「父さんな……今の仕事を辞めて冒険者で食っていこうと思ってるんだ」
小野山由高
第1話 「父さんな……今の仕事を辞めて冒険者で食っていこうと思ってるんだ」
「父さんな……今の仕事を辞めて冒険者で食っていこうと思ってるんだ」
ある日の夕食時、僕の父親が突然そんなことを言いだした。
言葉は理解できる。うん。
仕事辞めて冒険者になるって? うん、まぁ言葉の意味はわかるよ?
「――いやいやいや!? 何言ってるのさ、父さん!?」
だけど、じゃあ納得して息子として応援しよう、なんて気にはサラサラなれない。
というか、仕事を辞めるならともかく『冒険者』って……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕の名前はキース・グリフィン。今年で16歳になる、グリフィン家の長男だ。
何を隠そう僕には『前世の記憶』がある。
しかも、この世界ではない異世界の記憶だ。
……もったいぶっても仕方ない、はっきりと言ってしまうと、僕は日本からの『転生者』なのだ。
で、なんでそんなことを今語るのかというと……。
前世からの知識と、この世界で育った16年間の知識を総合して考えて――冒険者なんて絶対にならない方がいい職業だと思ったからだ。
まず収入は安定しない。
冒険者の仕事は色々とあるけど、実入りのいい仕事は危険度が高いし確実性がない。下手に高額報酬の依頼に手を出して失敗するだけならまだしも、違約金を取られるなんてこともあるらしい。
前世で言うなら……一番近いのは、多分『フリーター』じゃないかな? しかも、長期雇用の望めない、日雇い仕事しか選択の余地のないフリーターだ。
当然、社会保障とかもない――日本ならともかく、異世界のここでは定職についていても微妙だというのは置いておいて――し、社会的な信用も皆無に等しい。
そりゃドラゴンとかを退治するような有名な冒険者なら話は別だけど、そうではない大半の冒険者の社会的評価はといえば、良くて『何でも屋』、悪いと『
『冒険者ギルド』みたいな組織はあることはあるが、はっきり言って仕事の仲介をしているだけの組織だ。
何でも屋にさせたい仕事はあるけど、別にいなくても困ることはない。むしろ治安を考えたらいない方がマシ……というのがこの世界における冒険者の立場と言える。
他には父親には絶対に向いていない、と僕は思う。
父は今年でもう40代の半ばになる中年だ。
しかも今まで肉体労働をしていたわけではない。身体だって中年太りしてて、ちょっと走るだけで息切れしてしまうし、最近膝が痛むとぼやいているくらいだ。
肉体労働の極致であろう冒険者なんてできるわけがない。
それに、この世界には『魔法』がある。冒険者なら魔法を使えるというのは大きな利点になるだろうが、残念ながら父は魔法が使えない。これは以前聞いたことがあるので確かな話だ。
最後に一つ。そして最も重要な点は――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大体、
しかも、家は『一公』だけど領地なしなんだよ!?
どうやってこの先暮らしていくっていうのさ!?」
そう、我が家は実はいわゆる『貴族』と呼ばれる部類に入っている。
ちょっと微妙な言い回しなのは、この世界……いや僕たちの住んでいるこの国の貴族制度が少し変わっていることに起因している。
貴族というと、侯爵だの伯爵だのが頭に思い浮かぶだろうけど、それに近くはある。
この国の貴族は、頂点たる王族の下には『一』から『六』までの『公』で序列がつけられている。
もちろん、『一』が一番上の位だ。
僕が言った通り、我がグリフィン家は『一公』――位だけで言えば王族の次に貴い家であると言っても過言ではない。
そしてややこしいのが、我が家は『一公』ではあるけど『領地なし』の貴族であるということだ。
普通、貴族だったら自分の領地を持っていて、そこからの税収で色々とやりくりしている……っていうイメージだと思う。実際、グリフィン家以外の大抵の公はそうしている。
でも我が家には領地はない。
なぜかというと……グリフィン家は比較的最近になって『一公』となった家だからだ。
僕の祖父が先代王の時代に大出世し、史上初の平民から成り上がった宰相となった。
その時に箔付けのために『一公』の位を賜ったのだけど、他の貴族の領地を切り取るわけにもいかないため我が家は領地なしの名前だけ貴族となった……というわけである。
……つまりは、まぁ我が家は代々蓄えた資産も乏しく、自領地からの税収もない。父の仕事の給料だけでやっていくしかない貧乏貴族だということだ。
「ははは、なぁに。キースよ、お前が学園を卒業するまでの学費は既に払ってある。
軌道に乗るまでは貯金をやりくりして何とかなるさ」
「何とかって……」
んな無責任な。
その貯金をやりくりするのは母の方なんだけど。
と思って母へと水を向ける。
「母さんからも何か言ってやってよ!」
中年太りの父親と反対に、ちょっと痩せたおばさ……いや母親の容姿を悪くは言うまい。
ともかく、こんな暴挙を母が認めるとは思えない。
案の定、母は眉を顰めナプキンで口を拭うと父へと向かって――
「あら? それじゃあ母さんは悪役令嬢になろうかしら~?」
「……そうじゃねぇだろ!?」
「ははは、母さんとはもう結婚してるからなぁ~。婚約破棄はできないなぁ~」
「ふふふ、確かにそうねぇ~」
などとこれまたわけのわからないことを言う始末。
「じゃあ、キャミィは聖女になって追放されます!」
「キャミィまで変なこと言うんじゃない!」
キャミィ――僕の3つ年下の妹までもがアホなことを言い始めてしまう。
やべぇ、何か一瞬にして僕の家族全員の頭がおかしくなってしまってる!?
「落ち着きなさい、キース」
「誰のせいだと思ってるんだよ!?」
発端となった父が僕を落ち着かせようと威厳を見せる……んだけど、中年太りのバーコード頭のおっさんに威厳もへったくれもない。
……全然関係ないけど、ファンタジー世界でバーコード頭ってスゲーミスマッチだよなぁ……なんて現実逃避もしたくなってくる。
…………いやいや、現実逃避している場合じゃないのはわかってる。
「そもそも、なんで仕事を辞めるなんていいだすのさ……?」
さっき自分で言った通り、我が家は『一公』。
そして『一公』となった理由は祖父がこの国の宰相となったことがきっかけだ。
父は祖父の跡を継いで宰相となっている――この国では王様だけでなく他の要職も大体が世襲制なのだ。
僕はまだ宰相の仕事内容はぼんやりとしか想像できないが、まぁ確かに大変なのだろう。
でも、だからと言って簡単に辞めていいわけがない。
世襲制が主となっていることから考えると、一度退いてしまったら元に戻るのは容易ではないことを意味している。
……祖父が宰相となったことが奇跡のようなものなのだ。
その跡を継いだ父は『幸運』以外の何物でもない……僕はそう思う。
父のおかげで僕たち家族は実質平民の名ばかり貴族であっても暮らせていけている――それは理解している。
いくら大変でも、もう少し歯を食いしばって耐えるのが父親としての役目なんじゃないか……そうも僕は思うのだが……。
「じ、実は~……」
「実は?」
「…………王に色々と進言してたら、クビにされちゃったんだ☆」
「…………はぁ!?」
ちょっと待て!?
それじゃ、『今の仕事を辞めて』じゃなくて『今の仕事をクビになったから』じゃん! 言ってること違うじゃん!!
「あー……それは仕方ないわねぇ~」
「あははは、仕方ないね、パパママ!」
「……それで済む話かよ……」
僕とは異なり、母も妹も軽く流している……。
まぁ、確かに
祖父を宰相に取り立てた前国王は、稀代の『名君』だった。
前々国王が早くに亡くなり、若くして王となった時には大分この国は揺らいだらしい。
でも、様々な心配は杞憂に終わった。
前々国王の頃から仕えていた優秀な臣下たちのサポートに加え、僕の祖父のような新たな世代が加わり、更には前国王その人が世が世なら『英傑』と謳われる能力の持ち主だった。
揺らいだ国はすぐに建て直され、むしろより強固になりより栄えたということだ。
で、問題なのはその跡継ぎとなった現国王だ。
前国王はなかなか子供が出来ず、歳をとってからようやく現国王となる息子と、妾の子ではあるが娘が産まれた。
そして歳も歳だったため前国王が亡くなり、息子が跡を継ぐこととなった……これが2~3年くらい前だったかな?
英傑と呼ばれるに相応しい名君だった前国王とは真逆で、現国王は正に稀代の『暗君』だ。でも、それを大っぴらに言うことはできない――前世でもそうだったけど、大体そういう暗君の方こそ自分の評判を異様に気にする。
迂闊なことを言えば適当な理由をつけて投獄・処刑されるのは目に見えている。
……そんな暗君に、我が父は諫めるようなことを言い続けていたのだろう。よくクビで済んだものだ、と逆に感心してしまうくらいだ。
父は僕の渦巻く様々な感情やら考えやらに気付いているのかいないのか、『ハッハッハ』と高らかに愉快そうに笑う。
「そういうわけでな、次の就職先として冒険者を選んだというわけなのだよ!」
「パパ、かっこいいー! 冒険者ー!」
「ついでにな、『一公』の位も
「……え、ということは……僕たちはもう平民ってこと……?」
「そういうことになるわねぇ~」
…………マジかよ……。
呆然となった。
これはかなり拙い事態だ。
貴族位自体は元々箔付けでしかなかったけど、それでも箔は箔だ。立派な金箔だ。
そして金箔であっても、父が宰相――国の政を司る最高位の人間だという事実がそれを後押しする。
ぶっちゃけて言えば、僕の学園生活にも暗雲が立ち込め始めたということを意味しているのだ。
僕が通うのは王立の学園――平民にも門戸は開かれているものの、ありがちだけどやはり貴族vs平民の構図はある。
もちろん、僕が積極的に平民をイジメたりとかはしたことはないが……特権階級としての自意識に支配されている他の貴族は違う。
つまりは、まぁ……このことが知れ渡れば、僕は平民扱いの元貴族、しかも元々形だけのいけ好かない貴族としてやり玉に挙げられることが目に見えているってことだ。
「…………クビになっちゃったらもうどうしようもないよね……。
うわぁ……明日から学校行きたくねぇ~……」
ただの平民よりも扱いが悪くなることはわかりきっている。
嫌な人間の性根なんて、異世界でも大した違いはない――むしろ、貴族と平民という明確な身分の差がある以上、より苛烈になっていると言えるだろう。
だから僕は明日からどういう目に遭うか……嫌でも想像できてしまうのだ。
「キースよ」
「…………何、父さん……?」
この事態を招いたのは父のせいだ。
その父が、真面目なトーンで僕の名を呼ぶ。
これでまた変なこと言ったら、家出上等でぶっ飛ばすぞ――そう思って父へと向き直る僕。
……そこで目にしたのは、ちょっと予想外の父の顔だった。
さっきまでのふざけた態度は微塵もない。
この国の『宰相』として辣腕を振るっていた男の、真剣な、そして有無を言わせぬ迫力を湛えた瞳が僕を真っすぐに見つめていた。
「
もし学園を去るというのであれば、おまえは勘当しキャミィを跡継ぎとする。
――良いな? どのような困難があっても、逃げることは許さんぞ」
「……っ、何を、勝手なことを……」
全部父が招いたことじゃないか!
……そう反論したかったけど、父の迫力に圧された僕の言葉は情けなくも尻すぼみに消えていってしまった。
父と僕の間の緊迫した空気――実のところは僕が一方的に父に圧されているだけだけど――を感じ取っているのだろう、母は何も言わない。
何も言わないけど、僕を見つめるその目が『父の言うことに従いなさい』と雄弁に語っているのは理解できた……。
「お兄ちゃん……外れスキル持ってないんだから、お家から追放されちゃダメだよ?」
「キャミィ……今真面目な話してるから、ね?」
ちなみにこの世界に『スキル』のようなものはない。
前世の世界と同じく個人の技量はその人が努力して磨くしかないのだ……くそっ、こんなことなら転生する時にスキルのある世界にしてもらえば良かった!
そうすれば、いざという時に自力で何とかできたかもしれないのに……!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
キース・グリフィンの人生はターニングポイントを迎えた。
……こんなこと、誰かに言われなくてもわかってる。
まさか、父がクビになってあっという間に転落することになるとは想像もしていなかったよ……。
ああ、ちくしょう。
僕は転生した時のこと――女神との会話を思い出していた。
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