第19話 審判の刻

 やって参りました奴らの拠点。


 人知結晶だかなんだかを持ってた男を引き摺って帝都手前の街まで全速力で駆け抜けた。


 帝都近くから遥々国境付近まで来ていたのは、国外に逃亡すれば帝国兵が追って来にくいこと。そして、あわよくば王国に罪を被せることもできるからだという。小賢しいことこの上ない。拠点が遠いと知ったシェルネが男にビンタしていた。めんどくさいと。


 まぁこの街は帝都と同じ方角だったから、どの道立ち寄っていた。それを知って、シェルネもついでで済ませられるし面倒って程でもないかと考えを改めた。じゃあ何故ビンタされたのだ、と頬を摩っていた男が哀れだった。


 そして今に至り、俺とシェルネは上空から大きな建物を見下ろしていた。ガルター商会という大商会の本店だ。人知結晶のこと以外にも、随分と裏で悪どいことをしているらしい。情報を吐かせた後、道案内させた男は空から捨てておいた。


(でっけぇな)


「そうね。もっと小物かと思ってたけど、結構根の深そうな組織なのかも」


(やめとくか?)


「なわけ」


 一応聞いたが、回答は予想通り。寧ろ滾ってきたと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべている。


 俺もちょっとワクワクしてきた。こいつの影響なのか、俺の生来のものなのか。もしかしたら、新しい体の性質とかかもしれない。


(いくぞ!)


「ぶちかませぇ!」


 俺は空を蹴り一気に加速。シェルネが上空に放った雷撃のエフェクトも相まって、俺自身が稲妻の一条の様に大商会へと突撃する。ぶつかる寸前、シェルネがグングニルを真下に投擲し、大商会が縦に割れた。


 シェルネはグングニルを手元に戻し、ふわりと俺から飛び降りる。俺が一足先に着地。勢いそのままに着地したため、衝撃で床を破壊して瓦礫が舞い上がる。それが俺たちの姿を隠した。その間に体勢を低くし、獣が警戒する様なポーズを決める。


 遅れて着地したシェルネは、正面ーー店の奥側にあえて背を向ける。背面に回した腕で槍を構え、少しだけ上体を捻り、振り返る。練習した冷徹でクールそうな女王たる表情をつくることも忘れない。


 パニックに陥った者たちが逃げていく中、状況を見極めようとする者たちは俺たちの方へ注意深く視線を向けている。そこに店の外から近づいてくる野次馬も加わった。


 やがて隠されていた俺とシェルネの姿が顕になった。


「なっ……!?」


 俺の異様に、シェルネの風格に。


 言葉を無くしたのか、皆愕然と動かない。


((決まったぁぁぁぁぁ!))


 俺とシェルネは心の中でハイタッチを交わす。しかし、表情に出すことはしない。ニヤケそうになる口元を何とか抑えながら、カッコつけることをやめない。


「……」


 静寂が満ちる。


 雲間から漏れ出た光が、スポットライトのように俺とシェルネを照らす。


 息を呑み、呼吸すら忘れていた誰かが、ごくりと唾を嚥下した。


「ヴァ、戦乙女ヴァルキリー……」


 誰かが呟く。


 まずい。嬉しさのあまりシェルネの顔が限界だ。


「神話の、獣……」


 また誰かが呟く。


 恐らく俺のことんふっ、だろうけンフフッ。


「あ、貴女方は一体……」


 慌てて壊れた階段を降りてきたでっぷりとした脂っこいおっさんが、俺とシェルネを見て歩みを止める。たぶん一番偉い奴だ。見た目的に。片足を怪我しているのか両側から女に支えてもらっている。


「……審判は下された」


 シェルネの声が、静寂を揺らす。あまり大きくはない。だけどはっきりと通る、王族モードの時の作った声。


 ん?


 思ったよりも周りの反応が良かったからか、変なアドリブが始まったらしい。


「な、何を仰って……」


 ゴトッ。


 シェルネの手から落ちた黒い石が、脂のおっさんの発言を遮る。そう、人知結晶だ。


「ッ!?」


 言葉を詰まらせた脂のおっさん。その表情が驚愕に染まる。


 その様子を見た野次馬達が騒めき、有る事無い事憶測を撒き散らす。ガルター商会を中心に、タルローの街に喧騒が広がっていった。


「生命への冒涜、その罪……汝らの命で贖え……!」


 シェルネは脂のおっさんに背を向けたまま語る。その方がカッコいいから。


「……っ、黙って聞いていれば好き放題言いおって! 私よりも悪どいことをやってる連中なんぞ大勢いる! 貴様らが神の御使い、戦乙女だというのなら私より先に排除すべき者がいる筈だ! 神を騙る愚か者共め! 殺せっ! こいつらを今すぐに殺せぇっ!」


 脂のおっさんが声を荒げると、フードを目深に被った者たちが十数人、颯爽と現れた。


 戦士ってよりは暗殺者って言った方が合ってる。そんな雰囲気の奴ら。


(おい、こいつらやっちゃっていいの?)


 シェルネは何か悪巧みしてた筈だよな?


「そういう流れになっちゃったんだから、やるしかなくない? どうせクソみたいなやつらだし」


 シェルネが、俺にしか聞こえない小声で言う。


 そういう流れになっちゃった、で潰される大商会のこと考えたことあるぅ?


(じゃ派手にいっか!)


「もち!」


 足音を立てずに駆ける暗殺者共。


 俺たちの死角に周りこもうと数人が背後に回る。しかし残念だったな。俺は正面を向いている。そしてシェルネはカッコつけて後ろを向いている。今の俺たちに死角はない。


 シェルネが俺の体に触れ、俺の中に流れる神力を操作する。


 神力の操作は恐らく、本来はグングニルをコントロールする為の、グングニルに備わった力。それを利用して周囲を神力で満たす。


「……なんだ?」


 目には視えない何かがある。神力の範囲内に入った暗殺者共がそれに気づいたが、もう遅いんだなこれが。


 シェルネが右腕を天に掲げて神力に触れる。触れたものを星に縛りつける、星縛の腕輪のついたその右腕で。


「平伏せ……!」


 その瞬間、暗殺者共と脂のおっさん、脂のおっさんの部下っぽい奴らに超重量がのしかかる。


「ぐはっ!?」


 それらは須く地に倒れる。


 一斉に平伏した者たちをみて、神力の範囲外にいた野次馬たちが後ずさる。


「ほ、本物だ……」


 その声の意味を理解した者が膝をつき、頭を垂れる。後に続く様に、人々が頭を下げた。


「んふふっ」


 頭を下げてる所為で誰も気づいてない。シェルネの顔が嬉しすぎて大変なことになってた。ニマニマと、それはもう緩みきってる。


(シェルネばっかずりぃぞ、それ貸せっ)


「んー、どーぞー」


 ご機嫌なシェルネから迅雷の腕輪を借りて前足の指に嵌める。九夜の腕輪で作られた腕輪は、使用者にあったサイズへと自動で変化する。


「グルアァァァァァァァァァッ!」


 俺は空を駆け、宙で制止して雄叫びを上げる。そして叫びに呼応する様に雷撃を放ち、暗殺者共を焼いていく。


「か、神が怒っているのか……」


 轟音が鳴り響く中、俺はそれを聞き逃さない。素晴らしいリアクションだよ君ぃ!


 気を良くして雷撃を放ちまくってたら、暗殺者は既に息をしていなかった。一人を除いて。


 そいつは体を重力で抑えられ、雷を浴びてなお、俺を睨んでやがる。


 やべぇ……目がやべぇ。


(怖ぇよ!)


 俺は急降下して男に渾身の一撃を振るった。前足が男の腹を砕き、短い息と共に血を吐いて動かなくなった。


 そしてあっという間に、脂のおっさんだけが残された。


「ま、まさか本当に神の御使いだったとは……」


 この魔術溢れる世界においても、超常的な現象を前に脂のおっさんは認めるしかない。俺が神代の獣であり、シェルネが戦乙女であると。まぁ半分はあってんだけど。


 そして表情を引き締め、冷酷無比な女王の顔になったシェルネが脂のおっさんに近づく。


 その一歩一歩が奏でる足音は、脂のおっさんにとっては自らの人生の、民衆にとってはこの審判の終曲にも等しい。


 俺は、足を止めたシェルネの傍らに歩み寄る。


 シェルネが腕をゆっくりと振り上げると、神槍が浮かび上がり脂のおっさんの真上でその動きを止めた。


「や、やめ……」


 脂のおっさんが言い終えるより先に、シェルネの腕が振り下ろされる。連動して動いた神槍が脂のおっさんの胴体を貫き、汚ねえ叫びが響く。


「お願、いです、なんでもしますか、ら……!」


 意外にも脂のおっさんがしぶといのでシェルネが何度かグングニルで突き刺すと、漸く静かになった。


 それを見届けた民衆から、畏怖や崇拝といった様々な感情が向けられる。


「ちょっとロスカ、もう一回派手に暴れて」


 俺が気持ち良くなっていると、シェルネが小声で話しかけてきた。


(なんで)


「人知結晶に関係する資料とか奪ってくるから、その間誤魔化しといて」


(なる、まかしとけ!)


「ガァァァァァァッ!」


 そうして俺はシェルネから合図があるまで、空で暴れ続け、民衆からの崇拝の念で気持ち良くなった。

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シェルネ様のお通りだ! 現 現世 @ututugense

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