懐かない仔犬の恋心

コヂマ

第1話

立春を過ぎてまだ透明感のある寒さの続く2月の中旬。鉛色の雲が空を覆い、時折吹く寒い風が頬を撫でる。息を吸うとヒンヤリと冷たい空気が肺を満たして、身体の内から寒さを感じる。ポケットに忍ばせたカイロはすっかり熱を無くし、ただの砂袋となっていた。


普段なら1歩足を踏み出す度に、その寒さに身を凍えさせて、歩くことを億劫になるような気候だったが、そんな寒さに構う暇もなく、私は足を走らせ続けた。首元に巻いたマフラーが擦れて、少しくすぐったい。


念願叶ってルカちゃんの通う『大和高校』に合格した私は、この吉報を彼女に伝えたく、合格発表からそのまま彼女の家に向かっていた。両親には先程電話で報告をしたが、彼女にだけは、1番の友達であるルカちゃんにだけは、直接口頭で伝えたかった。


白い息を雲のように吐きながら走ること5分弱。末次という表札の掲げられた家の前で足を止める。レンガ張りの可愛らしい外壁と庭先にいくつかのプランターが並べられて、カーポートには鮮やかな赤色のシトロエンが停められている。いつもの見慣れたルカちゃんの家だ。


切らした息を整えながらインターフォンを鳴らすと、玄関からルカちゃんのお母さんが出てきて、家に上げてくれる。


「受験発表お疲れさま〜!どうだった?」


そう聞かれると、私は答えることなく、ニコリと微笑む。私の表情を察して、ルカちゃんのお母さんも「良かったわね〜」と言ってくれる。


「寒かったでしょう?ルカ、部屋にいるから、上がっていいよ」


その言葉に礼を言って、靴を揃えてから階段を駆け上がる。足取りが軽く、普段よりも階段の段数に物足りなさを感じてしまう。


階段を上がってから1番手前がルカちゃんの部屋だ。白木目にルカという手作りのネームプレートの下げられた扉を目の前にして、ひとつ大きく深呼吸をする。高校受験の面接の時を思い出して、少し緊張してしまうが、決して嫌な感覚ではなかった。


丸いドアノブをギュッと掴んで、そのまま時計回りに回して、大きく扉を開け放った。


「ルカちゃん!大和高校、受かったよ!」


普段とは対照的な明るい声に、自分でも少し驚いたが、そう言い放つとほぼ同時に、部屋には沈黙が訪れて、それ以上に驚くべきものを目の当たりにした。


見慣れた四畳半の部屋にいたのは、ベットに腰掛けるルカちゃんと、その横に座り、ルカちゃんの肩を両手で掴み、顔を覗き込んでいた女の姿。私は硬直し、自分の知らない存在の人間に、ただ困惑した。


「あ、明里〜!寒い中お疲れ様〜!受験、どうだった?」


ルカちゃんがそう声を掛けてくるが、その言葉は耳を通り抜けて、右から左へと抜けてゆく。見知らぬ女へ意識が集中し、問いかけに答える余裕が無かった。


女はルカちゃんの肩をぎゅっと掴んだまま、ルカちゃんと吐息がぶつかり合いそうな間合いに顔を寄せていた。


まるで、口付けでもするかのように。


口付け……キス……きす……キッス!?!?


そう意識した瞬間に私の顔が噴火した。全身の血が一瞬にして駆け上ってきて、顔から煙が出そうだった。


「な…なななな…ななななななな何してるの!?」


色々と聞きたいことが積み重なって頭蓋骨をぶち破ってしまいそうになったが、まずはルカちゃんの身の安全を確保すべく、2人の間に割り込んで、謎の女からルカちゃんを遠ざける。


改めてルカちゃんを見ると、上半身の服を乱れさせ、まとっていたシャツが着崩れている。まさか、つい先程までこの女にいかがわしいことでもされていたのではないだろうか。そう思うとより一層危機感が増して、目の前にいる不審者を鋭く睨みつける。


「ああ、この子がルカの後輩の子〜?」


馴れ馴れしくルカちゃんに話しかけているが、お前はルカちゃんの一体何なのだ。つい先程までルカちゃんを手篭めにしようとしてたというのに。その声は癪に障るほど脳天気なもので、神経が逆撫でられる。


「そう!この子が話した明里だよ〜!ちっちゃくって可愛いでしょ〜!」


女から距離を取り、神経を張り詰めさせていると、そんな事はお構い無しに後ろからギュッと抱きしめられる。飼い犬でも抱きしめるかのような優しい腕の締め付けに心地良さを感じるが、今はそれどころでは無い。


というかルカちゃん、襲われていたというのに、なんでこうものんびりしていられるんだ。天然で抜けていて、危機感のない女の子ということは分かっていたが、まさかここまでだったのか。あと、ちっちゃいとはなんだ。


「確かに可愛い子だね〜!私、後輩の友達っていないから、羨ましいな〜」


女はベッドから立ち上がって、距離を詰めてくる。1歩足を踏み出してくる度に、私の感情は爆発する。


「こ、これ以上ルカちゃんに近寄るな!お、お前、ルカちゃんを一体、ど、どうするつもりだ!?」


3歩こちらに歩み寄ってきたところで私は怒りの声を上げる。普段怒りで声を荒らげるなんてことは無いし、人に怒鳴ったこともないが、迫り来る危機に咄嗟に声が出た。


「ありゃりゃ…一体どうしたんだ?」


女は困った表情で、何も分かっていないように振る舞う。この期に及んでなにをとぼけているのだ。この暴漢め(女だが)。


「あ、紹介がまだだったね〜」


ルカちゃんは相変わらずのんびりとした声でそう言う。


「この子は穂乃果ちゃん!同じクラスの友達だよ〜!今日明里が来るから、紹介したくて呼んだんだ」


「と…友達?」


ルカちゃんの言葉に拍子抜けする。


「はじめまして。私、ルカの友達の長嶺穂乃果。よろしくね、明里ちゃん」


そう言うと穂乃果という女は私の前に立つ。脚を屈ませて、目線を合わせると、長い髪を後ろに払い、明るい表情で自己紹介をしてくる。


友達ということは、私の思ったような暴漢(だから男じゃない)ではないということか。それなら、さっきまで何をしていたのだ。


「る、ルカちゃん、今、何してたの…?」


声の震えを抑えながら、今まで何をやっていたのか聞いてみる。紹介したい人と言っていたが、まさか、友達以上のなにか、ということだろうか。


「え?なにって?服の中にお菓子が入っちゃって…穂乃果ちゃんに見てもらってたんだけど」


服の中にお菓子が入り込んだ。そう言うルカちゃんの脇には、確かに個包装のチョコレート菓子が置かれており、先程までコレを食べていたということが伺える。


「あ、あった!あ〜ん!」


ルカちゃんは服の端っこの方に転がっていた菓子を拾い、口に運んでゆく。


ということは、ルカちゃんの服がはだけているのは、入り込んだお菓子を探っていた、ということか。


なんだ、そうか。それだけの事だったのか。ということはなにか乱暴をされていた訳ではないらしい。それが分かると心の底から安堵すると同時に、真っ先にやましい事を想像してしまった自分に恥ずかしさが込み上げてきて、また顔から火が出そうになる。


「なんだ〜?ルカを取られて、ヤキモチを妬いちゃったのか〜?」


穂乃果という女がニヤニヤしながらこちらの顔を伺ってくる。


そんなことで騒いでいた訳では無いが、改めて、コイツがルカちゃんの友達ということを思い知ると、少しモヤモヤとした念が生まれる。


ルカちゃんの隣にいるのはいつも私で、この部屋の景色は私だけが見慣れたものだと思っていた。それが自分だけじゃなかったのだと思うと、確かにヤキモチを妬いてしまう。


そんな心の内を見透かして、嘲笑うかのように穂乃果は口角を上げる。


「可愛いやつだな〜、よしよし」


そう言って微笑んで、柔らかい手を頭に乗せられる。まるで仔犬でも触るかのような手使いに視界が少し揺れる。


あまりにも露骨な子供扱いに、イライラが募ってゆく。


それに初対面だと言うのにあまりにも馴れ馴れしくはないか。ついでに目の前で揺れる豊かな双丘がより一層嫌味さを増しており、ついに私の堪忍袋の緒が切れた。


「ふんっ」


目の前で揺れるふたつの肉塊に向かって思い切りビンタする。穂乃果は驚きと乳に走った痛みにビクンと震えて、ようやく私から距離を置く。


「いった〜!何するんだよ〜!」


穂乃果は乳を叩かれた痛みと恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして私を睨みつけてくる。


子供扱いされるのは嫌いだ。そんなこともお構い無しに頭を撫で回してきて。いきなり馴れ馴れしく間合いを詰めてくるこの感じは、私が1番嫌いなタチだった。


せっかくルカちゃんに逢いに来たというのに。2人きりの時間を邪魔されたと思うと、尚更怒りが湧いてくる。


「こ、子供扱いしないで!私はもうそんな歳じゃない」


私だって今年で高校生になるのだ。いつまでもそんな甘やかされる歳ではない。それに背が低く、子供らしく思われるのは人一倍気にしているコンプレックスで、それを安易に触られた私は刺々しく言葉を放つ。


「あはは〜、早速仲良くなってくれてよかったよ〜」


そんな私たちを見て、ルカちゃんは脳天気な声を上げる。一体どこをどう見れば仲良くなったと思うのだ。


私にとって穂乃果という女は敵という認識になり、最悪な出会いとなった。




高校生活が始まってから、私はクラスでいつも一人だった。


人と話すことは慣れないし、わざわざ自分から誰かに声を掛けに行くこともない。ひとりでいることは慣れているが、寂しいという感情が全く無い訳では無い。


客観的に見て、自分はクラスで孤立しているな、とは思いつつも、別にそれでも構わないと思っていた。私には、ルカちゃんがいるんだから。


昼休みになると決まって上級生の階に行き、ルカちゃんの教室を覗き込む。扉から一番近い先輩が私を見つけ、ルカちゃんを呼ぶ。


「ルカー。いつもの子来たよー」


上級生のクラスの人達からも、休み時間に私が来ることが当たり前となっているようだった。


「あ!明里〜!」


ルカちゃんは机から立ち上がって、パタパタと手を振りながらコチラにやってくる。それと同時に、ルカちゃんの机の周りを囲っていた人集りは散りじりになる。中には男子も居て、私から目を逸らしながら自席に戻ってゆく。


ルカちゃんはその話しやすい口調と柔和な性格から、男女問わず好かれており、よく人集りの中心にいた。そんな中私に向かって一目散に走ってくる姿は、まるで小動物のような可愛さを持っており、何より、私のことが一番だと思われているような優越感もあった。


ルカちゃんはいつも笑顔で私の事を受け入れてくれる。私にとってルカちゃんは唯一の友達で、他に話す人もいないし、欲しいとも思わない。ルカちゃんさえいてくれれば、それ以外にはなにもいらない。


今日もお弁当を一緒に食べようと思って、右手にはお母さんから貰ったお弁当を持ってきた。


一緒に机を囲んでお弁当を食べる。いつも通りの事だった。


「お、明里、今日も来たのか〜」


そして、いつも通りやってくる穂乃果。ルカちゃんと一緒に居ると決まってコイツもやってきて、間に入ってくる。


「…なんでまた来たの」


「なんだよ、せっかく来てやったのにその態度」


そう言って頬を膨らませる穂乃果。また私の頭を撫でようとしてきては、ソレをパチンと叩いて落とす。


別に来て欲しいなんて思っていない。むしろルカちゃんとの時間をまた邪魔されてしまい、ムッとしたいのはこっちの方だ。


本当なら追い払いたいところだが、前々からそうしても穂乃果はしつこく付きまとってくる。もういちいち追い払う気も起きず、半ば諦めながらため息をついた。


結局3人で机を囲む形となって、ルカちゃんはお弁当を広げる。


「ルカちゃんは今日のお弁当なに?」


穂乃果のことなんて気にもせず、ルカちゃんのお弁当を覗き込む。


卵焼きやプチトマト、タコさんウインナーや小さなハンバーグなんかが入れられて、ご飯にはルカちゃんの大好きなふりかけが満遍なく掛けられている。可愛らしく装飾のされたお弁当は、少し子供らしくも見えたが、ルカちゃんは目をキラキラと輝かせている。


私も自分のお弁当を広げて、ルカちゃんに今日はどんな授業をやったのか聞いてみる。


「今日はどんなことをやったの?」


「んーっとね。世界史と化学の授業があって、相変わらず今日も眠い1日だったよ〜」


「ルカ、授業中だといつも寝てるもんな〜。いつ先生に怒られるか分かったもんじゃないから、見ててヒヤヒヤするよ」


穂乃果が間に入ってそう言ってくる。別にお前には聞いていないと思いつつも、爆睡して怒られるルカちゃんの姿が容易に想像出来て、気が思いやられる。


ルカちゃんはいつもそんな感じだ。常にふわふわとして掴みどころがなく、見ていて危なっかしい。天然という言葉がピタリとハマるような性格で、一人ではなにをしでかすか分からない。


どこかに遊びに行こうとしても、その計画を立てるのは決まって私で、いざ遊びに行った時も、見ていてハラハラする。


靴下を左右間違えて履いてくるのは日常茶飯事で、いつだかはパンツを履き忘れて来たこともあった。それもスカートで。


あの時は流石に肝が冷えた。遊びに行くスケジュールも全て忘れて、恥ずかしがるルカちゃんの盾になり、その最中、どんな微風でも神経を張り詰めらながら帰宅して、私も参った。


そんな危なっかしい子だからこそ、私がしっかりしておかないと。自分で言うのはアレだが、私は結構しっかりしている方だと思う。待ち合わせには決まって一番に着くし、テストの点数だって上位の方だ。私とルカちゃんは言ってみれば正反対の性格だが、だからこそルカちゃんと一緒に居ると楽しいし、自然と笑みが溢れてくる。


ルカちゃんにはもっと色々と頼って欲しい。私だけがルカちゃんの一番の友達でありたい。


そう思うと穂乃果は目の上のたんこぶといった感じで、正直うんざりしていた。


ライバル意識というと少し違うような気もするが、ルカちゃんの同学年の友達だということを思うと、胸の内が少し痺れる。


穂乃果をムッと見つめると、目が合う。


「ん?どうしたの〜?」


穂乃果は私の気なんて知らなそうに、脳天気な声を上げる。


「ううん。別に。ルカちゃん、この後の授業は?ちゃんと教科書持ってきた?」


学校はまだ終わった訳では無い。むしろ昼食を採ったあとの授業こそが、ルカちゃんにとっては一番の鬼門だ。言わずもがな、お腹いっぱいになって眠りこけてしまうからだ。


「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。明里は心配性だな〜」


なんて呑気なことを言って微笑んでいるが、本当にルカちゃんのことが心配だった。テストも近い事だし、また補習を受けて、一緒に帰れなくなってしまうことを想像し、それは嫌だなと思った。


「明里は本当にルカのことが大好きだよな〜」


また穂乃果が私の頭を撫でようと手を伸ばしてくるが、頭に手が乗る寸前で叩いて阻止する。


「なんだよ。ちょっとくらいいいじゃないの」


穂乃果はなにかとつけて私の事を撫でてこようとする。それだけでは無い。後ろから抱きついてきたり、ちょくちょく私にちょっかいを掛けて来ては、私はそれを拒む。


穂乃果には後輩の友達がいないらしく、年下の私を可愛い後輩とでも思っているようだったが、私からすると鬱陶しい。穂乃果はスキンシップだと言うが、子供扱いされているとしか思えず、それが嫌だった。


「やめて。撫でられるの、好きじゃないの」


冷めた口調で突き放すと、今度はルカちゃんが口を開く。


「え〜?嘘だ〜。明里こうして撫でられるの大好きでしょ〜」


そう言って今度はルカちゃんが手を伸ばしてくる。私はそれを拒むことなく、頭に手がポンと乗せられる。そのまま仔犬を愛でるかのように心地のいい感触が髪から頭を伝ってきて、その感触に安心感を覚える。


「ほら〜。明里はナデナデが大好きだもんね〜」


とはいえ、人前で頭を撫でられるのは恥ずかしい。私の顔は熱くなって、ドギマギとしながらルカちゃんを止める。


「や、やめてよ。人前で、恥ずかしいよ」


口ではそういうものの、その手を静止させることは出来なかった。内心では、もっと撫でて欲しい、もっと触れて欲しいとさえ思ってしまう。


「え〜、そんなこと無いよ〜。明里、髪もサラサラで撫で心地いいし、可愛いし〜」


恥ずかしいながらもルカちゃんの愛撫を甘んじて受け入れる。もう恥ずかしさで耳まで熱くなっていた。


「ほんと、明里はまるで仔犬みたいだよな〜。懐くととことん心を許すのに」


穂乃果からそう言われまた少しムッとする。子供どころか、犬扱いされるとは。それに自分はそんな可愛いものでも無いと思いながら、モヤモヤとした感情を浮かべる。


そうこうしているうちにお弁当を食べ終えて、昼休みが終わる鐘が鳴る。私は少し名残惜しいとも思いながら、自分の教室に戻ってゆく。


今日もルカちゃんと話が出来て楽しかった。先程までの楽しい時間を噛み締めながら、今度は放課後を待ち遠しく思った。もちろんルカちゃんと一緒に帰れるからだ。私たちは部活動もアルバイトもしていないし、帰る方向も同じなので、いつも一緒に登下校していた。


それにルカちゃんは、ひとりで帰らせると危ない。野良猫や蝶々を追って迷子になったり、空いていた側溝に足を落としたり。ただ一緒に帰るというだけでも、ルカちゃんを無事に家まで送るというのは、重要な任務だった。


私は少しやれやれと思いながらも、そんなルカちゃんが大好きだった。


小さな頃からずっと一緒で、どっちが年上か、時々分からなくなる。昔から変わらない。ルカちゃんには手を焼くが、そんなことも心地よく、今の関係がとても大切なものだった。




そんな毎日が過ぎていって、6月の終わり頃。


放課後になり、いつも通りルカちゃんの教室に行って、一緒に帰ろうと誘う。


「ルカちゃん。一緒に帰ろう」


ルカちゃんと一緒に帰路をたどり、今日1日の出来事を語り合う。いつも通りの事だった。


しかし、今日のルカちゃんは、申し訳なさそうに、どこかよそよそしいような素振りを見せて、いつもと違った。一体どうしたのだろうか。


「ごめんね明里。今日は、斉藤くんと一緒に帰ることになっちゃって」


そう言ってルカちゃんの後ろから一人の男が「やぁ」と声を掛けてくる。自分より20センチは高い身長と、整った顔立ち。シンプルにかっこいい人だが、それ以上に、今の状況が理解出来ずに面を食らう。


「あ、ごめんね斉藤くん。それじゃあ明里、また明日」


ルカちゃんと斉藤という男はとても親密そうな雰囲気で、楽しそうに話しながら帰ってゆく。その様子を見た私はただ呆然と立ち尽くして、なにが起こったのか飲み込めなかった。


斉藤くん?誰?ルカちゃんの友達?ルカちゃんの一体、なんなの?


様々な思いが浮かび上がって、今すぐにルカちゃんの腕を掴んで、聞きたくなった。


しかし、目の前にいたルカちゃんは既に階段を降りており、引き止めることも叶わずに、私はただ呆気にとられた。


「あ、明里!見たかよルカのあの感じ!まさか斉藤くんと付き合うことになっただなんて聞いて、なんだとーってクラス中で話題になっててさー」


穂乃果が私を見て駆け寄ってくる。


「知ってる〜?アレはバスケ部の斉藤くん。クラスでも委員長をやってるしっかり者でさ〜。まさかルカなんかと付き合うだなんて思ってもみなかったよ」


穂乃果は不満げになにか言っているが、そんなことはなにも聞いていない。聞く暇がなかった。いや、暇というより、余裕が無かった。


ルカちゃんが、男と付き合う。確かにそう耳に入ってきた話を聞いて、もう一度心の内で復唱する。


付き合う。ルカちゃんが、あの男と。自分の知らない誰かと。同じことを何度も何度も心の内で復唱しては、どんどんと周りが暗くなってゆき、次第に視界は真っ暗になる。


去り際にルカちゃんが男に見せていたにこやかな表情は、自分の見た事のないルカちゃんの姿であり、そんな姿を自分以外の誰かに見せていると思うと、なんとも言えない気持ちに支配された。


嫉妬?怒り?悲しさ?なんと言えばいいのか分からない感情が渦を巻いては、私の脳にこびりつく。


ルカちゃんの彼氏。ルカちゃんは、あの男の彼女。


「あのルカの恍惚とした表情見たかよ〜?まさかあんなふわふわしたヤツが、あんなしっかり者を射止めるなんて〜」


穂乃果がなにか言っていたが、もうなにも聞こえていない。多分愚痴だったと思う。そんなこと以上に私は、ルカちゃんが誰かと付き合うという事実を受け入れることが出来ず、カタカタと震えていた。


途端に、頬に生暖かい感触が一線伝い、私を現実に引き戻す。気がつくと目からは涙がポロポロと溢れてきては、頬を伝っていっていることに気がついた。


「ちょ、ど、どうしたんだよ明里」


一人涙をこぼしてゆく私を気にかけ、穂乃果が声を掛けてくる。


悲しかった。悔しかった。ルカちゃんは、もう、自分だけのルカちゃんじゃないんだ。好きになった人が出来たんだ。そう思うと、無性に涙が止まらない。


「そ、そりゃああんなフワフワした子でも、あんなカッコイイ彼氏が出来たからって…な、泣くことはないだろう」


違う。そんなことで泣いているんじゃない。ルカちゃんに先を越されたとか、そんなことを思っているのでは無い。大好きな友達のルカちゃんが、私以外の、私より大事な人が出来たということに、涙が止まらなかったのだ。


いつも笑っているルカちゃんの隣には私がいて、他愛のない会話を楽しむ。それが普通だった。そんな日常が音を立てて壊れてしまったことに、私はただ嗚咽した。


もう、ルカちゃんの隣にいるのは、私じゃないんだ。


唯一の友達を取られてしまった私は、ただずっと啜り泣くことしか出来なかった。


そんな私を見て、穂乃果はなにを思ったのか、ぎゅっと優しく抱きしめてくる。


子供をあやすかのような優しい手触り。いつもなら乳をビンタして引き剥がすが、今はそんな気も起きない。


一体、穂乃果はなにを考えているのか、どうして私を抱きしめているのかは分からなかったが、その優しい腕の締め付けは、少しだけ心が安らぐような気がした。





夜。私は自室のベッドにうつ伏せになり、ずっとルカちゃんのことを考えていた。


ルカちゃんに彼氏が出来た。ルカちゃんが、一番大切な人を見つけた。その事実にただ悶々とし、なにもする気力が湧かなかった。


本当ならこんな時、ルカちゃんの幸せを祈って、彼氏と上手くいくことを願うのが友達というものだろう。


しかし私は、到底そんな気にはなれず、モヤモヤと黒い感情まで生まれてしまう。


そんな男、すぐ別れてしまえばいいのに。


ルカちゃんにとって最悪の未来を想像してしまう自分に寒気がして、自分自身が嫌になる。私は、なんて醜いやつなんだろうか。


今まで、天然なルカちゃんに悪い虫が寄ってこないようにルカちゃんを守ってきたつもりだったが、そんなことも、ルカちゃんからしたら、ただのお節介だったのかと思える。


私は、ルカちゃんの一体、なんなのだろう?ただ漠然とそんな疑問が頭に昇る。


私は、ルカちゃんの一番の友達であり、ルカちゃんとって一番大切な人間でありたかった。そんなルカちゃんに彼氏が出来たというのは、私はもう、要らない人間だと言われているような気もしてしまう。


私は、本当に、ルカちゃんの何なのだろうか。


少なくとも私は、もうルカちゃんの友達とは名乗れないだろうと自身を蔑む。


私はルカちゃんの友達失格だ。ルカちゃんの幸せも願えないなんて。


ルカちゃんの隣に居た斉藤という男を思い出すと、また胸がムカムカする。


羨ましいとも悲しいとも、悔しいとも言えない感情。僻みや妬み、憎しみにも近いような感情も入り交じっては、ドロドロと胸を込み上げてきて、窒息しそうになる。


こんな気持ちになるなんて思わなかった。今までルカちゃんとしか会話してこなかった私にとっては、ルカちゃんは私の全てであり、自分の存在意義を見失ってしまったような気がした。


ルカちゃんの後ろ姿と、男と楽しそうに笑いながら帰っていく横顔を思い出すと、なんとも言えない虚しさが私を支配し、胸にぽっかりと穴が空く。


自分がこんなに独占欲が強いとは思わなかった。


こんなんだから私は、友達も出来ないんだろうな。本当に私は、ダメなやつだ。


そう思いながら目を閉じると、そのまま眠ってしまったらしい。




朝。いつの間にか眠ってしまっていた私を襲ったのは、若干の頭痛と身体の怠さ。関節の節々が痛み、起き上がるのが億劫になる。


どうやら風邪を引いてしまったようだ。いくらもう暖かい気候だったとはいえ、布団にも入らずに寝たのが良くなかったようだ。


熱を測ってみると、37度4分。そこまで大した症状ではない。


吐き気なんかがあるまでは行かないが、母に伝えたら学校を休むように言われた。


私は朝ごはんを採ってから薬を飲んで、ベッドに身を包む。


ベッドに入って、ため息をひとつ。風邪が辛い訳ではなく、それ以上に精神的に参っていた。


今頃、ルカちゃんはなにをしているだろうか。今日はルカちゃん、一人で起きることが出来ただろうか。


もしかしたら、斉藤という男と一緒に登校して行ったのかもしれない。今頃楽しそうに話をしながら、笑いあっているのかもしれない。そう思うとまたため息が出てしまった。


なんだか、このままずっと学校に行きたくない。これからルカちゃんに、なんて声を掛ければいいのか、分からなかった。


もうルカちゃんと楽しく会話をすることも叶わないのだろうか。そう思うと、せっかく受かった学校にも行く意味が無くなってしまい、このまま引きこもりにでもなってしまうのではないかと、自分で自分が不安になった。


結局、ろくに眠ることも出来ず、時刻は17時過ぎ。


「明里、友達がお見舞いに来てくれたわよ」


母からのその言葉に私は飛び起きて、心が踊った。


ルカちゃんが来てくれた。きっとそうだと私は思った。さっきまでの身体の怠さは嘘のように吹き飛んで、軽い足取りで階段を降りていった。




「で、なんで来たの?」


「失礼なやつだな〜!せっかく見舞いに来てやったってのに」


お見舞いに来てくれたのは穂乃香1人だった。本当はルカちゃんも来てくれるはずだったが、補習で来られないということを聞いて、私は残念だった反面、ルカちゃんも私のことを気にかけてくれてるということが分かると、少し心が解れた。


「風邪だって?暖かいからって油断して…気をつけろよ〜」


「…うっさい」


沈黙が漂う部屋の中で、枕を抱き抱えたまま、私は意を決して聞いてみる。


「ねえ、ルカちゃんの付き合った人って、どんな人?」


私がそう口を開くと、穂乃果は得意げに話す。


「ああ、斉藤くんのこと?クラスの委員長で、かなりイケメンなんだよな〜!それだけじゃなくて、優しくて面倒みもいいし、後輩にも慕われてる人だよ。あのフワフワしたルカの面倒を見れる、いい人だよ」


どうやら斉藤という男はかなりの好青年のようで、穂乃果からの評価も高い。話を聞く限り、身体目当てで言いよってきた男じゃなさそうと思うと少し安心するが、それでもやはりモヤモヤが取れるわけではない。


「その……ルカちゃんは、その、楽しそう?その人と一緒に居て」


沈黙が耐え難く、それを避けるように言葉を紡ぐ。


「え?ああ。そりゃあ、そうじゃないと付き合いなんてしないでしょう。最近じゃ、休み時間にはお互い会いに行っちゃってさ。特に話が合うから、一緒にいるだけで楽しんだってさ」


一緒に居るだけで楽しい。よかった。ルカちゃんが幸せなら、それでよかった。それでいい。そのはずなのに。


歯をぎゅっと噛み締めて、小さく震える。そうしないと、目元に滲んだ涙が溢れてしまいそうだった。


「明里ってさ、ルカのこと、好きだったの?」


突然、穂乃果からの素っ頓狂な質問に首を傾げる。


「そりゃあ、好きだよ。ルカちゃんは友達だから」


あまりにも当然の事だった。ルカちゃんの事は大好きで、それは今も昔も変わらなかった。そう答えると穂乃果はまた言葉を続ける。


「そうじゃないよ。友達以上に、恋愛感情的に好きだったんじゃないの?」


穂乃果の言葉に顔が熱くなる。


そんなことは有り得ない。ルカちゃんと私は女の子同士だ。それなのに恋愛感情を抱くなんて、異常だ。どうかしている。そう思って私は必死に否定する。


「そ、そんな変な感情じゃないよ。もっとこう、なんというか……」


仲のいい友達が取られてしまい、それが嫌だ、嫉妬していると言ってしまえばそれまでだが、そういうのとも少し違う。


ルカちゃんの中で、私より大切な人が出来た、ということに無性に腹が立ち、私はもうルカちゃんの一番では無いという事が、悔しかった。悲しかった。


もし穂乃果が他の誰かと付き合ったからと言って、こんな気持ちにはならないだろうと思うと、そもそも自分自身がルカちゃんの事をどう思っているのかも分からなくなった。


私は、ルカちゃんのことが好きなんだろうか。そんな当たり前の心にさえ自信持てなくなってしまう。


「私、ルカちゃんのことを、友達だとすら思っていなかったのかもしれない。こんな嫌な気持ちになって…」


自分の心も信じられず、醜い自分に涙が滲む。本当の友達なら、こんな嫌な感情に押し潰されるようなことは無いだろう。


「じゃあ、もしルカに、明里とキスしたいって言われたら、どうする?」


穂乃果からの突然の言葉に顔が熱くなるのを感じて、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。


「はぁ!?き、ききき、キス!?」


思わずそう叫んでしまい、抱きしめていた枕で穂乃果を打つ。


「そそそ、そんなことある訳ないでしょ!このエロ娘!不健全!淫乱!巨乳!」


自分でも訳の分からない事を言いながら、バシバシと穂乃果を叩き続ける。


「いたた、痛いっての!やめろって!例えばだよ例えば。もしルカからそう言われたら、どうだって言ってんの」


穂乃果は頭の上で腕を交差させて、叩かれる体勢を取りながら、私にもう一度聞いてくる。


「そ…それは」


穂乃果から言われたことを思い込んで、私はルカちゃんとキスをする事を想像する。


もし、ルカちゃんに、キスして欲しいと言われたら。


『明里…』


頭の中で思い浮かべたルカちゃんが、そう言って私に顔を近づけてくる。私はそれを拒むこともせず、ルカちゃんに身を委ねて…そこまで考えると、脳がパンクして、オーバーヒートしてしまう。


「い、いや、その……私は別に、嫌じゃ、ないけど…」


蚊の鳴くような小さな声を絞り出す。


嫌、というどころか、私はきっと受け入れるだろう。むしろルカちゃんからそんなことを言われたら、私は、してみたい。


ルカちゃんの唇。一体、どんな感触なのだろうか。無論キスなんてまだ誰ともしたことなんて無いのだが、その初めてがルカちゃんとなら…なんて思ってしまうと、決して嫌な感覚では無かった。頭の上で煙が立ち込めそうなくらい顔が熱くなって、黙りこんでしまう。


「本当に明里は仔犬みたいだな〜、飼い主にはベッタリだけど、それ以外には心を開かないってさ」


そんな可愛らしい言い方をされることに腹が立った。


仔犬だなんて、そんな可愛いものではない。自分はもっと、醜いやつだ。心の内でそう思った。


「けど、それならやっぱり、明里はルカのことが好きだってことだよ。別に人を好きになることは恥ずかしい事じゃないじゃん。相手が男だろうと女だろうと、関係ないよ。明里がルカのことを好きだって感情には、自信を持っていいよ。それに、友達と思って無かったかもなんて言ったら、ルカが可哀想だよ」


穂乃果の言葉が胸に刺さる。確かに自分は、何処にもやりようもない、どうしようもない感情を、ルカちゃんにぶつけてしまっていただけだ。


『そんな男、すぐ別れてしまえばいいのに』


昨日、ふと頭を過ぎった黒い感情。


自身の黒い感情までも大切なルカちゃんにぶつけていた事に恥ずかしさと情けなさが込み上げてきて、また瞳が潤ってくる。


「ルカちゃんは、こんな私でも、好きだと思ってくれてるのかな…」


そうポツリとつぶやくと、部屋の扉が大きく開けられ、見慣れた人影がコチラに飛び込んでくる。


「明里〜〜〜〜〜!大丈夫!?風邪引いたんでしょ!?熱は無い!?頭痛くない!?食欲は!?」


その正体はルカちゃんだった。顔を赤くして、目尻に涙を浮かべながら、パニクった表情で私の肩を持って、ブンブンと振り回してくる。


「だ、大丈夫だよ。けど…ブンブンやめて……気持ち悪くなる、吐きそう……」


激しく揺れ動く視界に平衡感覚が失われ、徐々に吐き気が込み上げてくる。


目を回しながらルカちゃんを見ると、息を切らして、額には玉の汗を浮かべている。学校から走って駆けつけてくれたのだろう。


「る、ルカちゃん、補習は?」


「そうなの〜〜〜!直ぐに明里のお見舞い行くつもりだったのに!先生に捕まっちゃって!私がいつも授業で寝てたからだ〜!ごめんね〜〜〜!!」


びええと泣き喚くルカちゃん。耳に刺さる程の大きな声は、心から私のことを想ってくれているということが痛いほど伝わってきて、その感覚に心が解けた。


いつものように、ただルカちゃんを見ているだけで落ち着き、抱きしめられる感触が心地よく感じる。


自分がルカちゃんにどう思われているか。そんなことは、この痛いくらいの身体の締め付けが証明していた。


気づいていなかった。自分が、ルカちゃんのことを、こんなに好きだったなんて。


泣き喚くルカちゃんを抱き返して、私は、心からそう思った。




ルカちゃんは私の無事を確認すると、泣き疲れ、安心すると同時に眠ってしまった。


「ルカのやつ、いつもは眠りこけてる癖に、今日はずっと起きてたぞ。明里が来ないから心配で、一年生のクラスまで聞きに行ってな。余程心配してたみたいだぞ」


そう聞くと、ずっと私のことを心配していたルカちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


日も暮れて、寝ぼけたルカちゃんを家まで送ると言って、穂乃果がルカちゃんの手を引っ張る。


「ほら、しっかりしろ〜」


「う〜ん…まだ眠い…」


立ってもなお寝ぼけたままのルカちゃんの手を引き、穂乃果たちは部屋から出てゆく。


私はその様子を見つめながら、玄関先まで見送りに出る。


「あの、穂乃果」


帰り際に私は口を開き、穂乃果を呼び止める。


「その、ありがとう」


穂乃果が話を聞いてくれたおかげで、大分心がスッキリとした。わざわざお見舞いにまで来てもらったことにも、私は礼を言う。


「え、明里からお礼言われるなんて、初めてだから怖いんだけど。今日は雪でも降るのか?」


「な、せっかく本気でそう思ったのに」


茶化されてしまいムッとするが、確かに私が穂乃果にお礼を言ったことなんて、初めてかもしれない。


「けどさ、また何かあったらさ、ルカばっかじゃなくて、私にも話してよ。いつでも相談乗るからさ」


いつもは毛嫌いしていた相手だが、そう言って貰えると本当に安心出来た。


「うん。ありがとう」


2人を見送り、玄関の扉を閉めると、私は自室へ行き、1人で考える。


私は、ルカちゃんが好きだ。


その気持ちに嘘はなく、またルカちゃんも私のことを好きでいてくれるということも分かり、安心したものの、やはりモヤモヤする。


自分はルカちゃんの1番でありたい。いや、1番の友達であるということには違いはないだろうが、それはあくまで、友達としての間だ。


友達と彼氏とを天秤に掛けて測るのはいやらしい話だが、優先順位で言えば、彼氏の方が比重が重いのは分かる。


出来ることなら、そういうものも含めて、自分がルカちゃんの1番でありたい。ルカちゃんの全てを独り占めしたい。ルカちゃんの全てを、自分のものにしてしまいたい。


そう思うと照れくさいが、それが心からの本心であった。


だからといってどうするか。ルカちゃんとその彼氏が上手くいかないことを望むか。そんなことは到底出来なかった。


生まれて初めての恋心。それも同性に対してということに葛藤し、気がつくと時刻は夜の11時。


『いつでも相談乗るからさ』


今日、帰り際に言われた穂乃果の言葉を思い出して、私はスマホを手に取った。


穂乃果の連絡先は、ルカちゃんから聞いたことがあった。連絡先を交換しても、連絡なんてする事ないと思っていたが、今日やっと役に立った。


「もしもし」


電話は直ぐに繋がった。穂乃果の声と水の滴る音が聞こえてきて、お風呂に入っていたのだと分かる。


「ごめん、急に電話して。相談したいことがあってさ」


今更なにか取り繕うこともなく、素直にそう言う。


「お、早速だな〜。どうした〜?」


髪を拭いているのか、ゴシゴシと髪の擦れる音が電話越し聞こえてくる。お風呂時に悪かったかな、と少し思いつつも、今すぐ自分の感情を話したい、そんな気持ちが勝った。


洗いざらい自分の感情を話す。ルカちゃんが好きだと言うこと。ルカちゃんが取られてしまい、嫉妬してしまうこと。私が、ルカちゃんの一番でありたいこと。心の内を誰かに話すというのは、それだけでも少し気が晴れる。


「明里は本当に寂しがり屋だな〜」


一通り私の話を聞き終えると、穂乃果は少し呆れたような声を上げる。


そういう訳では無いと反論したいが、こんな気持ちになっているのは、確かにそうかもしれないと納得してしまう。


「明里も彼氏でも作れよ〜。そうすればそんな寂しい思いとかしないで済むのに」


軽い口調でそうあしらわれる。


「か、彼氏?」


穂乃果からの提案に目が丸くなる。


彼氏か。そんなこと言われたって無理な話だ。彼氏以前に、人と接することが苦手で、ルカちゃん意外との交流を避けてきたのだ。話す男子が居なければ、彼氏を作るなんて夢のまた夢だ。男子どころか、女子の友達さえいない私には、到底無理な話だ。


「無理だよ。私、彼氏以前に、友達もいないんだから」


「そういえば明里って休み時間はいつもこっち来てたし、友達いないのか。それならさ、まず友達を作ったらいいじゃん」


なんでまたそんなことを。そう思いつつも聞いてみる。


「明里は今、ルカを取られちゃって寂しいと思ってるんなら、新しい友達とワイワイ出来れば、寂しさも癒してくれるよ」


「…そうかな?」


納得はできるが、なんか腑に落ちない。高校に入ってからもう3ヶ月も経つのだ。今更友達を作るとなると、少し気が引けた。


それにルカちゃんの代わりに誰かと話すというのも、なんか尻軽のように思えてしまう。


「いいのかな?まるで、ルカちゃんの代わりみたいにしちゃって」


なんだか、少し後ろめたい。


「別にそんな風に言ってるわけじゃないよ。明里、いつもこっちに来てるから、少し心配だったんだ。高校生なんて一生に1度しかないんだよ?今のうちに友達作って楽しんだ方が、絶対いいよ!」


そこまで言うのなら…私はそう思い、已然モヤモヤとした感情を抱えながらも、明日は学校で友達を作るのだと思い、眠りについた。



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