第41話 愛するものへ捧げるレシピ

「……僕、気付いたかも」


 蜂蜜のロールサンドイッチにキュウリのサンドイッチ、玉ねぎ抜きのミートパイに野菜のピクルス。クッキーにマカロンに、レモネードと紅茶。


 エマが眠る墓から少し離れた花畑の中、ブランケットを敷いて、エディとロキースはピクニックなんてしていた。

 そんな彼らのそばにはちゃっかりとヴィリカスが居て、エマ直伝のレシピで作ったミートパイをご相伴に預かっている。


 季節は冬から春になり、爽やかな青が空に広がる。

 地の青と空の青は、遠くどこまでも続いているような錯覚を覚えるようだった。


「どうした、エディ。お尻が痛いなら、俺の膝に座ると良い」


 確かに、いつもよりお尻が落ち着かないというのもある。

 だって今のエディの格好は、前に一度だけ着ていた、黒い編み上げリボンの真紅のドレス。前に履いていたペチパンツはクローゼットにしまって、今日はフワフワのペチコートにチャレンジ中である。


 ブランケットの上に胡座をかくロキースは、自分の膝を叩いてエディを呼んだ。


(そ、そこに座れと……?)


「……」


(かなり、恥ずかしいんだけど……!)


 魔狼とはいえ、ヴィリカスが一緒に居るのである。

 エディに彼が話す言葉は分からないけれど、それでも彼がどう思うかと思うと逡巡する。


 だけど、結局はいそいそとロキースの所に体は向かってしまう。

 だってエディはすっかりロキースに甘やかされ慣れていて、拒否出来ないのだ。


 ロキースの膝に乗って、エディはエマの墓の方を見た。

 ピクニックの準備をする前に挨拶をした時、墓の周りには相変わらず、綺麗に白百合が並べられていた。


 白百合は毎日、ヴィリカスがエマのために摘んできているようだ。

 彼はエマが亡くなってからずっと、毎日欠かさず続けているらしい。


「エディ、お祖母様の墓がどうかしたのか?」


「今日も綺麗だったなって」


うぬが毎日手入れをしているから、当然だ』


「ああ、そうだな」


 エディはずっと、不思議に思っていたことがある。

 それは、今日持ってきた玉ねぎ抜きのミートパイについてだ。


 一般的なミートパイというものは、パイ生地に牛ひき肉と玉ねぎを炒めたものを包む。たまにキノコを入れたりもするが、基本は牛ひき肉と玉ねぎである。


 だというのに、エマのレシピに玉ねぎは入らない。シンプルに、牛ひき肉だけなのだ。


 エディはそれが不思議だった。

 だって、玉ねぎを入れた方が断然美味しい。ひき肉だけのミートパイが美味しくないわけではないけれど、物足りなさがある。


 エマ直伝のレシピを、エディはミートパイしか知らない。

 ということは、エマにとってミートパイは自慢のレシピということになるのだろう。孫に仕込むくらい、特別な。

 つまり──、


特別な相手ヴィリカス用の、レシピ)


 口元についたパイのカケラを、長い舌がベロンと舐め取る。


『ありがとよ』


 ミートパイを最後の最後まで堪能するように、目を閉じて息を吐いたヴィリカスは、のそりと立ち上がるとエディたちから離れ、エマの墓の方へと消えていった。


「おばあちゃんはヴィリカスが大好きだったんだろうなって、気付いたんだ」


「エディは前にも、ヴィリカスへ同じようなことを言っていたな」


「うん。それでね、このミートパイの作り方、おばあちゃんから教わったんだよ。僕には物足りない味なんだけれど、彼は美味しそうに食べていた。最後のひとかけらも残さずに。このミートパイってさ、おばあちゃんがヴィリカスのために作ったんだと思うんだ。ヴィリカスを想って、一生懸命」


 ヴィリカスは理性のある魔獣だ。

 理性のある魔獣は、人に恋をする。


 どうしてヴィリカスが獣人にならなかったのかは、誰にもわからない。

 けれど、ヴィリカスとエマの間には、特別な絆があったのではないかとエディは思うのだ。


(だって、好きという気持ちにもいろいろあるからね)


「そういうの、いいね。僕もいつか、ロキースのために、ロキースを想って、特別なレシピを考えてみたい」


「楽しみにしている」


 蜂蜜色の目を眩しそうに眇めて、ロキースはエディを見つめる。

 幸せだな、とエディは思った。


(こんな時間が、ずっとずっと続きますように)


 エディが願ったその時──


 春の風が、魔の森から魔素を運ぶように吹き込んできた。

 ザァァ、と。紫色の風が、青い花びらを舞い上げる。


 エディに目隠しをするように、激しい風が吹いて──


「すごく強い風だったね、ロキース。あ、頭に花びらがたくさんついてるよ……って、ええぇ⁉︎」


 髪に絡んだ花びらを払い落とそうと手を伸ばして、エディは仰天した。


「え? え? なんで? は? なんで? どうして今?」


 頭に疑問符をいっぱい並べて、くりくりした目を限界まで開いて見つめるその先に、つい今し方までそこにあったはずのものがない。

 丸くて可愛い熊耳が、そこにない。


 伸ばしたままだった手で、熊耳があったところを撫でても、跡形もなかった。

 髪の合間に肌色の、自分と同じ形をした耳を見つけて、エディは「うそぉ」と呟く。


「どうしてだろうな?」


 恥ずかしがる暇も、逃げる隙もなかった。

 頭に乗せていた手を引かれ、エディとロキースの距離が縮まる。


 唇に触れた、柔らかな熱。

 それがロキースの唇だと理解した瞬間、エディはフシュウと湯気を出し、彼の胸に倒れ込んだ。

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森守の男装令嬢、魔獣に執愛される 森湖春 @koharu_mori

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