第15話

◯朝

皐月高校 正面入り口


月夜

《婚約者……?》

《どういうこと……》


辰美

「──神太郎」

「あんたいつから」

「女に隙を見せる腰抜けになったの?」


神太郎

「……」


辰美

「昔のあんたなら」

「そんな顔面だけで頭空っぽのアホ女に憑かれるような」

「腑抜けじゃなかったはず」

「正直言ってガッカリね」

「いつから玉無しになったの?」


神太郎

「うるせぇ」

「俺に関わるなバケモノ」

「テメェとの婚約は解消したはずだ」


辰美

「あんた1人が言ってるだけよ」

「黒翼家も金森家も」

「両家は承諾してない」

「あんたが勝手に喚いているだけ」

「いい加減大人になりなさいよ」


神太郎

「説教は聞く気はないぜ」

「──何しに来た辰美」

「俺を連れ戻しにきたのか?」


辰美

「神太郎」

「あんたは金森のおばあさまに啖呵を切ったのよ」

「『俺がなんとかする』って」

「──その結果どう?」

「あんたはなんとかするどころか」

「問題を大きくしただけ」


神太郎

「……」


辰美

「私はね」

「あんたの『後始末』をしにきたの」

「あんたじゃもう信用できないから」

「金森の家が」

「私になんとかしろと言ったの」


神太郎

「──俺にどうしろと?」


辰美

「──今すぐ荷物をまとめなさい」

「後はこの金森辰美が」

「問題となった全員を『始末』する」

「カクレキリシタンは『隠れる』ことが教義」

「世の中の人間にこれ以上知られるのは」

「教義に反することなの」

「関係者全員を消すしかないわ」


月夜

《……あ》

《あの?》

《始末って…?》

《えと?》


辰美

「口を挟むなッッッ‼︎‼︎」

「ゴキブリ女‼︎」


月夜

《⁉︎》


辰美

「お前さぁ……」

「いつまでこの世にへばりついてやがる」

「死んだのよ」

「あんた」

「もう一度言うわ」

「死んだの」

「死・ん・だ・の」

「さっさと自分の状況を理解して」

「後悔して地獄に堕ちて」

「宇宙のカスになって消え去りなさい」

「未練がましくこの世にしがみついてんじゃねぇ」

「ゴミくそ女」

「吐き気がする」


平手打ち


辰美

「⁉︎」


月夜

「‼︎」


神太郎

「口がすぎるぞ辰美」

「月夜を侮辱するんじゃねぇ」


ざわざわする周囲の声


辰美

「……」

「……残念ね」

「残念すぎる」

「神太郎」

「脳みその芯から」

「この悪霊に毒されたのね」


辰美

「……(ギロッ)」


月夜

「(ビクッ)」


辰美

「月夜といったわね」

「覚えておくわ」

「私の婚約者を誑かした罪は」

「重いわ」

「覚悟しなさい」


月夜

《(ぶるっ)》


足音


神太郎

「……クソが」

「面倒なことになってきやがったぜ……」


◯放課後 服飾室


トーマス

「ねぇ聞いた?」

「神太郎の婚約者が学校に乗り込んできたって」


エドワード

「婚約者?」

「あいつに?」


タイラ

「婚約者がいる身分で彼女を作るなんてね」

「意外に軟派なんだね」

「彼って」


ケイコ

「……その婚約者」

「どんな女なの?」


トーマス

「身長が高くて」

「ショートカット」

「赤いセーラー服に」

「大きなマスクをしてたって」


エドワード

「マスク?」

「今時か?」


ケイコ

「……神太郎の婚約者ということは」

「彼女もカクレキリシタンってことかしら」


トーマス

「さぁ」

「わからない」

「ただ聞いた話だと」

「随分と神太郎と揉めてたって」


ケイコ

「揉めた?」


エドワード

「ククク」

「だろうな」

「テメェがいない間に知らない女ができてたんだ」

「たとえ幽霊だったとしてもいい気持ちはしねぇだろ」


タイラ

「……いずれにしても」

「警戒すべき存在だな」


ケイコ

「……ええ」

「神太郎の婚約者が『カクレキリシタン』で」

「このタイミングで現れたというなら」

「いずれは私たちに接触するはず」


トーマス

「……これからどうしようかね」

「僕たち」


タイラ

「……」


トーマス

「『目的』があったにしても」

「何もお咎めなしって」

「そんな都合のいいことって──」


辰美

「あるわけないでしょ」


ケイコ

「⁉︎」


辰美

「初めまして」

「邪教信仰者さんたち」

「私は金森辰美」

「神太郎には世話になったわ」


エドワード

「お前があの坊主のフィアンセか」

「吾輩たちに何の用だ?」


辰美

「東京の寄生虫は弱っちくて根性がないと聞いたけど」

「口は達者のようね」


エドワード

「あ?」


ケイコ

「悪いけど」

「ここは学校の敷地内よ」

「部外者はお引き取りお願いするわ」


辰美

「用が済んだら帰るわ」

「あんたたちに聞きたいことは二つよ」

「一つ」

「新垣ユナという悪魔使いの居場所は教えなさい」


タイラ

「……悪いがアテが外れたな」

「俺たちは切られた方だ」

「居場所なんて知らない」

「こっちが教えてもらいたい」


辰美

「……あらそう」

「そういう態──」


銃声


辰美

「あがっ⁉︎」


エドワード

「タイラ⁉︎」


タイラ

「……すまないが」

「駆け引きをするつもりはない」

「先手必勝」

「俺たちを殺しにきた『敵』であるなら」

「先に始末させてもらう」


ケイコ

「──だからって」

「いきなり顔を撃つのは容赦がないわね」

「仮にも神太郎の婚約者よ」


タイラ

「だからこそだ」

「あいつの婚約者なら」

「油断はでき──」


刺突音


タイラ

「なっ⁉︎」


トーマス

「ぐっ⁉︎」

「そんな……」

「嘘でしょ⁉︎」


辰美

「──本当に」

「都会の人間は嫌いだわ」

「初対面なのに顔を撃ってくるなんて」

「礼儀というものを知らない」


エドワード

「バカな」

「脳天に当たったのに生きてるなんて」


辰美

「せっかくの美貌が台無しになったら」

「どう責任取るつもりよ…」

「え?」


バカッ

(辰美の口が開く音)


ケイコ

「何…あれ?」

「口が裂けている?」


エドワード

「『オーバーフロー』してやがる……」


ケイコ

「え?」


エドワード

「現在の人間どもの科学力では見つけることができないが」

「生き物の体内には……」

「血液や筋肉、脂肪や骨と同じく」

「『霊体(エーテル)』と呼ばれる反物質要素が内包されている」

「霊体は個体によって質量は変わるが」

「だいたい体重と同等の質量が内包されているものだ」

「──だがこの女……」


ケイコ

「通常の倍……」

「あるいは」

「それ以上?」


エドワード

「見ろ」

「霊体の質量がデカすぎて」

「口や関節の間から」

「霊気が漏れてやがる……」

「なんて奴だ」

「あんなに霊体の質量がでかい人間は」

「初めて見たぜ」


ケイコ

「──ええ」

「まるで人間加湿器ね」


ずちゃ(辰美の足音)


辰美

「──悪いけど」

「こっちは先手必勝なんて必要ないわ」

「ゆっくりあんたたちを嬲り殺してやるから」

「覚悟しなさい」


地面が砕ける音


◯皐月高校 2年生 神太郎の教室


神太郎

「⁉︎」


月夜

《どうしたの?》


神太郎

「……辰美がいる」


月夜

《え?》


神太郎

「あの馬鹿でかい霊気……」

「あいつ以外ありえねぇ」

「くそ‼︎」


月夜

《ちょ⁉︎》

《神太郎くん⁉︎》


走る音


神太郎

「辰美……⁉︎」

「何考えてやがる⁉︎」


ガラスが割れる音


神太郎

「⁉︎」

「何⁉︎」


女子生徒

「きゃぁ⁉︎」


男子生徒

「なんだ⁉︎」


仮面の男

「……どこに行く気だ」

「神太郎」


神太郎

「てめぇ」

「金森の家の者だな」


仮面の男

「──辰美様はおっしゃった」

「神太郎は自他境界線が曖昧な方だと……」

「辰美様直々の命により」

「神太郎」

「貴様を『仕置き』仕る」


神太郎

「あ?」


クラスメイト男子

「おい」

「黒翼…」

「そいついっ──」


どさどさどさっ


月夜

《⁉︎》

《クラスのみんなが倒れた⁉︎》


神太郎

「くっ⁉︎」


月夜

「神太郎くん⁉︎」


神太郎

「くそったれが」

「──霊体の『内圧』を高めやがったな…」


月夜

「霊体?」


神太郎

「──肉体にはな」

「霊魂を外に漏らさないように」

「一定の『霊気内圧』の負荷がかけられているんだ……」

「ボールの空気が外に出ないように……」

「肉体の内側から圧力がかけられている……」


仮面の男

「左様……」

「肉体を持たぬ」

「怨霊には関係ない代物……」

「──しかし」


神太郎

「──生きてる人間の」

「霊気内圧が高すぎるのは体に『毒』だ」

「ぐっ!」

「空気でパンパンに張ったボールみたく」

「破裂して肉体が爆ぜちまう」


月夜

《そんな⁉︎》

《どうすればいいの⁉︎》


神太郎

「決まってるだろ」

「──術者のあいつを」

「ぶちのめすだけだ‼︎」


地面を蹴る音


仮面の男

「愚か者め」

「噴‼︎」


神太郎

「ぎゃ‼︎」


仮面の男

「我が幽気術は『無敵』也」

「貴様ごときすくたれ者に」

「我に触れることは不可なり」

「大人しく仕置きされよ」


神太郎

「……舐めんじゃねぇぞコスプレ野郎」

「金森の家とは長い付き合いだ」

「──霊気内圧の突破方法なら」

「いくらでもある‼︎」


印を結ぶ音


月夜

《え?》

《何してるの?》


仮面の男

「ほぉ」

「幽体離脱か……」


神太郎

「おおおお」

「噴‼︎」


どさっ‼︎


神太郎

《おらぁ》


打突音


仮面の男

「くっ‼︎」


神太郎

《よっしゃ‼︎》

《一発命中したぜ‼︎》

《ざまぁみろ‼︎》


仮面の男

「……」

「幽体になって我を攻撃……」

「大馬鹿者め」

「その程度で我に勝ったつもりか」


神太郎

《ああ》

《勝ったつもりだぜ》

《おらぁ‼︎》


仮面の男

「くっ!」


月夜

《嘘でしょ》

《幽霊になって人をぶん殴ることってできるの⁉︎》


神太郎

《──できるさ》

《ポルターガイスト然り》

《こっくりさん然り》

《幽霊だってなぁ》

《人を殴ることができる‼︎》

《それが怪奇現象ってやつだ‼︎》

《おらぁ‼︎》


がしっ


神太郎

《⁉︎》


仮面の男

「その言葉──」

「そっくりそのまま返してやろう」

「──人間だって」

「──幽霊をぶん殴ることができる‼︎」


衝撃音


神太郎

「がはっ‼︎」


月夜

「神太郎くん‼︎‼︎」


◯服飾室


ケイコ

「ぐっ!!」


衝撃音


エドワード

「ケイコ‼︎」


辰美

「ククク」

「弱いわねぇ」

「悪魔使い」

「その程度でこの金森辰美に勝てると思った?」


ケイコ

「──打撃がまるで効かないなんて……」


エドワード

「あいつは普通じゃねぇ」

「神太郎の経文身体術……」

「あれはカクレキリシタンたちが仏典と土壌宗教を織り交ぜて作られた聖神具の結晶に対して」

「あいつの肉体は──」


ケイコ

「技術を凌駕する『才能』……」

「魔力の弾丸も跳ね除ける無敵の鎧……」


エドワード

「ああ」

「カトリックの坊様も裸足で逃げる法力の持ち主だ」

「もはや人間じゃねぇ」

「バケモノだ」


辰美

「噴‼︎」


破壊音


ケイコ

「──参ったわね」

「正面での殴り合いで勝てない相手なんて」

「神太郎なんかよりずっと強いわね」

「あいつ」

「勝てる気がしないわ」


エドワード

「悪いことは言わねぇ」

「逃げろケイコ」


ケイコ

「バカ言わないで」

「神太郎の婚約者よ」

「夫婦揃ってコケにされてたまるものですか」


辰美

「おしゃべりは終わったかしら?」

「そろそろダーリンに会わないといけない時間なの」

「終わりにするわ‼︎」


びゅん!!(ハサミが飛ぶ音)


ケイコ

「ッ‼︎」


パシッ

ケイコがハサミを掴む音


辰美

「なに⁉︎」


地面が砕ける音

風を切る音


辰美

「は」

「速い⁉︎」


ぐしゃ

(辰美の顔面にハサミが刺さる音)


辰美

「ぎゃあああああ‼︎」


ケイコ

「おらぁ‼︎」


打突音五連撃


辰美

「がはっ‼︎」


エドワード

「──至近距離での正中線五連突き……」

「見事に決まったな」

「常人なら瀕死レベルのダメージだ」


ケイコ

「──常人なら」

「そうね」


辰美

「……よくもやってくれたわね」

「乙女の両目を刺すなんて……」

「許さない‼︎」


肉体が再生する音


ケイコ

「結構よ」

「別に」


骨が砕ける音


辰美

「ぎゃああああ‼︎」

「なにぃ⁉︎」


胸骨が砕ける音


辰美

「ぐふっ‼︎」

「一体……」

「何が???」


ケイコ

「──人体の中に流れる血管の中で」

「最も太い血管が『大動脈』よ」

「大動脈は心臓に血液を運ぶ役割を持っている」

「その大動脈が切れれば」

「大量に血液を失い」

「5分も立たず失血死する」


辰美

「失血死?」

「この私が?」

「あんたは私の肉体に傷一つつけられてないじゃない!」


ケイコ

「……大動脈は」

「『霊体』にも存在するわ」

「私はあんたの霊体の『大動脈』を切断したの」

「感じない?」

「あんたの体から霊気が抜けていくのが」


辰美

「な……に?」


膝が地面に落ちる音


ケイコ

「あんの体は穴の空いた『風船』よ」

「もうエネルギーを貯めることはできない」


辰美

「……あんた」

「何者よ」

「この技……」

「悪魔の『能力』じゃないわね」


ケイコ

「──家業で『拳法』をかじっているだけよ」

「人体破壊専門のね」


ケイコのサッカーボールキック

辰美の顔面の骨が折れる音


辰美

「がはっ‼︎」


ケイコ

「とどめよ!」


エドワード

「待てケイコ‼︎」

「奴に近づくな‼︎」


がしっ(ケイコの肩を掴まれる音)


ケイコ

「⁉︎」


辰美

「くくくくく」

「霊体をこんなに垂れ流したのは」

「久々よ……」

「大した女ね」

「悪魔使い」

「あんたが男なら」

「ファンになっていたわ」


辰美の口が開く音

肉が裂ける音


ケイコ

「ぐぁああああああ⁉︎」


エドワード

「ケイコ⁉︎」

「この女⁉︎」

「ケイコの肩筋に噛み付いた⁉︎」


ケイコ

「何をする……」

「あが⁉︎」


辰美

「霊気が抜けるなら……」

「『奪う』まで──‼︎」

「あんたの霊気を」

「喰らうわ‼︎」


ケイコの霊気が辰美に喰われる音


To be continued

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十字架を背負ったばけもの 有本博親 @rosetta1287

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