終章

第40話 結末と悩み

「僕もね? ちょっとやりすぎたかなぁとは思っているよ? でもさ、あの親子には面倒な目に遭わされたし、少しくらい虐めたとしても、仕方がないと思うんだ」


 ロキースの家の、エディ用のソファにふんぞり返りながら、ミハウはシレッとそう言った。

 いつもなら「ミハウ様」と嗜めるエグレも、この時ばかりは同意だというように深く頷く。

 エディは「そうかなぁ」と首を傾げながら、口元に運ばれてきたクッキーを頬張った。


 ヴィリニュスの鍵を屋根裏部屋まで飛ばしたあの後。

 屋敷の中へ駆け込んだマルゴーリスを追うために、エディとロキースも向かおうとした。

 しかし、父と、タイミング悪く目を覚ました母が往生際悪く二人にしがみついてきたせいで、すぐに向かうことが出来なかったのだ。


 なんとか引き離して屋根裏部屋へ行けば、部屋の前で尻餅をついたまま泣くルタと、部屋の中でひっくり返って泡を吹いたマルゴーリスがいた。

 窓際で椅子に腰掛けたミハウと、その隣に控えていたエグレは、そんな彼らを冷たい目で見下ろしていた。

 射殺せそうなくらいの鋭い視線に、思わずロキースはエディの目を覆ったくらいである。


 だが、それからがもっと大変だった。



 まず、両親の誤解を解いた。

 エディは洗脳されてロキースのそばにいたわけではなく、彼女の意思で彼のそばにいるのだということを、改めて切々と訴える。

 蜂蜜色の目で愛おしそうにエディを見つめるロキースを見て、母の誤解はすぐに解けた。


 問題は、父の方だった。

 母は早々にエディとロキースの関係に納得したというのに、「でも」とか「だって」とか言い訳をし続けた。

 苛々したエディが「ルタさんとのこと、母さんにバラすよ?」と脅したら、あっさり「そ、そっか!」と意見を覆していたけれど。


(カマかけただけだったけれど、まさか本当にしていたとは。浮気のこと、母さんに言うべきか……)


 チラリと母を見れば、分かっているわと言うようにウインクされる。


(これは、バレてるな)


 両親の今後を思って、エディは微妙な気持ちになった。



 そうこうしているうちに、隣村へ買い物に出ていた兄のレオポルドが帰宅した。

 どうやら彼は、ルタに頼まれて買い物へ行っていたらしい。

 おそらく、マルゴーリスの指示だろう。


 失神する義父と泣きじゃくる妻を前にして、レオポルドは心底驚いた様子だった。

 だが、エディたちの説明を聞いて、その顔は徐々に鬼の形相になる。


「そうか。失望したよ、ルタ。今後のことは……専門家に任せることにする。いいね?」


「はい、分かりました」


 しおらしく頷く妻に、レオポルドは何か思うところでもあったのか、ギュッと拳を握った。

 何か言おうと口を開いて、でも言うのを諦めたように口を閉じる。

 その顔は、とても悲しげに歪んでいた。



 しばらくして、エグレが手配していたらしい役人たちが到着した。

 事情は既に説明してあったのか、役人たちは手早くマルゴーリスとルタの身柄を拘束する。


 何故かジョージも一緒にいたが、彼は何のために来ていたのか。

 エディには皆目見当がつかないが、一応獣人絡みのことだし、何かあるのかもしれない。


 ジョージと二度目に会った時に居たゴマ擦り高官は、ジョージと一緒に居た黒髪の美形に揉み手をしながら、彼の後ろを金魚の糞のようにくっついて歩いていた。

 何がしたいのか、エディにはさっぱりである。


「マルゴーリス家当主の裁判は、まだ先になりそうだね」


「うん。取り調べがなかなか終わらないって」


 叩けば埃が出る身だったようで、エマの死についても言及されているのだとか。

 魔獣絡みの事件ということもあり、ロスティの全面協力のもと捜査が行われていると、その後、関係者から伝え聞いた。


 マルゴーリスは、ロスティに戦争を仕掛けようとしていたこともあり、軍事大国に怯えるディンビエの中枢部はかなり焦っているらしい。

 ロスティに『戦争なんてしませんよ』という意思表示をする為に、マルゴーリスの刑はかなり重いものになるだろうと噂されている。


 トルトルニアの防護柵の扉は、永遠に閉めることが出来なくなった。

 ミハウが鍵を溶かしてしまったからだ。


 その責任を取るという形で、ロキースは魔の森に住み続けている。

 エディの婚約者として、ヴィリニュス家の一員として出来ることはそれだから、と。


 そう。エディとロキースは、あれからすぐに婚約した。

 時同じくして、リディアとルーシスも。

 リディアとルーシスは今、結婚に向けて準備中である。間もなくトルトルニアを出て、ロスティへ移住する予定だ。


 ルーシスは、エディたちが大騒ぎをしていた間にもリディアとの愛を順調に育てていたらしく、気付けば獣人から人へと変わっていた。

 ただの美男子となった彼は、リディアの家族にも温かく受け入れられたようだ。


 お節介で優しい、姉のような存在だったリディアと別れるのは、寂しい。

 エディが望めば、ロスティはきっと手を貸してくれるだろう。

 森守の仕事についても、何らかの手助けをしてくれるかもしれない。

 けれど、エディはまだここを離れる決心がつかないでいた。


 実のところ、ミハウの先祖返りとしての力が安定すれば、ロキースが魔の森に住み続ける必要はなくなる。

 ミハウは現在、ジョージをはじめとする魔獣保護団体と元獣人たちの協力もと、力を安定させる修行をしているのだ。


 この修行が終わるまでは行けないと、エディは思っていた。


「ルタさんは、修道院へ入ったらしいね。兄さんが言っていた」


「へぇ、そう。獣人との恋に憧れているとか言いながら、煩悩滾らせていたような女だし、修道院で少し落ち着けば良いんだよ」


 ルタとレオポルドは、エディとロキースが婚約する前に離縁した。

 エディとロキースの婚約は、その不祥事を鎮火させる意味合いもあったのだ。


 聞けば、どうもルタは複数の男性と関係を持っていたらしい。

 父親同様、叩けば埃がどんどん出てきたようだ。調べれば調べるほど出てくるものだから、あまりの酷さにレオポルドは毎日ため息が絶えない。女性不信にならないか心配である。


 父親が逮捕されて行き場を失ったルタは、戒律が厳しいと評判の修道院へ入るしかなかったようだ。

 しかし、修道院であれば関係者以外立ち入り禁止であるし、周囲の目も少なくなるから、彼女にとっては救いなのかもしれない。


「エディ。次は何を食べる?」


 エディを抱っこしていたロキースが、皿を指差しながら嬉しそうに問いかけてくる。

 それに苦笑いを返しながらも、エディは嫌と言うことが出来ずに「マカロン……」と答えた。


 ロキースのハニーブラウンの髪からは、相変わらず丸い獣耳が生えている。

 エディとロキースの恋は、まだ成就したわけではないのだ。


 好きという気持ちだけでは駄目なのだろうか。

 どうやったら、ロキースは獣人から人になるのか。

 エディは最近、そればかり考えていた。


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