バジルソースの袋

フィステリアタナカ

バジルソースの袋

 小学生の頃から思っていた。僕がいなくなっても、この世の中は何事もなかったかのように時間が過ぎていく。僕はここにいる意味がよくわからなかった。

 ただ、学校から帰ってきて、今日の出来事を爺ちゃんに話すと、爺ちゃんは喜んでくれた。その時間が一番の楽しみであり、毎日生きていけたのだと思う。

 そして中学生になり、僕は両親から話しかけられなくなる。テストの成績もダメ、かといって運動ができるわけでもない。大学に行かなきゃダメだと世間体を気にする両親。僕は両親の自己満足を満たすためだけの道具であることに気がついた。そう、愛情の反対は憎悪ではなく無視。爺ちゃんしか僕の存在価値を認めてくれないんだ。


 ◆


[ピィーーーーーー]

「12時15分。書類にサインしますので、ご家族の方は受付で待っていてください」

「先生、ありがとうございました」


 爺ちゃんは優しい顔で眠り続けていた。


 ◆


 葬式が終わった2時間後、爺ちゃんは荼毘だびにふされて骨だけになる。僕は両親とでなく、親戚の伯父さんと一緒に骨を拾った。そして家に戻り、骨壺の収められた仏壇の前で黙祷をする。

 目を開けて爺ちゃんに聞く。そっちに行ってもいいかと。遺影に写った爺ちゃんは首を横に振っているように僕には見えた。


 僕は両親から逃れるかのように、外に出てフラフラと歩いていく。どのくらい歩いたかわからなかったが、いつの間にか爺ちゃんと遊んだ公園に辿り着いていた。

 桜が舞い散る公園。スケートボードに轢かれてそうになっている、まるで火の粉が降りかかった自分のような猫を助けて、安全な所に持っていき手元から離した。

 ベンチにはタバコを吸っているおじさんがいる。そして、おじさんは僕がいることに気がつき、手招きして僕を呼んだ。


「坊主、どうしたんだ?」


 僕は爺ちゃんのこと、そして今までのことを話す。そしたら、おじさんはピザを頼んでくれた。


「坊主に話すことではないのかもしれんが俺はな……」

 

 おじさんは自分のことを話してくれた。中学しかでれず、今はピザ屋でバイトリーダーをしているそうだ。バイトの高校生に馬鹿にされているが、あいつらは自分より弱い奴らを見つけて、優位に立ち、自分の存在を否定しないようにしているんだ。そんな人間にはなって欲しくはないが、今の坊主には必要なことなのかもしれないと、そう言っていた。

 僕にはこのおじさんの存在がありがたかった。見知らぬ僕を助けて慰めてくれようとしたからだ。

 僕は思う。両親は大学に行けと言っていたが、大学を出ても犯罪をする人がいる。人として生きていく大切なこと、そのことに学歴は関係ない。現に、僕はこのおじさんのお陰で心が楽になったから。

 ピザが届いて、おじさんは配達してきたバイトの高校生に馬鹿にされる。おじさんはそれを無視して、ピザの1ピースを僕に渡した。

 それから、2人でたわいもない話をする。最後におじさんは「気をつけて帰れよ。これ持っていけ」と言い、ピザに付いていたバジルソースの小さな袋をくれた。そう、おじさんはがんばって生きていけよと、お守りがわりにくれたんだ。

 僕はちゃんと勉強して、高校生になろうと思う。そして、おじさんのいるピザ屋でバイトをし、いつか恩返しをしたい。爺ちゃんに恩返しできなかった分まで。

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