第7話 独白
テレビで流れているポップソングを聞いているとたまに、「どんな君でも愛している」「どんなときでも愛している」という歌詞が耳に留まることがある。
そのたびに僕は、わけが分からないと思っていた。
この歌は何のためにあるのだろう。誰にも愛されない僕たちが、こんな無責任に愛を語る歌に救われるわけがない。
僕は良い人でありたい。自分の手の届く範囲で良いから、できるだけみんなに優しくて、優しくし返されたかった。与えなければ返って来ない。好きでなければ好きになってもらえない。それは見せかけでは不偏の愛に似た、独善的な偏向だった。だから、罰が当たったのだ。
湖波さんは傷付いていないだろうか、と思った。彼女は僕に似ている。人と繋がることに苦しみながら、それでも必死に誰かを求めている。
僕はもしかしたら、本当に彼女のことが好きだったのかもしれない。偽善でもなく、自分のためでもなく、好いて欲しいからとかでもなく、ただ純粋に彼女の未来を祈っている。
――そんなことを、苦しい胃洗浄の処置を受けながら思っていた。
「さて――」
切り揃えられたショートボブの髪の間からラピスラズリの目をのぞかせて、名前を失った名探偵が言った。
ここは、秘密の花園。444番教室の中。色とりどりの毒性植物に埋もれた四つの椅子にそれぞれ制服姿の少女が座り、その中央に探偵が立っている。椅子は全て異なる方に向いており、彼女たちの目が合うことはない。
「私はまどろっこしいことが嫌いでね。探偵が推理を疲労しながら犯人を追い詰めてゆく過程は確かに面白いが、自分でやろうとは思わない。単刀直入に言う。保味先生に毒を盛ったのは、ひなの、君だね」
探偵が、ピシリと指先をひなのに向ける。ひなのはうつむいたまま、
「あの先生、あんたを殺したのが私たちだって気付いてたみたいだから」
と、低い声で言った。
「君たち百合文学同好会は、全員で保味先生を殺す機会を探っていた。ひなのがティーバッグに毒を入れ、マリモが保味先生とお茶を飲む機会を作り、部長が自然な流れで毒入り紅茶を飲ませた。完璧な計画……とは言いがたいけれど、この学園は治外法権。恐らくこの事件はもみ消される。私のときと同じように。ふふ」
探偵は楽しそうに笑い声を漏らす。
「待って!」
そう叫び立ち上がったのは、湖波だった。
「じゃあ、ひなの先輩が私に近付いたのは保味先生を殺すためだったの?」
それぞれ別の方向を見ていた三人の少女たち……ひなの、マリモ、部長は、互いに目配せし合った。
「ホントのこと言うとね、」
マリモが口を開く。
「私たち、湖波ちゃんがこいつの死について調べてるのは知らなかった。知ってたら殺してたと思う」
「なんでそんな……」
湖波の涙混じりの声に答えたのは、部長だった。
「湖波さんも保味先生も、【お客様】、つまりこの学園にとって外側の存在だから。私たち内側の事情は知ってはいけない。この学園は、巨大な祭場なの。私たちが目的を果たすための」
「目的……?」
「そうよ」
少女が、うっすらと笑う。
「神の毒による、世界の浄化のために」
「湖波さん」
誰かの声で目が覚める。顔を上げると、いつの間にか意識を取り戻していた保味先生が、私を真っ直ぐに見ていた。手を伸ばし、私の頭をそっと何度もなでる。
ここは、ワカヤマ県立医大附属病院の病室だ。紀州の山奥にある学園からドクターヘリでここに運ばれた先生は、一命をとりとめた。
「学園長から連絡がありました。僕は解雇されるそうです。湖波さんは――」
私は先生の手を取って、自分の頬で温めた。
「私は学園に戻ります。事件の真相を暴くために」
【つづく……?】
「行かせない、絶対」
保味先生が、私の頬を両側からぎゅっと押さえた。
「秘密を知ってしまった僕らは、近いうちに殺されてしまう。だから一緒に逃げるんだ、海外へ」
そして、私たちの二人きりの旅が始まった。
【ひとまず、終わり】
uminokoe 紫陽花 雨希 @6pp1e
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