第4話
ノートを開けば、絵になったキミがたくさんいる。
ページを捲れば捲るだけキミの色々な表情で溢れていて、たった二週間で描いたとは思えないほど充実していた。
これは私以外誰も知らない、学校に住みついていた幽霊の話。
いじめられ心を病んで十年以上前にこの世からいなくなった男子生徒の話。
あの日偶然声をかけなければ出会うことも成仏することもなかった彼の姿はどうしようもないほど脳裏に焼き付いている。
ノートを捲る。そこには太陽の光を眩しそうに遮るキミの姿があった。
太陽の光に照らされて身体が透けている。
比喩ではなく、実際にそう私の目には映っていた。
「今にも消えていなくなっちゃいそうだったから、なんて。そう言ったらキミはどう思ったのかな」
今更考えたっていなくなったキミは答えてはくれない。それでも聞きたいと思ってしまう。
キミに描いた絵を見せることを戸惑った日。あの日に伝えていたらキミは自分の正体に気づいたかもしれない。キミは意外と鋭いから本当のことに気づけたのかもしれない。
それでも言わなかったのには、気づかせたくなかったのは、私なりの理由がある。
「ずっと一緒にいたかったのは、私だって同じだよ」
今更こぼしたって絵の中にしか存在しないキミは答えてはくれない。
後出しで伝えればキミは文句の一つや二つ告げて、嫌味を込めて。
今はもう記憶の中のものだけど、それでも笑って許してくれた気がする。
「言ったよね。私たちが普通の友達だったら、って。キミよりも私の方がそうであったらよかったって思ってたんだよ。
……残された側の気持ちも考えてよ」
ワガママだね。いつの日か言われた言葉をそっくりそのまま返してやりたい。
いなくなったキミが全部悪いんだよ。キミのいる生活に慣れてしまったから、キミがいない世界をつまらないと思ってしまう。
「瀬戸口、こんな所にいたのか」
「……何の用、いいんちょー」
タラップを上る音がして私はノートを閉じた。そろそろくだらない現実に戻らなければいけない時間らしい。
振り返ればそこにいたのは私の予想通りクラスのいいんちょーだった。
真面目で堅物でメガネ。私が苦手なタイプ。
「授業が始まるから呼びに来た。というか屋上は立ち入り禁止のはずだろ」
「よくここにいるってわかったね~」
「窓から見えたからな」
そうだった。屋上は上手く隠れないとバレやすいんだった。
「大体こんな所で何をしているんだ?」
「んー? 大切な友達にさよならを言ってただけだよ」
私の言葉にいいんちょーは首を傾げていた。
わからなくていい。この想いは私だけが持っていればいいものだから。
「意味のわからないことを言ってないで教室に戻るぞ」
「嫌だよ。行っても無視されるだけじゃん。いいんちょーだって理解してるでしょー?」
「何かあった時は俺がどうにかするって何度も言ってるだろ?」
「それでいいんちょーに危害が加わるのはものすごく不本意だって、私も何度も言ってると思うんだけど?」
とはいえここで駄々をこねても諦めてくれる人じゃないとわかっているから私は仕方なくノートをカバンに突っ込んだ。適当にかわそうにもそれで屈する相手ではない。私が動かなければ動くまで居座るのは目に見えていた。
梯子を下りていいんちょーの隣に並ぶ。いいんちょーは何度か瞬きをして何故かジーッと私のことを見つめていた。
「何。どうしたの」
「……瀬戸口、もしかして好きなやつでもできたか?」
「は? いや、急すぎない?」
「あぁ悪い。なんだか前よりも可愛くなった気がしたからな。気のせいなら申し訳ない」
あまりにもまっすぐすぎる物言い。恥ずかしげもなく真面目な顔で可愛いと言えてしまえるのは初回こそ気があるのかと思ったが如何せんそういうわけでもないらしい。男心ってやつは未だにわからない。
しかしまぁ、私はそんなにもわかりやすいんだろうか。
「そうだね。できたよ好きな人」
「やっぱりそうなのか」
「安心してよ。いいんちょーじゃないから」
「そんな心配は一ミリもしていない」
即答だった。
「くだらないこと言ってないでいくぞ」
「はいはーい」
いいんちょーに連れられて私は屋上を後にする。
これからも定期的に来てやろう。そしてまた絵を描いてやろう。
私をやる気にさせたのはキミなんだから、その責任は取ってもらおうか。
「ていうか屋上は立ち入り禁止なんだからもう入るなよ」
「えー? いいじゃんか別に。いいんちょーも一緒にサボろうよ。絵の練習台になって~」
「サボらん。だが練習には付き合ってもいいだろう」
想定外の返答に足が止まって、意図を理解した瞬間、込み上げてきた笑みを堪えることができなかった。
「なんだよ急に笑ったりして」
「いや、べつにー。なんでもないよ」
本当、男子ってのは素直じゃない。
けどその姿は少しだけ彼に似ていると思った。
出会い、かさね、消えて 三五月悠希 @mochizuki-yuki
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