっと、近寄り難い雰囲気があったんで」
真島さんは身を乗り出して、饒舌な口調で話してくる。まるで滝にでも打たれているかのような言葉の嵐に、私はワタワタとする。
「は、話すのは今日が初めてだよね、真島さん」
「真島さんなんて堅苦しく呼ばないで下さいよ〜!みゆき、で大丈夫ですよ〜。クラスのみんなもそう呼んでるんですし」
「そ、それじゃあ…み、みゆきちゃん」
真島さんって、みゆきって名前なのか。今までクラスメイトの事なんてろくに構いもしなかった私は、改めて真島さんをジッと見る。
赤茶色のショートヘアに、糸目、というべきか、細くおっとりとした瞳からは柔和な雰囲気が醸し出され、話しやすそうな印象だった。
「それで、今日はどうしたんですか?一緒にお昼を食べようだなんて。今まではお昼になるとどっか行っちゃってたから、誰か素敵な人でもいるのかな〜、なんて思ってたんですが」
みゆきちゃんは次々と話を振ってきては、私はそれを拾うのに必死になる。どうやらかなりお喋りな性格のようで、私とは正反対の人種だ。この賑やかな口調は、穂乃果以上に激しい。
「あ…えっと…」
返答にしどろもどろになっていると、向かいに座っていた女の子からみゆきちゃんにチョップが降ろされる。
「ちょっと!明里さん困ってるじゃない」
チョップを受けたみゆきちゃんは頭を抑えながら、やっとマシンガントークが収まった。
「ごめんなさいね。みゆき、喧しいけど、悪い子じゃないから。私も明里さんと話せて嬉しい」
そう言ってロングヘアの女の子が話しかけてくる。みゆきちゃんとは違ったパッチリとした大きな瞳。澄んだ声は透き通るほど綺麗なもので、思わず呆気に取られる。
「あ、いや、そういう訳じゃないよ。えっと…」
必死に名前を思い出そうにも、そもそも覚えてないクラスメイトの名前は分かりようもない。
「私は赤沢花梨。花梨って呼んでね、明里さん」
そんな私の心境を察してか、花梨ちゃんが自己紹介をする。
この人は赤沢花梨、か。よし、覚えたぞ。
「も〜、痛いじゃん花梨!せっかくあかりんとお話してたっていうのに」
「アンタは急にグイグイ行き過ぎなのよ。明里さん、困ってたじゃない」
みゆきちゃんと話す花梨ちゃんは、落ち着いた口調で、どことなく大人っぽさを感じる。どうやら2人の性格も正反対のようで、騒がしいみゆきちゃんと、それを引き止めるストッパー役の花梨ちゃんという感じが一目見て分かる。
確かにみゆきちゃんはいきなりこちらに踏み込んで、少し馴れ馴れしい感じもする。私が苦手とするタイプの人だが、ここで逃げてしまってはダメだ。なんとか必死に会話を紡ぐ。
「あの、なんで敬語なの?」
先程から話していて、みゆきちゃんはですます調の丁寧な言葉で話してくる。
「ああ、これですか。私、実家が喫茶店を営んでて、よく手伝いをやらされてるんですよ。そのせいでこの口調が癖になっちゃって。気にしないで下さい」
それでですます調の喋り方なのか。少し距離を置かれていたのかと思ったら、どうやらそういう訳では無いらしい。
「ねえねえ、あかりんって何が好きなんですか〜?」
むしろ、距離を置くどころか、かなりグイグイ来る。ついでに、さっきから言っている『あかりん』って、もしかして、私のことか。いきなりそんな呼ばれ方をするなんて思ってもおらず、このテンションに私は困惑し続ける。
少しみゆきちゃんに気圧されながらも、好きなものを聞かれた私は、少し返答に困った。
「わ、私、お父さんの影響で、車とかオートバイなんかが好きで…」
正直、自分の趣味が女の子らしくないという自覚はある。他の子なんかは流行りのドラマやコスメなんかの話をして、そこから趣味が合って会話が広がるものだろう。私はそういうものには疎く、だからこそ好きなものを聞かれると、少し返答に窮した。
案の定花梨ちゃんは、変わっているなと言いたげな、なんて答えればいいのか分からないといった表情を浮かべる。やはりまずかったかな。
「へぇ〜!あかりんオートバイとか好きなんですか〜!例えばどんなのがお好きなんですか〜?」
対してみゆきちゃんは興味ありげに聞き返してくる。もしかして、多少話がわかる人なのだろうか。
「あ、うん。古い2サイクルんのオートバイなんかが…昔、ガンマってやつがあって、ソレの最後の方の、23Aって型式の…」
先程とは打って変わって、スラスラと言葉が出てくる。人にはあまり理解されない趣味だから、同じ趣味を共有出来ると思うと、つい気持ちが舞い上がってしまう。
「うん、サッパリわかんね〜っす!」
そこまで話すとみゆきちゃんはアハハと笑いながら匙を投げる。
分からないのかい。話し方的に、てっきり多少は理解して貰えると思ったが、やはりこんな趣味の女子は居ないのだろうと思い、先程まで得意げに話していた自分に小っ恥ずかしさが込み上げてくる。
「けど、オートバイが好きっていうのもカッコイイね!明里さん、免許とかは取らないの?」
先程から会話について来れていなかった花梨ちゃんが口を開く。それと同時に、みゆきちゃんも入ってくる。
「いいですね〜!免許取ったら、絶対私も乗せてくださいよ〜!ゆく宛もなく、暗い夜の帳まで走りましょうよ〜」
みゆきちゃんの言っていることがイマイチ理解出来ない。確か、古い歌でそんなフレーズの歌があったような。
「それは尾崎豊でしょ!その流れだと、覚えたてのタバコでも吹かすことになるわよ。アンタ、タバコの臭いダメじゃない」
ああ、そうだ。尾崎豊だ。確か、15の夜って歌だったっけ。そんな古い歌のフレーズを使って会話する2人は、少し意外に見えた。てっきり、もっとこう、キラキラとした今風の歌が好きなものかと思っていたからだ。
「アンタは名前らしく、中島みゆきの歌を歌ってればいいのよ」
「始まったよ、花梨の名前弄り〜!聞いてくださいよあかりん。私、昔から名前が中島みゆきに似てるからって、しょっちゅう古い歌ばっか歌わされるんですよ〜」
「そう言って、アンタも結構得意じゃない。この間だって99点とか出してたし」
ああ、言われてみれば。真島みゆきという名前は、中島みゆきと並べると似ているかもしれない。それでこんなふうに弄られているのか。そうは言っても、私は古い歌をそんなによく知っているという訳ではないので、イマイチピンと来ない。今度、聴いてみようかな。
「ふたりとも、仲良いんだね」
楽しそうに話すふたりのやり取りは見ているだけで面白く、なんだか微笑ましい。
今までルカちゃん以外に興味なんて無かったが、こうして話してみると、自分の知らない世界が見えてくる。
「え〜?そうですかね〜?それだったらもっと優しくして欲しいんですけどね〜」
「アンタがだらしなさすぎるからでしょ!宿題だってしょっちゅう私に頼ってくるし、部屋だってアイツが出てくるくらいに…」
「うわあ、ちょっと、それは言わないでよ〜!」
どうやら2人はかなり親密な仲みたいで、花梨ちゃんはみゆきちゃんの部屋にも行ったことがあるらしい。アイツ、というのは、やっぱ、黒くてすばしっこい、あの害虫のことか。確かにみゆきちゃんは、パッと見整頓してそうには見えない。
「昔から家が向かいでね。小さい頃からずっと一緒なのよ。言ってみれば、腐れ縁ってやつかな」
花梨ちゃんは少し呆れながらも、満更でもなさそうな声を上げる。
「またまたそんな〜。照れなくたっていいのに〜」
みゆきちゃん、花梨ちゃんに話す時はですます調じゃなくなるんだな。やはり2人は相当強い絆で結ばれているらしい。そんな仲をお互いに持っているということに、少し羨ましさも感じる。
腐れ縁、か。なんだかいいな、そういうのって。
そんなことを思いつつも、ふたりと話していると自然と時間が流れていくもので、気がつくと昼休みを終える鐘が響き渡る。
「あ、もう終わりですか〜?早いですね〜。あかりんとお話してたら、昼休みすぐ終わっちゃいますね」
みゆきちゃんは残念そうな顔をして、手に持っていた菓子パンをギュッと口に押し込む。花梨ちゃんも食べ終えたお弁当をしまい、自分の席へと戻ってゆく。
「じゃあね、明里さん。一緒にお話出来て楽しかったわ。また一緒にお話しましょう」
そう言ってこちらに微笑んで、私は手を振ってそれを見送る。
人と話すのは疲れる。今も気を使ってないと言ったら嘘になる。だが、いつもとは違い、不思議と、嫌な感覚じゃなかった。
「私もお話出来て楽しかったです〜!また誘ってください」
みゆきちゃんもそう言ってくれて、私は隣の席へ戻る。
こんな感じで、よかっただろうか。自然に、会話出来ていただろうか。
客観的に見て、私はやはり口下手だと思う。話す前も一呼吸置いてからでないと、言葉が出ない。
それにしても、初めてにしてはそれなりに会話を出来ていたのではないだろうか。私にとっては誰かを誘ってお昼を食べるということは、かなり高いハードルだと思っていたから、緊張から解放されて、少し安堵のため息が出た。
同学年の友達って、こんな感じの話をするのだろうか。ひょっとして、気を使わせてしまったかもしれない。
会話を終えても、それが良かったのかは、自分では分からない。他人との会話というのは、こんなものなのだろうか。
こんな調子で、友達になんてなれるのかな。そんな不安を抱きつつも、その答えが1人で出る訳もなく、無情にも時間は過ぎてゆく。あっという間に昼休みの時間は無くなり、5時限目の授業の鐘が鳴る。
授業の内容なんて頭に入らず、ずっとモヤモヤと思っている。
「ねえねえ、あかりん」
不安で頭を抱えていると、隣の席のみゆきちゃんから小声を掛けられていることに気付く。
「ごめんなさい。教科書忘れちゃって…一緒に見せて貰ってもいいですか?」
「あ、うん。いいよ」
みゆきちゃんからそう言われ、私は机を隣にくっつけて、一緒に教科書を見る。
教科書を間に置くなり、すぐにみゆきちゃんは顔をコチラに寄せてくる。
「ごめんなさい。私、超ド近眼で…んーっと…」
教科書はみゆきちゃんが占領して、私からは彼女の後頭部しか見えない。みゆきちゃんは目を開いて、教科書とにらめっこする。目を開いた彼女の顔はびっくりするくらい美人で、少しドキッとしてしまう。
それになんだか、香ばしいコーヒーのような、そんな匂いが鼻腔をくすぐる。そういえば家が喫茶店とか言ってたっけ。家の匂いがそのまま染み付いているようで、その甘い香りになにか胸が騒ぐ。
「ねえねえ、あかりん」
再び声を掛けられると、みゆきちゃんはシャーペンを握って、教科書になにか書いている。
見てみると、歴史の偉人の写真に落書きをしている。背景にハゲとデカデカと書かれて、何故かタバコを咥えている。
いきなりそんなものを見せられた私は思わず吹き出してしまい、ガタンと椅子が大きな音を立てる。
「ん?どうしたんだね?」
歴史の先生がコチラを見て、どうしたのかと声を掛けてくる。
「い、いえ…なんでも、ありません」
私は未だに笑いを堪えながら、必死にそう弁明する。そんな私を見て、面白そうに笑っているみゆきちゃん。
こんなしょうもないことで笑わせられるとは思ってなかった。
今日の授業はずっとそんな感じで、私は全然集中することが出来なかった。
けど、なんだか、こういうのって、いいな。
今まで体験してきたことの無い友達との絡み。少しヤレヤレと思いつつも、胸の内に浮かぶ暖かな感情を抱き締めて、少し心が踊った。
そうして今日1日の授業が終わり、下校時間。
今までならルカちゃんと一緒に帰っていたが、そのルカちゃんは今頃彼氏と仲良くやってる所だろう。登校中も思ったが、やはりひとりぼっちは寂しい。
結局、今日はみゆきちゃんと花梨ちゃんに混ぜてもらっただけで、友達らしい人を作ることは出来なかった。
穂乃果には、なんて言おう。せっかくアドバイスを貰ったのに、それらしい事を出来ていたのかも、私には分からなかった。
やっぱり、私はこのまま、ひとりぼっちなのだろうか。
クラスのみんなはガヤガヤと喧騒に包まれて、私1人だけ居場所が無いようにも感じる。なにか危機感にも似た焦燥感を感じて、落ち着かなかった。
鞄を手に取り、ひとりぼっちで帰ろうとした時。
「あ〜かりん!一緒に帰りませんか?」
またしても隣の席のみゆきちゃんから声を掛けられる。見ると花梨ちゃんも一緒で、私に向かって微笑んでくる。
私からしたらまさに助け舟を出されたようで、少し食い気味に「いいよ」と同意する。
お昼の時と同じ3人で帰路を辿る。2人は駅の方向へ向かって歩き始める。
私の家の方向は全く逆だったが、そんなこと気にもしていられない。私は黙って2人に着いていく。
「今日も一日疲れましたね〜」
「何言ってるのよ。アンタ、午後の授業、ずっと明里さんにちょっかい掛けてただけじゃない。前の方から見てたわよ」
歩きながら今日一日の出来事を振り返り、和気あいあいとしながら歩を進める。
「ふたりとも、家はどの辺なの?」
自分の帰り道とは逆方向だったので、少し心配して聞いてみる。
「こっから歩いて十分弱です。花梨はその向かいに住んでて」
そういえばお昼にもそんな話をしたっけ。昔からの腐れ縁という2人の間には、ちょっとした事では揺るがない確かな友情が見て取れて、少し疎外感を感じる。
私とは、大違いだ。私なんてルカちゃんに恋人が出来たというだけであんなにも落ち込んでいたのに。自身の寂しさを紛らわすのに、この2人の間に、私なんかが入り込んでいいものかと疑問にも思う。
私、邪魔だとか思われてないかな。そんな不安さえ覚えてしまう。
歩いて行くこと十数分。2人の家の前に着く。みゆきちゃんの家は言ってた通り、一階部分が喫茶店になっており、ガラス越しに店内の雰囲気が伺える。流行りの今風の喫茶店という感じではなく、昔からあるレトロな雰囲気の喫茶店といった感じだ。赤いソファと観葉植物が置かれた店内は、一周回って新鮮にも思える。
その正面が花梨ちゃんの家だ。白いタイルが一面に貼られ、まだそんなに古くない家だと思った。
「あ、ここです。私たちの家は。あかりんの家はまだ先ですか?」
みゆきちゃんにそう聞かれ、私は歩いてきた道を指差す。
「わ、私の家は向こう側。逆方向だったんだけど…」
そういうとみゆきちゃんは大袈裟に、申し訳なさそうな声を上げる。
「えぇ〜!?逆方向だったんですか〜!?それならそう言ってくれればいいのに〜」
「いや、別にいいよ。私も一緒に帰りたかったし」
「これじゃあ一緒に帰るじゃなくて、付き添いですよ〜!」
みゆきちゃんの言葉に妙に納得する。確かにこれでは、付き添いだった。とはいえ、そんなことはルカちゃんと一緒ならよくあることで、私にとってはなんとも思わなかった。
「そ、それじゃあ、今度は私たちがあかりんの家まで行きましょうか!?」
そんなことをして一体なんになるのだ。私は可笑しくて、少しクスリと笑ってしまう。
本当に明るくて、騒がしくて、喧しい。今まで自分が避けてきた人との交流は、なかなかどうして、楽しかった。
この楽しい瞬間を、一瞬の出来事にはしたくない。私は意を決して、勇気を奮い立たせる。
ごくんと一滴唾を飲んで、ひとつ大きな深呼吸をする。
「あ、あのさ」
私が口を開くと2人の視線が集中し、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。
けど、逃げてはダメだ。私はまた息を整えて、しっかりと言葉を放つ。
「きょ、今日はふたりと話が出来て、凄い楽しかった。だから…その…」
まぶたを二、三回パチパチとさせてから、震えた声を絞り出す。
「わ、私と、友達になってくれませんか…?」
最後は何故か敬語になって、しどろもどろに話す。
言い切った。なんとか友達になって欲しいという事が伝えられた。ひとつ山場を乗り越えた私は、途端に顔が熱くなってゆくのを感じる。
2人は、キョトンとした顔で顔を合わせ、不思議そうな視線を交わす。
やはり、ダメだっただろうか。そんな不安が込み上げてきて、居心地の悪さを感じる。
しかし、そう思ったのも束の間で、2人から笑顔が溢れてくる。
「そんなにかしこまらないで下さいよ〜!そんなの、当たり前じゃないですか〜」
「ていうか、私たちはもう友達だったつもりだけどね」
そう言って貰えたことが心から嬉しくて、私の世界に光が差す。
「明日もまたお話しましょう!」
「明里さん、今日はありがとう。また一緒にお話しようね」
2人はそう言って家の扉を開ける。その最後に手を振って貰え、私も手を振り返す。
一人になった私は、小躍りしながら逆方向へと歩いてゆく。
気が楽になって、足取りが軽かった。
自分に、友達が出来た。ルカちゃん以外の、同学年の友達が。
先程までの二人の顔を思い出しては、勝手に口角が上がってしまう。生まれて初めて、ルカちゃん以外の人と友達になれたということは、私にとっては大きな出来事であり、気持ちが高揚した。
高校生活が始まってから三ヶ月。やっと私は、ひとりぼっちじゃ無くなったのだ。
穂乃果の言っていた通り、新しく友達というものが出来ると、寂しさも癒えて、気分がいい。
今日、穂乃果に電話しないとな。私でも友達が出来たこと。友達といると、寂しさも掻き消えること。
そんなことを思いながら、私は1人家路を辿り、つい浮かれてしまうのだった。
もう7月の気候は温かく、帰り着く頃には軽く汗を浮かべていた。
家に帰ると、私は真っ先に穂乃果に電話をする。
電話は3コールで繋がった。どうやら穂乃果も今しがた帰ってきたようで、暇を持て余していたらしい。
今日あったことを一から説明する。お昼にみゆきちゃんと花梨ちゃんと出会ったこと。一緒に帰ったこと。ふたりと、友達になれたこと。
嬉しい話をする時は口がやたら流暢に回り、突っかかることも無く言葉が出てきた。話していて少し気恥しいが、私にとっては大きな第一歩だった。
「随分嬉しそうに話すね〜。本当に良かったよ」
一通り今日あった出来事を話し終えると、穂乃果は安心したような口調でそう言う。
「べ、別に嬉しいわけじゃ…そうだけど…」
気が舞い上がってしまい、声のトーンが上がっていた。途端に恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなる。
穂乃果からのアドバイスを聞いて良かった。先日まではすっかり落ち込んでしまっていたが、それ以上に楽しいことがあると、寂しさも上書きされる。
「けど、明里がこんなこと私に話すのも初めてじゃない?少しは懐いてくれたみたいで、お姉ちゃん嬉しいよ〜」
少し小馬鹿にするような言い方にムッとするが、言われてみれば確かにそうかもしれない。
今までは楽しいことや悲しいことがあったら、真っ先にルカちゃんに話していた。先日から、少しは穂乃果に心を許している自分に気がつく。
「あ、あのさ。穂乃果は私の事、友達と思ってくれてる…?」
ふとそんな疑問が頭を周り、おずおずと聞いてみる。
私は今まで、穂乃果を友達だなんて思っておらず、むしろ邪魔者くらいにしか思っていなかった。
そんな穂乃果だが、今までこうして親身に話を聞いてもらって、少し申し訳なさもあった。
「は?何言ってんの?」
今まで邪険に扱ってきてしまったから、やはりそんな事は無いかと思うと、少し落ち込んでしまう。
「そんなの、当たり前じゃん!」
しかし、穂乃果からの返答は自分の思っていたこととは真逆なもので、そう言って貰えたことに嬉しさが込み上げてくる。
同時に、なんでそんなことを聞いてしまったのかと、自分で自分が恥ずかしくなり、声が萎む。
「あ、えっと…その…ごめんなさい…」
心の中で勝手に穂乃果はそうは言ってくれないだろうと思い込んでいたことに、罪悪感が生まれる。反射的に私は、穂乃果に謝ってから肩を窄める。
「こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうだろ〜」
続けて穂乃果はわざとらしい声を出す。
「お姉ちゃん寂しくなっちゃうぞ〜」
そんなおどけた調子の声を聞くと、またひとつ笑みが溢れてきた。
「ふふ…バカ」
「な!?バカとはなんだバカとは〜!」
電話の向こうで穂乃果は怒っているが、私はその感じが楽しかった。穂乃果と友達で良かった。自分でもらしくないなと思いながら、それが心からの思いだった。
穂乃果への認識が邪魔者から友達へ代わり、また一人友達が増えたということに、嬉しさが込み上げてくる。
「よし。せっかく明里に友達が出来たんだ。これはお祝いしてあげないとな。てわけで、明里って明日は暇?」
突然そう言われて私は面を食らい、明日の予定を考えてみる。
「あ、明日はなにもないけど」
「じゃあ決まり!近所に気になる喫茶店があってさ〜」
穂乃果はひとりで話を進め、トントン拍子で予定が建てられてゆく。
「お、お祝いって。別にいいよ、そんなことしなくなって」
「いいからいいから!私もその喫茶店気になっててさ〜。ひとりで行くのもちょっとって思ってたから。ね?いいでしょ?」
まるで親にねだるかのように穂乃果は聞いてくる。私はそういうのはいいと言いつつも、穂乃果も引かない。
結局穂乃果に流されてしまい、明日の休日は穂乃果と喫茶店に行くことになった。
「それじゃあ明日駅で待ち合わせね。ばいば〜い」
そう言って穂乃果は電話を切る。音のしなくなったスマホを片手に、私はベッドに倒れ込む。
明日は、穂乃果とお出かけか。
考えてみると、穂乃果と、それも二人っきりで遊びに行くなんて初めてのことで、妙に緊張してしまう。
なにかドキドキと胸を揺するものがあった。なんとも言えない焦燥感を抱きながらも、明日という日を待ち望んだ。
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