第3話

「君と僕が普通に友達だったらよかったのに」

「え? どうしたの急に」


 気がつけば彼女と過ごして二週間が経とうとしていた。いつものように彼女の隣に座った僕はくだらない世間話に軽く花を咲かせる。けど世間話はあまり長く続かない。

 間が空いて、それを埋めるために僕の口から飛び出したのはそんな言葉だった。


「別に。思ってることを言っただけだよ」


 友達だったらこうやって毎日楽しかったはずなのに。

 君が死んでしまう前に出会えていたら僕は学校へ行くことが楽しいと思えていたはずなのに。


「……何言ってるの。私とキミは友だちでしょ?」

「え?」

「幽霊だとか人間だとか、そういうのは関係ない。お互いがお互いを友だちだって思ってるならそれはもう友だちだよ」

「……君は、変な幽霊だ」

「そう? じゃあキミは頭の固い人間だね」


 普通の幽霊がどんな感じかはわからないけど彼女が特殊であることくらいはわかっていた。

 けどまあ、僕のことを友達だと言ってくれたことは純粋に嬉しかった。彼女と過ごす時間が僕にとってかけがえのないものになっていることはとっくに実感していた。


「君、来世は漫画家になりなよ。向いてると思う」

「途中で挫折した人間にそれ言うー? てか来世はどんな子になるかまだわからないんだけど?」

「それは君が忘れなければいいだけの話だよ。それに僕は君が描いた絵好きだから漫画になったものを読みたいと思うよ」

「……じゃあ、はいこれ」


 彼女は数枚の紙を僕に差し出す。それを受け取って確認する。


「これは……?」

「キミのお望み通り、漫画だよ。前にキミの絵を見せるって話してたのに結局見せてなかったから、とりあえず代わりってことで」

「え、いや、いつの間にできてたんだよ」

「別にできてないから。まだ全然下書きだし、結末まで全部描き終わったわけじゃない。ただキミが形になったものが見たそうな雰囲気出してたから頑張って描いたんだよ」


 僕は漫画の中身に目を通していく。少年と少女が出会い、惹かれていく。そんなありがちなストーリー。この話をありがちだと感じてしまうのは王道だからではなく、実体験だからだろう。


「……僕たちのこと、描いたんだ」

「描くなら経験したことの方が描きやすいと思って」


 彼女はそれ以上の言葉を口にすることはない。

 彼女が再度口を開いたのは僕が一通り目を通し終えてからだった。


「私たち、普通にクラスメイトとして生活してたら友だちになれてたかもしれないね」

「どうだろな。クラス内にいても僕と君じゃあ接点がないから話すこと自体がなさそうだ」

「それは言えてる。なら、この出会い方が正解だったのかな?」

「……それは、どうだろ」


 彼女と出会えたから僕は学校に来ている。

 毎日欠かさず、無視されてばかりのクラスに行くためではなく彼女と話すために学校へわざわざ出向いている。

 昔の、それこそ自殺しようとしていた僕にとっては考えられないくらい充実した日々だ。

 時間にして、たった二週間。

 それでも僕にとっては、宝物の二週間だった。


「…………ねぇ、梨々香」


 伝えるなら今だと思った。


「……なぁに、充」


 恥ずかしさで死んでしまいそうだったからそっと目を閉じた。


「言いたいことがあるんだ」

「……私もあるよ、言いたいこと」

「なら梨々香から言う?」

「ううん。充からどうぞ」

「うん」


 彼女の笑顔を見るためなら、いくら挫けそうになっても僕は何度でも前を向ける気がした。


「僕、梨々香のことが──」


 触れられないその手に僕の手を重ねた。


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