第2話 「父さんな……今の仕事を辞めないでがんばろうと思うんだ」

 僕が異世界転生することになった理由は、女神曰く。




『貴方の世界では人間の数が飽和状態になっています。

 通常であれば介入することはありませんが、このまま大量の人間が一気に死んでしまうと魂が溢れ出てしまいます。

 なので、今のうちからある程度の魂を、逆に人間の少ない世界へと移動する必要があるのです』




 とのことだった。

 『魂』とかは僕にもよくわからないけど、例えば世界大戦みたいな大勢の人が亡くなるような事態が起きた場合に大量の魂が溢れることになってしまうのだろう。

 それが具体的にどんな悪影響を与えるかまでは女神は説明してくれなかったのでわからない。まぁ、神様の視点だと何か不都合があるのだろうと納得しておくことにする。

 ……要するに余りまくっている魂を振り分ける作業、ということだ。

 僕がとりわけ善人だから、とか神様の手違いで死んでしまったから、というわけではないみたい。

 『作業』――あくまでも僕の『何か』が転生の理由なんじゃなくて、たまたま作業中に僕が死んだから……というだけのことなのだろう。

 ちょこっとだけショックだけど、まぁ……仕方ないか。




 で、そこから僕の『担当』となった女神――頭の上の光の輪っかと翼が生えている以外、ピシッとしたスーツを着込んだOLって感じの普通の人に見える……――がさくさくと説明をしてくれる。

 曰く。


 僕が転生する先の世界は、いわゆる『剣と魔法のファンタジー』な世界だということ。

 魔王やら魔族やらのわかりやすい『人類の敵』は存在しないこと。

 けれども、人を襲う凶暴なモンスターはいるということ。

 科学技術は前世ほど発達はしていないが、代わりに魔法の力を活用した道具があるためそこまで不便さを感じることはないであろうこと。

 などなど……。




「転生するにおいて、何か要望はありますか?」


「え? 要望、聞いてくれるの!?」


「はい。可能な限り、ですが」




 意外と親切だ!

 どうも『地球から異世界への転生で魂を循環させる』というのはまだ実験段階らしく、転生させても大丈夫か? 転生先に逆に悪影響を与えないか? 転生することに不満はないか? など色々なことをチェックする必要があるらしい。

 要するに僕は『異世界転生のモニター』になったということか。まぁ……神様の世界にも色々あるんだろう。

 地球からバンバン異世界に魂を送り込んで、あっさりと死んだり逆に世界を崩壊させてしまったりしたら困るので、僕みたいな『モニター』での実験をするってことか。モルモットなのは気にくわないけど。

 ただ、女神が『可能な限り』と注意してくれた通り――思ったよりはこちらの要望は通らなかった。


 例えば、絶対無敵・永劫不滅の肉体なんかは却下された。

 ありとあらゆる魔法を自在に扱えるようなものも却下。

 『剣聖』とか『賢者』とか呼ばれるようなスキルも却下。


 ……思った以上に優遇はしてくれないみたいだ。

 まぁ仕方ないって納得はできる。

 他の人間よりもぶっちぎりで凄い能力を、いわゆる『転生特典』で与えてしまった場合、もしかしたら転生先の世界のバランスを大きく崩してしまうかもしれない。

 そんなことになったら、神々の計画はおじゃんだ。

 世界のバランスを崩さず、それでいて地球育ちの現代人が異世界に転生させられたとしても納得できる要望――女神と熱い議論を交わし、僕はある要望を煮詰めていった。




「じゃあ……『一生平穏に、苦労せずに暮らせる人生を送りたい』ってのはどうかな?」


「ふむ……少々お待ちください」




 僕は発想を変え、いかに自分が恵まれた……楽していわゆる『勝ち組』人生を送れるかを考え、この要望を出してみた。

 この考えに至ったのには僕の前世の人生も関わっているんだけど――いや、もう終わったことだ。どうでもいいことだ。




「お待たせしました。

 貴方の要望ですが、全てではありませんがある程度叶えることは可能です」


「! ほんと!?」


「はい。

 予め断っておきますが、わたくしたちであっても遠い『未来』はわかりません。正確には、『未来』を恣意的に変更するための干渉は致しません。

 ですので、あくまでも貴方の要望に限りなく近い条件……ということになります」


「うん」


「家柄、境遇、諸々を考慮して『ここ』が最良の転生先かと」




 そう言って女神が僕に履歴書みたいな紙を見せて来た。

 書かれているのは、僕の転生先に関する各種情報だった。

 ふむふむ……?

 元平民だが今は最高位の貴族『一公』であるグリフィン家長男である『キース・グリフィン』への転生。

 キース・グリフィンは生後一年足らずで流行り病に罹り死亡してしまう――と『運命の神』が予想しているため、あらかじめ転生者の魂を容れることで寿命の引き延ばしを計りたい……と記載してあった。

 ……あれか。乗っ取り転生? って感じかな、これは。恣意的な変更はしないと言ってるけど、幼くして亡くなる命は見過ごせない……ってことだろうか。

 気が引けるところはあるけど、僕の魂が『キース・グリフィン』君の生存の役に立つというのであれば……まぁいいのかな……?




「…………わかった。この転生先でお願いしたい」




 元より我儘を言える立場でもない。




「承知しました。

 ……一つ、わたくしから貴方へと助言させてください」


「? 何……?」


「貴方の要望は全てが叶えられることはありません。なぜならば、わたくしたちであっても全ての未来を見通すことはできないのですから」




 うん、それはわかった。

 キース・グリフィンが生後間もなく亡くなるっていうのも、『遠い未来』ではなく『ごく近い未来』――流行り病と言っていることから、世界の状況とかを鑑みて近い状況まではわかるということなのだろう。

 人間の一生は長い。

 中世っぽいファンタジー世界でも、やっぱり短くても50年くらいが寿命だとは思う。

 だから女神たちであっても、キース・グリフィンとなった僕がどのような人生を辿るかは全てを見通すことができないっていう理屈はわかる。




「それでも、可能な限り貴方の要望に沿うことができる転生先であるとわたくしは保証します。

 ですので……もし困難が貴方の前に立ちはだかったとして、貴方自身の努力が問われる場面は必ず来るでしょう――そう助言いたします」


「…………わかった。そう言うってことは、僕の今の意識とか記憶は引き継げるって思っていいんだよね?」


「はい。元のキース・グリフィンが死亡するのと入れ替わりで、貴方の魂が全てを思い出すことになるでしょう」




 ……うーん、やっぱり元のキース・グリフィンが可哀想になってくるけど……。

 神々の考えることなんて、一人間たる僕に理解できるはずもないか。







 ――こうして、僕は女神に要望を叶えてもらいつつ、『キース・グリフィン』として新たな生を授かることになった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ……っていうのが、僕と女神の出会い。そして転生の経緯だ。

 重要なのは、『一生平穏に、苦労せずに暮らせる人生を送りたい』という元々の要望についてである。

 女神がキース・グリフィンを転生先に選んだのは、可能な限り僕の要望に応えるためであるのは間違いない。

 確かに今まで順風満帆な人生を送ってきたし、このままいけば僕は父の跡を継いで宰相になれたかもしれないし、そうでなくてもいわゆる『勝ち組』人生を送れたであろうことは想像に難くない。

 そりゃもちろん、親の七光りに頼った『バカ息子』をやってるわけにはいかないから、努力はした。


 残念ながら父同様に僕には魔法の才能がなかったため、武術の腕を積極的に磨いた。とはいっても、こっちにも才能がなかったのか、並の腕前ってくらいではあるけど……。

 後は勉強も怠っていない。幸いなことに、この点に関しては前世の知識がかなり役に立っていた。

 女神の助言を忘れてはいない。

 僕は僕なりに努力してきたつもりだ。




 ……でもさ、今回の件については僕の努力でどうにもならないことなんじゃないか?

 父の仕事のことに首を突っ込むことなんてそもそもできないし、口を出せるような能力も持っていない。

 異世界からの転生者であっても全ての知識が通用するわけでもないし、この世界については知らないことの方が多い――ぶっちゃけてしまえば、所詮は『子供』なのだ。

 それが言い訳になるかはともかくとして……。




 何が言いたいかというと、王国宰相だった父が仕事を辞める……じゃなくてクビになることを防ぐ術はなく。

 我がグリフィン家も『一公』の座を追われ平民へ。

 そして、僕の説得も虚しく父の再就職先は何もかもが不安定な『冒険者』に……。

 これらを止めることは、僕の努力では到底不可能だということだ。




 女神に騙された。

 神々でも遠い未来は見えないと言ってたし仕方ないのかもしれないけど……。

 僕にはそうとしか思えないのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 父の衝撃の告白からしばらくが経った。

 ……概ね事態は僕の懸念通り、悪い方向へと転がり続けていった。


 まず我が家の生活は激変した。当然、悪い方向へ。

 貴族位が剥奪されはしたものの、流石に資産の没収まではされなかった。これ自体は幸運と言えば幸運だろう――まぁだからと言って我が家の財政状況は楽観視できるものではないんだけど……。

 今までの貯金だけで家族4人がずっと暮らし続けられるほど甘くはない。

 僕の学費は既に先行して払い終っているからまだいいけど、数年したらキャミィも学園に通うことになるかもしれない……が、このままだと妹の学費は払うことは難しいだろう。


 父は宣言通り、『冒険者』として活動を始めた。

 ……有言実行なところはすごいとは思うし、家でゴロゴロする言い訳にしなかったのは大したものだとは思うけど……。

 父の稼ぎは、お世辞にも『良い』とは言えないものとなった。

 それはそうだろう。

 冒険者の仕事は不安定だし、報酬もまちまちだ。それに、父の年齢は明らかに冒険者の平均を大きく上回っている。しかも、剣も魔法も使えないときている。

 そんな父に回ってくる仕事は――冒険者の中でも最底辺のものばかりだった。


 父一人でもこなせる仕事となると、街中に出てくる害虫・害獣退治、荷物運び、壊れた看板の修理など……『専門の職人に頼んでもいいけど、品質に拘らないなら安く冒険者を使う』というものしかない。

 複数人で組んで街の外へと長期間の旅に出ることもある。

 ……が、そこでの父の役割はやはり『荷物運び』だ。そりゃ、モンスターやら野盗やらと戦うための技術がないのだから仕方ない。

 他の冒険者の荷物を全て運ばされ、『お情け』として仕事を貰っているような立場だ、報酬もやたらと低い。




「オラ、おっさん! グズグズしてんじゃねーよ!」


「は、はい! すみませんすみません」




 父が僕より少し年上なくらいの少年冒険者たちに罵倒されている場面を見掛けたこともある。

 どれだけバカにされても、蹴られたりしても、父はヘラヘラと笑ってペコペコと頭を下げていた。

 ……父が父なりに頑張っているというのは僕だって理解できている。

 でもさ……努力の方向を間違えているんじゃないかと思えて仕方がない。

 再就職するにしても、冒険者は明らかにミスマッチだ。

 行政に関わる仕事は流石に無理だとは思うけど、もっと今までの仕事の経験を活かせるものがあったんじゃないか、いや必ずあったはずなのに……。




 もう一つ、懸念していた通り僕の学園生活も激変した。こっちも当然、悪い方向へ。

 僕の父のライバル的な存在の子供たちも同じ学園に通っていた。

 元々彼らと仲が良いわけではなく『お互い不干渉』という感じだったのだが、父が宰相を辞めさせられた後から態度が一変。

 直接的な暴力は流石に受けなかったが細々とした嫌がらせや、悪口嫌味を浴びせかけてきていた。

 更には――




「キース。もう私に話しかけないで」




 ……いい感じだった女の子にもあっさりと振られた。ま、覚悟はしていたけどね……。

 彼女は『二公』の家の子だし、『一公』でなくなった僕と付き合うメリットは何もなくなったということだろう。僕自身の魅力がそこまででもないって事実を突きつけられているようで、流石にへこむ。


 他にも仲のいい友達とかもいたんだけど、僕に関わるととばっちりに遭いかねない。

 『気にするな』と言ってくれた友達については、僕の方から距離を取るようにした。

 そして悲しいことなのかそうでないのか微妙なところだけど、逆に今まで避けていたのにこれを機に僕に近づいてくるような人もいなかった――まぁ弱った時にすり寄ってくる親しくない人って、信用できないしね……。




「…………あの……グリフィン公、ですよね……?」


「あ、はい? ――って、貴女は!?」




 そんな灰色どころか真っ黒の学園生活を送っていたある日、僕に話しかけてくる女生徒がいた。

 彼女の顔には見覚えがある。

 ……いやそれどころじゃない。彼女の顔を知らない貴族はいないだろう――まぁ僕は貴族だけど。

 彼女が誰か理解した瞬間、僕はその場で跪き臣下の礼を取る。




「失礼いたしました。ダーナ殿下」




 彼女の名はダーナ・ドレイク――この国の、いわゆる『お姫様』だ。

 『英傑』たる前国王には二人の子供がいた。

 現国王の長男と、妾の子と揶揄される彼女……ダーナだ。

 出自はともかく、王族なのには変わりない。

 元貴族とは言えこの辺りの礼儀はもう刷り込みに近いレベルで僕に浸み込んでいる。




「グリフィン公……その、わたくしなんかに……」




 一方で跪かれたダーナ殿下はおろおろとしている。

 ……その理由もわかっている。

 妾の子、という話が広まっている通り、彼女の立場は決して良くはない。

 特に兄が国王となってからは、むしろ『良く生き延びていられたもんだ』と思えるくらい冷遇されている――前国王が生きてた時はそうでもなかったんだけど……。

 ともかく、『一公』だった頃もそうだし、ましてや今や僕は平民だ。

 王族たるダーナ殿下に跪くのは当然と言えるだろう。




 ……その後、あまりに彼女がおろおろとしていて話が進まず、仕方なしに僕も少し態度を和らげようやく話ができるようになった。




「グリフィン公――」


「もう『公』ではありません。

 ……許されるのであれば、『キース』とお呼びください」




 彼女に含むところはないんだろうけど、『公』と呼ばれるのはむしろ今の僕にとっては嫌味になる。




「……承知いたしました。

 では、キース様。わたくしに対しても――」




 少なくとも学園内においては『学友』だ、とダーナ殿下……いやダーナ言う。

 まぁ、彼女の境遇を考えたら……あまりに謙った態度は僕と同じように嫌味に感じるかもしれないか。

 そんなやり取りをした後、ようやくダーナが本題を切り出す。

 ……と同時に、彼女は深々と僕に向かって頭を下げた。




「申し訳ございません……わたくしのために……」


「え……? どういうことですか……?」




 訳が分からない。

 なぜ彼女が僕、いや僕の家族に対して頭を下げる必要があるのか。




「グリフィン宰相――貴方の御父上の進言のおかげで、わたくしは他国へ送られることもなくこの学園に通うことができました。

 けれども、代わりに……」




 …………ああ、そういうことか……。

 父が色々と現国王へと進言してたらクビになったと言っていたけど、その中にダーナの扱いについてもあったのだろう。

 現国王にとって腹違いの妹は邪魔者以外の何物でもない。仮に弟だったとしても同じだ。

 それでも、『女』なら使い道はある――例えば、他国へと嫁がせるとか。

 きっと現国王はさっさとダーナを他国へと嫁がせようとしていたのだろう。それを父が諫め、止めた。

 ……そこにどんなやり取りがあったかはわからない。

 けど、どうにか上手く言い包めてダーナを学園へとことができたものの、父はクビを切られた――結果だけ見ればそういうことがあったのだろうと想像はつく。


 はぁ……。

 この点について父を責めるつもりは毛頭ないけど……そのせいで我が家が大変なことになったのは、やはり父を責めるべきなのではないだろうかと思う。

 ダーナが原因ではあるけど……まぁ彼女を責めるのは酷というものか。

 ……学園に通うことになったとはいえ、ダーナが周囲から浮いているのはわかっていたし、決して『良い』学園生活を送れているわけではないことは僕にもわかる。

 ある意味で、今の僕と同じ状況にずっと置かれていたのだから……。


 でもさ、やっぱりちょっと父には文句を言いたい気持ちもある。

 臣下ではあるけど、だからといって自分の家族を窮地に陥らせるような進言をするかな……と。

 人としては正しいことをしたのかもしれないけど、親としては――どうなんだろう、と首を傾げざるを得ない。




「この御恩は決して忘れません……そして、申し訳ありませんでした」


「いえ……ああ、いや。ダーナが悪いわけじゃないよ。父はきっと、『国にとって正しい』選択をしたと思って後悔はしていないと思う。

 まぁ、遅かれ早かれこうなったんじゃないかなって思うしね……」




 心にもないことを僕は口にする。

 ダーナに怒りや不満をぶつけても仕方ないし、そんな『ダサい』ことをして心まで底辺に堕ちたくはない。

 実際、父の行動は僕が口にした通りだったんじゃないかって思うしね……。







 ……とまぁ、僕に積極的に話しかけてきたのは、この時のダーナだけだった。

 巻き込まれまいとする、あるいは僕の方から巻き込まないようにした貴族の友人たち。

 同じ立場に落ちたけど腫物のように扱い声を掛けられない平民の学友たち。

 そして、僕に引け目を感じつつも毅然として必要以上に謙ることもないダーナ。


 そんな、暗黒の学園生活を僕は続けるしかないのだ……。

 全部、父のせいだ。

 けど……父は『正しい道』を歩もうとはしていた。

 それがわかっているからこそ、母も愛想を尽かさず今まで通り暮らしているのだろう。天真爛漫で逆に何を考えているのかわからないキャミィも。




「ちくしょう……わかったよ、がんばればいいんだろう、がんばれば!!」




 誰もいない場所で僕は叫ぶ。

 叫ぶ相手はどこか遠くの世界で見ているのであろう女神へか。

 あるいは、自分自身へか。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――そして、20年後……。

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