インターミッション

14.今、あなたに告げる

(これで全部揃ったってことだよね?)

『然り。無論むろん例外もあるにはあるのだが、今は気にせずともいいだろう』

(これでアルメイアに行けるね)

『時にカイルのことを忘れてはいないか?』


 忘れるはずがない。

 短い時間ではあるけれど、ともに歩き、笑い、同じ視線で同じものを見てきた。

 このままお別れになってしまうのは、なんだか味気ない気がして寂しい。

 彼も同じように思ってくれないかな。

 なんてあたしは都合のいいことを考えている。


「今日は溜め息ばかりですね。何か悩み事があるのなら仰ってください」


 町のお店で昼食を取っていると、目の前に座るカイルさんが心配そうに見ていた。


「昨日で予定どおり史跡は回れました。ですけど、このままアルメイアへ向かおうと思っています」

「おや、てっきり僕はラナへ戻られるのかと。どういった心境の変化でしょうか?」

「どうしてもしなければならないことがあって。それまでは実家には帰らないつもりです」

「僕にも何かお手伝いできることがあるかもしれません。アリスさんさえよければ、このままご一緒したいのですが」

「カイルさん、それって本当」


 反応しかけたところで、彼はあたしを制した。


「その前にお伝えしなければなりません。アリスさん、僕には黙っていたことがあります」


 ここにきて何かがある。

 その途端あたしの胸を打つ音が速くなっていく。

 深呼吸をして、気を落ち着かせると続きを促した。


「実を言うと、あなたのことは司書をされていた時から存じておりまして」

「え……?」

「とはいえ、普段は遠くから見ているだけでしたけどね。ただ一度、覚えてはいないでしょうが『君に花束を』という本のありかを尋ねたことがあります」


 大好きな小説のことでもあるし何かが結びつくかもしれない。

 あたしはおぼろげな記憶を手繰り寄せるけれど、なかなか上手くいかない。


「すみません。誰かに聞かれたのは覚えているんですけど、それがカイルさんかどうかは……」

「認識されていなくて当然かと。あそこには一日に多くの方が訪れるわけですからね」

「でも、それだけの理由でここまで一緒に?」

「いいえ。あなたが職を追われ、国をあとにすることになった理由を知ってしまったのもあります」

「どうしてそれっ!?」


 あたしは思わず立ち上がり、テーブルを叩いてしまっていた。

 周りの視線が刺さっていることに気付くと再び座る。


「驚くのも無理はありません。アリスさんが追放された日、僕は図書館にて偶然真相を聞いてしまったのです」

「あたし達、同じ場所にいたんですね……」


 目を伏せる。


「やはりそうでしたか。これでラナに帰らずアルメイアに向かう理由が腑に落ちました。くだんの三人については僕も色々と動いてはいるのですが、証拠能力に乏しいと突っぱねられてしまいました」

「やっぱりだめですよね」


 わかりきってはいたけれど正攻法では勝ち目はなさそうだ。

 あたしが肩を落としていると、彼は真剣な表情で見つめてきた。


「そして、僕の同行する動機はそれだけではありません。初めて見かけた時から、僕はアリスさんに心奪われてしまったのです。あなたをどうしてもお救いしたく偶然を装って近づきました」

「ラナで会ったのは、そういうことですか……?」

「思い返せば気味の悪い真似をしました。本当に申し訳ありません」


 彼は頭を下げた。


「やだ、顔を上げてください。あたしはむしろ、いつも助けてもらってばかりで感謝しています。それにカイルさんの気持ちがとても嬉しいです」


 これまでに見てきた彼は、ウィグナーのようにからかったり変な冗談を言わない。

 どんな時も誠実で真っ直ぐな言葉をくれる。

 それを考えると顔が熱くなり、目を合わせられなくなった。


「よかった。そう言っていただけて僕もこの上なく嬉しく思います」


 微笑む彼の胸元に向けて精一杯の笑みを返す。


「もっとも、史跡に立ち寄ったのは意外でした。あれは何かしらの意味があってのことなのでしょうか?」

「あの、あたしも言っておかないといけないことがあります」


 咳払いを何度かして調子を整える。


『話してしまうつもりか』

(いくらだめって言っても、聞くつもりはないよ)

『止めても無駄なのはわかりきっている。ただ、そうしたところで易々と信じるとでも思うか?』

(多分無理だろうね。それでもカイルさんが打ち明けてくれたんだから、あたしもこのままじゃいられない)


 ウィグナーの反応はなくなった。カイルさんは首を傾げあたしの言葉の続きを待っている。


「実は――」


 あたしはウィグナーとの出会いからここに辿り着くまでのすべてを打ち明けた。

 予想していたとおり、彼はその間驚いたり時には怪訝けげんな表情を浮かべていた。


「それが話す銃ウィグナー、という訳ですか。しかしにわかには信じがたい話です。あ、いえ。決してアリスさんを疑うわけではなく」

「いいんですよ。あたしが同じこと聞かされても信じないと思います。ですから今まで黙っていたわけですし」

「それにも関わらず、話してくださったのはなぜですか?」

「あたしはもう、カイルさんに嘘を吐きたくないんです」


 彼が視線を落とすとそれきり会話という会話もなくなった。

 胸の鼓動は収まらない。けれど、ようやくき物が落ちたように今のあたしは晴れやかな気持ちでいる。

 静まり返った空気の中、ウィグナーの溜め息が聞こえてきた。


『アリスよ、カイルにこれからする話をしろ。そしてオレからであると告げるのだ』



「『祖父ルシウス譲りの太刀筋、見事である』。あたしには言葉の意味はわからないですけど、ウィグナーがそう伝えろと言っています」


 その途端、カイルさんは瞬きもせず口をぽかんと開けたまま固まってしまい、


「なぜ、それを知っているのですか?」


 ようやく搾り出すように呟いた。


「『オレは奴と一時期行動をともにしていたからな』だそうです」

「アリスさん。いえ、ウィグナーさんでしたか。あなたは一体?」

「『オレ仔細しさいについてはアリスがすべて話した。無理にとは言わないがこのむすめの言葉を信じてやってくれ』」


 しばらく間が空いたあと、ふうと息を吐いたカイルさんはいつもの柔らかな笑顔に戻っていた。


「驚きました。この世界にはまだまだ知らないことが存在しているようですね」

「ええ、本当に!」

「思い返せば不思議なことも何度かありました。あれはウィグナー氏のお力だったという訳ですね」


 あたしが手の中の銃身に触れながら笑顔を見せると、彼は椅子に座り直し手を組んだ。


「重ねて、僕には重大な秘密があります。とはいえ今は誰にも知られる訳にはいきません。ですがいずれ、アリスさんだけにお伝えすると約束します。現状言葉にできるのはこれだけで申し訳ありません」

「一つだけ教えてください。もしそれを話す時が来たとして、あたし達がこれまで築いた関係はすべて消えてしまいますか?」


 縋るように彼を見つめる。


「断言しましょう。絶対にそのようなことにはならない。僕は運命にあらがい、例えこの身滅ぼうとも、アリスさんとともに歩んでいくつもりです」


 彼の言う運命が何を意味するのかはわからない。けれど、力強い眼差しの前には多くの言葉はさほど意味をなさないだろう。


「わかりました。あたし、その時を信じて待ちます」



                =Act2へ続く=

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ひかずのアリス ~追放司書はふたたび王都を目指す~ ひなみ @hinami_yut

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