第3話 「父さんな……今の仕事を辞めて――

 努力とは褒めるものではあるが、決して無条件に認めるべきものではない。

 なぜならば、努力をしたからと言って必ずしも報われるわけではないからだ。

 もちろん、努力すること自体は美徳ではあろうが、『結果』が出せなければ意味のないことと切り捨てられてしまうのが、この世の理であり『大人の世界』というものだ。

 何よりも努力するのはいいのだが、『方向性』を間違えてしまっては意味がないし時間の浪費にしかならない。

 方向性が合っているのかどうかは自分自身では判断が付けづらいだろうことはわかっている――これは私自身の体験による。

 そのために『大人』を頼ることは悪くはない。特に、最も身近な大人である親、学園に通っているのであれば教師等……。

 それでも『大人』がより良い判断を下せるかは未知数だ。子供の未来の芽を潰そうとするろくでもない大人がいることも事実だ。

 だからこそ、まずは『学ぶ』ことを心掛けることが重要だ。


 足りない経験は学んだ『知識』で補えば良い。

 経験も知識もないままこの世界で生きていくということは、地図もコンパスも持たずに山を登るのと同じ――運次第で容易に命を落とすということだ。

 知識があればある程度の未来について予測することもできる。

 予測した未来と自分の思い描く理想をいかに埋めるか。そのためには『何』を努力すれば良いのか……これを知るためにこそ、まずは『学ぶ』のだ。




 ――このことを肝に銘じることを私は常々へと伝えている。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 私――キース・グリフィンの半生は正に『激動』だった。

 ……と言ったら、きっと他人に叱られてしまうことだろう。

 約20年前……私の父が宰相をクビにされ、『冒険者』となると宣言した時からしばらくの間は『激動』と言えるほど私の人生は大きく変わった。

 しかし、当時はともかく今となって振り返ってみれば――あんなものは大したことのないもの、障害と呼ぶのもおこがましいほどの些細なアクシデントだった、と言えてしまう。

 なぜならば、確かに私と家族の生活は一変することとなったが、その解決に際して

 色々と私なりに足掻いて、不貞腐れることなく努力をしてきたつもりではあったが、その努力の方向性は決定的に間違えていた。

 ……そのことに割と早くに気付けたのは幸運だったと言えるだろう。




 当時、学園の最底辺――前世の言葉で表すならば『スクールカースト最底辺』だろう――にまで否応なしに落ちた私は、必死に足掻いた。

 魔法の才能がなかったことはわかっていたので、ならば武術で成り上がってみせようと考えハードなトレーニングに勤しむこともあった。

 ……今となっては恥ずかしい限りだが、この考え方自体が間違っていることに早めに気付けた。

 学園で年に一度開かれる武術大会に意気揚々と参加したはいいものの、あっさりと敗退……どころかその時の対戦相手のラフプレーで大怪我を負うこととなってしまった。

 反則ギリギリのラフプレーではあるが、私の味方は学園にはいない。私自身も、この一件で武術にも望みはないことを悟り抗議することはなかった。




 ……これが無駄な努力、間違った方向性の具体的な例だ。

 恥ずかしい話ではあるが『実例』としてちょうどいいため、生徒へと伝える際にいつも話している。




 結局、魔法も武術も何もできないと悟った私は、勉学にのみ集中することとした。

 当時は『勉強ができてもこの王国では暮らせない』と思っていたが……これが後の私にとって大きく役に立つこととなる。

 振り返れば父の言葉は正しかった。







 もし学園を去るというのであれば、おまえは勘当しキャミィを跡継ぎとする。

 ――良いな? どのような困難があっても、逃げることは許さんぞ』







 父のとんでもない宣言があった日、確かにこのようなことを父は私に告げていた。

 言われた時は父の真意がわからず反発する思いもあったが……今になってみれば父の言葉の正しさがわかる。

 おそらく父にはわかっていたのだろう。

 私に魔法などの才能はなく、しかし学園に通い様々な学問に通じることこそが努力の正しい方向性であること。

 一見苦しい状況ではあるものの、この学園での経験が私の『未来』にとって最良の糧となることを――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 遠い未来を予知することは神にもできないということを私は知っている。本人が言っていたので間違いはない。

 だからと言って、常に未来が見えないわけでもない。

 只人であっても未来の予想は可能だ。

 予想するためには『知識』が不可欠だ。

 この『知識』とは、読んだ書物の量だとか算術の解き方だとか歴史の出来事だとかそういうものだけではない。


 例えば『人間関係』。

 その人がどういう人物なのか、誰と仲が良く仲が悪いのか、何を好むのか。

 そういった情報を集め、観察し、心理を読み解くことでおのずと見えてくるものもある。




 今にして思えばであるが、20年前の当時――父は既に予想していたのだろう。







 、と。







 父が冒険者となり、私が暗黒の学園生活を送り、グリフィン家が苦しい生活を送り始めてわずか1年後。

 崩壊は唐突に訪れた。

 ……いや、これは私を含めた多くの人間からすれば『唐突』な出来事だったが、父からすれば『当然』の、わかりきった出来事だったのだろう。


 当時の国王は稀代の『暗君』であった。

 そして、暗君のイメージに違わず、いい加減な政治をし……いやそもそも政を行わず、贅沢三昧で暮らしていた。

 それだけならまだマシだったが、父を含め数々の実務を取り仕切っていた人物をクビ、あるいは投獄して取り除いていった。

 残ったのは暗君に付き従う佞臣ばかり。

 前世の歴史で何度も繰り返されたであろう政権の末期状態だった。


 贅沢三昧だった上に傲慢な王は、隣国へも過剰な要求を行っていた。

 これは我らが王国がいわゆる大国であり、その隣国は『属国』扱いだったことにも原因がある――ただ、属国ではあるが一方的に貢物を捧げるような関係でもない。

 多少融通を利かせてもらう代わりに、いざという時は大国として動き属国を援助する……親分と子分というか、先輩と後輩みたいな関係と言えば良いだろうか。

 ともかく、互いに友好な、表向きの上下関係だけがある属国に対して王は過剰な要求を行った。

 それを止めていたのが、属国との国境の領地を治める『一公』の筆頭とも言うべきウィルム公だった。


 最悪なことに、王と佞臣たちは要求を止めていたウィルム公を反逆者として捕らえようとした。

 国王の命令に従わないという意味では確かに反逆者ではあるが、国のためを思えばこその行動である。もしこれが原因で属国との関係が悪化すれば、次々と属国は離れ我らが王国は孤立することになっただろう――それでもしばらくは生き残れるだろうが……。


 さて、このウィルム公だが、遡れば数代前の王族から別れた由緒正しき貴族である。

 最悪の事態となれば最前線となる領地を治めていることからもわかる通り、少なくとも先代国王の代までは信頼篤く、またいざという時の武力と平時における政治力に優れた貴族と言える。

 更に王族の血を引く、そんなウィルム公を捕らえようとした国王たちだが――


 わずか10日ほどで、ウィルム公に返り討ちにあい逆に捕らえられる羽目となった。

 ウィルム公が強いだけではない。肝心要の兵力が国王側につかなかったという前代未聞の……もはや『反乱』とでも言うべき事態が起きたのである。


 加えて国王に追い打ちをかけるかのように衝撃の事実が発覚。

 それは、というものだ。




 ……父の最大の政敵であった国王派の重鎮であるマンティーク公と、王妃の間の子だという話だ。

 一体誰がどこからそんな情報を得たのかは、今もって私にもわからないが……王妃もそれを認めたそうだ。




 かくて、偽物だった王とその母親と実の父親、更には偽王に追従して私腹を肥やしていた多くの貴族たちとその一族が『正義』の名の元に処刑された。

 その処刑は私も目にしたが――いや、多くは語るまい。少なくとも、私はあのような死に方はしたくない、そうならないように生きようと改めて思ったとだけ。


 その後、ウィルム公はダーナ殿下を新たな王として立て、偽王たちによって屋台骨が揺らぎかけている王国の立て直しに奔走した。

 ダーナ殿下……改め陛下の強い要望により、私の父は再び宰相となった……これが約20年前の騒動の顛末である。




 どこからどこまでが父の予想通りだったのだろうか。恐ろしくて直接聞く気にはなれない――仮に聞いても、父はきっととぼけるだろうが。

 偽王が前国王の血をひいていないことを知っていた?

 偽王失脚後、新たな王にダーナがなるだろうことは知っていただろうが、それを見越してダーナを外国へと嫁がせないように学園へと匿い時間を稼いでいた?

 どういう形にせよ、偽王政権が終わる時に善悪問わずに多くの貴族が処刑されるだろうことを予想して、? 不自然にならないように、口実にダーナの件を利用して?

 そして、、わざわざ社会の最底辺たる冒険者になった……?

 ……流石にウィルム公を捕らえようとして返り討ちに遭うなんて細かいところまでは予想していないとは思うが……。


 結果的に、私たちグリフィン家の窮地は1年足らずで終わりを告げた。

 父の言う通り、辛くても学園を辞めないでいて正解だった。

 1年の逆境への反発で様々なことに挑戦し、挫折した。

 次の1年で私は考えを改め、真に努力すべき事柄を見据えることができた――これも、前年の挫折を味わっていなければ延々と無駄な努力に時間を費やしていたかもしれない。




 前世とこの世界の教育水準は比べるべくもない。

 特に理科系科目については天と地の差があるだろう。

 前世からの知識を利用して私はこの世界独自の技術や現象を解き明かし、いわゆる科学技術の発展に大いに寄与することとなった。

 その功績を認められ、私は学園の教師として働くこととなった。

 ……父の跡を継ぐことは考えなかったし、父も望んでいなかったようで特に何も言われることはなかった。

 ただ一言。




「そうか。がんばりなさい、お前なら大丈夫だ」




 と笑顔で、大人になった私の頭を子供にやるように撫でながら言った。

 私には父のように様々な人間関係を読み解き未来を予測することはできない。多少はできるだろうが、父のようにわざと冒険者に身をやつし自分と家族を守るような大胆な決断も予測も無理だ。

 だから、これでいいのだ。

 父は父、私は私の道を進む。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 最後に一つ。

 あれから約20年が経った現在、私に再び大きな転換点が訪れた。




 学園で初めて話したダーナだが、その後私と特に関わりを持つことはなかった。

 偽王が処刑され、ダーナが王となった後も当然変わりはない。

 ダーナはその後ウィルム公の孫と結婚し、子供を授かることとなる。


 余談だが、偽王の時のようなことを防ぐため、『王』ではなく『女王』にすべきではないかという意見が今活発になっている。

 ……まぁ女王ならば、お腹から産まれてくる子の父親が誰であろうと王族の血筋であることは確定しているのだから、そういう考え方も合理的と言えば合理的なのかもしれない。

 ただ、前世のように医療技術が発達していてもお産で亡くなる母親はいるのだ、この異世界では何をかいわんや、だ。

 そうした危険性も考慮しつつ、我らが国は新しく変わろうとしている――その中心となっているのが、私の父なのは素直に誇らしいと思うし、父の手腕には恐れ入ってしまう。




 それはともかく。

 ダーナ陛下の子供は現在10歳。

 いずれ学園に通うかもしれないが、まだまだ幼い。前世日本のように義務教育があるわけでもないし、王族が日曜学校に通うわけにもいくまい。

 そこで殿下の家庭教師役として白羽の矢がたったのが私というわけだ。

 剣や魔法の教師は別にいるし、王族として必要な教養や知識も別の教師がいる。

 私に期待されているのは幅広い『学問』としての教師役のようだ。

 週に何日か、一日数時間程度となるため学園での仕事もそのまま続けて良いと言われている。







「そうか……責任は重いが、誇らしい仕事だと父さんは思う」


「うん」




 ある日の夕食時、家族が揃ったところで私は父に殿下の家庭教師となることを告げた。

 反対はされないと思っていたが、やはり父は力強く頷き肯定してくれた。

 ……この歳になって恥ずかしいという思いもあるけれど、それでも父が肯定してくれたことを心強く思う。




「それはそうとな。父さんな……今の仕事を辞めて冒険者ギルドの改革をやろうと思うんだ」


「はぁ?」




 唐突な父の告白に、いつかのように私は驚かされる。

 ……が、今回の驚きは前回とは全く異なる。




「父さん……もう歳なんだし、引退してゆっくりしたら?」




 現在の父はもう60歳を過ぎている。

 この世界での平均寿命は60くらいだろう――統計を取ったわけではないのではっきりとはわからないが。

 年金……は少なくとも我が国には存在しないが、今まで稼いだ分もあるし私も今やかなりの高給取りだ。両親の老後の世話くらいは出来る……少なくとも金銭面では。

 ちなみに、キャミィは既に結婚して家を出ている。たまに孫を見せにやってくる。

 ……私は、まぁ……生涯独身でも構わないかなって気にはなっている。強がりでは決してなく。


 私の言葉に、父はバーコードから電球へと進化した頭を照れくさそうに掻きながら答える。




「いやぁ……改めて宰相の仕事をしてて、どうしても『冒険者』の存在が気になってなぁ。

 あれだけバイタリティ溢れる若者たちを放っておくというのは、国のためにもならんと思ってな」


「そっか……」




 1年くらいではあるが実際に冒険者をやっていたことも関係しているだろう。

 実質『ゴロツキ一歩手前』とはいえ、若い労働力を遊ばせておくのはもったいないという気持ちはわかる。

 それに、彼らだって様々な事情があって冒険者をやっているのだろう。

 管理する組織がしっかりと仕事をし、業務内容を整理したり『冒険者教育』を行っていけば――ひょっとしたらとても有益な組織として生まれ変われるかもしれない。

 これはこれで大変な仕事だろうけど――きっと父ならやり遂げるだろう。私はそう確信していた。




「わかった。私としてはゆっくりしてもらいたいんだけど……父さんの決めたことだし、応援するよ」


「うむ。ありがとう、キースよ」




 そう言って照れたように笑う父なのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 一時は女神に騙されたと思っていたが、結果的には女神は正しかった。

 家柄や境遇など様々な要素を考慮して『キース・グリフィン』を転生先に選んだわけだけど――その最たる理由は、ひょっとしたら父の存在が大きかったのではないか、と今は思っている。

 私の人生最大の問題は、結局自分では何もできず裏で父が解決したようなものだった。

 ……なるほど、確かに私が望んだ『一生平穏に、苦労せずに暮らせる人生を送りたい』は概ね叶えられたと言ってもいいだろう。




 でも、これからは違う。

 父だって普通の人間だ。歳も歳だし、私だってもう大人だ。頼り切るわけにはいかない。

 自分の望む人生を送るために必要なものは全て自分で揃える。

 揃えるための下準備は、父に既にしてもらっているのだ。

 ならばここからは自分の――私自身の努力が問われることになるだろう。




「ふぅ……良し!」




 私は今、新たな『職場』となる殿下の部屋の前で待機中だ。

 これから家庭教師としての初仕事である。

 部屋の前で私は待ち、中から殿下……のおつきの人からの合図を待っている状態だ。

 数日前に一度、ダーナ陛下と合わせて顔を合わせてはいるが、今日からは授業が始まる。

 ……まぁ初日だし、自己紹介とかこれからの授業内容の説明とか、後は殿下が今までどういったことを学んできたのかの聞き取りが主にはなるだろう。

 聞き取りの結果次第で今後の授業内容を詳細に詰めていくつもりだ。




 ……流石に緊張はする。

 前の偽王と違うのはわかっているが、もし機嫌を損ねたら首を切られるかもしれないという不安はある。職的にも、物理的にも……ダーナ陛下に限ってそんなことはないとは思うが。

 それに、次の王となる方への教育は責任重大だ。

 教え方一つで愚者にも賢者にもなりうるだろう。




 ――それほど長い時間ではなかったはずだが、緊張のせいか何時間も待っていたような気がする。

 着ている服の背中が汗で張り付いているのがわかる。

 やがて、中から入るようにと声が掛けられる。




「――失礼いたします、殿下」




 まるで前世での就職の面接みたいだな、と思いながら私からも声を掛け扉に手をかけた。






 重い責任や不安はあるものの、それでも私の心の中には浮き立つものがあったのは確かだ。

 これはまたとないチャンスであること。

 私自身の実力が認められての大任であることは理解している。


 ここまできて恐れて緊張して失敗するなどあってはならない。

 私は扉を開く前に自分自身に喝を入れる。

 私自身が未来を切り開いていく、新しい――本当の意味での人生の始まりはここからなのだ。







(――キース・グリフィン、もうすぐ36歳……第2の人生、がんばるぞ!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「父さんな……今の仕事を辞めて冒険者で食っていこうと思ってるんだ」 小野山由高 @OnoyamaAXE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ