13.フィフニャータの回廊<???・?>

「ウィグナー、今何が起こってるの……?」


 ようやく落ち着いたところで尋ねてみる。


オレは人の形を取ることもできる。だがこの姿は不便極まりなくてな。本来ならば顕現させることはないのだ』

「それであんなに嫌々だったのかあ。でもいいね。ウィグナー、とっても可愛いね!」

『お前のそのような反応は初めてだな。さておき、さっさとこの仕掛けを解除するぞ』


 こうしてあたし達は床を同じように踏み、次の部屋への扉を開いた。

 恥ずかしいという概念がないせいかウィグナーはまったく嫌がらない。

 それをいいことに頭を撫でたり、ほっぺをぷにぷにしたり、姿が戻るまでの間手を繋いで歩く約束をする。


「あ、でも今って銃がなくなってるわけだよね。こういう時は撃てないの?」

『いや、お前が命じれば銃撃自体は可能だ。その際はこの体から放たれる』

「そっか。もしもの時のために覚えておかないとね」

『そのような機会が来ないことを願っておくとしようか』


 部屋に入ると、明らかにこれまでの部屋とは違って広く感じる。

 ウィグナーと手分けして石版を探している最中、あたしは不思議に思っていたことを聞いてみる。


「さっきから石版の数字が進んでるよね。何か意味があったりするのかな?」

『思いのほか鋭いな。恐らくあの【六つの試練】に掛けたものなのかもしれん』


 聞いたことのない話に振り返り首を傾げると、ウィグナーは得意げに腕組みをしていた。


『その昔、一人の富豪がいてな。それは大層な屋敷に住んでいたそうだ。暇と金を持て余した男はある日、屋敷の中に七つの部屋を作り名だたる冒険者達を招いた』

「それって、ここみたいに謎が解けたら進めたってこと?」

『然り。そして、最奥となる七つ目の部屋には金銀財宝が眠っていたという御伽おとぎ話だ。仮にこの回廊がそれを模しているのだとすれば、少なくとも石版は残り三枚存在することになる』

「なんだか夢のある話になってきたね?」

『どうだろうな。そもそも部屋は七つとは限らん』


 話を聞き終えて、部屋を何気なく歩いていると床のでっぱりにつまづいた。

 その拍子に何かに掴まってしまい、よく見てみるとあたしは小さな石像のようなものを手にしていた。


『アリス、恐らく次はそれだ。【四、石の像よりでしものを掲げよ】』


 気付くとウィグナーが側まで来ている。

 あたしは石像を思い切って床に叩きつけた。すると音を立ててその破片が散らばり、直後丸い玉のようなものが床を転がっていく。

 急いでそれを追いかけて拾い上げ、そのまま天井へと腕を伸ばすと扉が開いた。


「あと二つかな。それとも……」

『できれば早々に終わって欲しいところだがな』

「そうだね。カイルさんも心配してるだろうし」


 話をしながら次の部屋に進むと、ウィグナーは突然立ち止まった。

 屈んで顔を覗き込む。もともと仏頂面ぶっちょうづらな表情は曇っていて、それが余計不機嫌に見えて怖い。


『あの石版だ』


 彼はあたしの視線に気づくとそれだけを発した。


「それで、なんて書いてあるの?」

『【五、かまの奥、火炎踊る黒きものの中】』

「もしかしてあれのこと? さすがにあの中に入るには、あたしも小さくならないとだめかもね」

『可能ならば避けたかったのだがな』


 ウィグナーは何を嫌がっているんだろう?

 ひとまず暖炉に火を入れて中の薪を燃やし、すすになるのを待つ。

 銃口をこめかみに当て<ミニマム>を放つと、あたしはこどものすがたにへんかした。


「うぃぐな。あたしのことはおねえちゃんとよびなさい!」

『なぜその姿になると威勢がよくなる』

「いいから、はやくとびらをあけるわ!」


 うぃぐなのてをひっぱる。


『もう子守りは勘弁してくれ……』


 あたしたちは、ちいさなだんろにもぐりこむ。

 いやいやしてるうぃぐなをおして、すすだらけになりながら、やっとかぎをみつけた。

 つぎのへやにはいるのとどうじに、あたしたちは元の姿に戻った。


『ようやくか。やはり人の体はいかんな』

「あ、ウィグナーがぁ!」


 膝をついてがっくりとうな垂れる。


『なぜそこまで残念そうにするのだ。さて、お次は【六、板に触れ十の鐘を耐え凌げ】とあるな』


 体を起こして見上げると、天井には大きな鐘が吊り下げられている。


「あれが関係あるのかな。でも、どういう意味かまったくわからないんだけど」

『石版に触れた途端、鐘がとお鳴る。そのかん何かしらの悪意を持った攻撃が飛来する、と見るべきか?』

「それをあたしに耐えろってこと?」

『いい機会でもあるな。万全を期してあえて<スロウ>を使うとしよう』

「あれ、でも昨日教えてくれなかったよね。もしかして何も言わないつもりなんじゃ……?」


 手にしたウィグナーに対して首を傾げる。


『流石にオレとて外道ではない。<スロウ>というのは、自身の真上に撃つことで効果を発揮し周囲の空間の時を遅らせるものだ』

「それだけでなんとかなるの?」

『例えば今、複数の敵に囲まれたとしよう。そういった場面に使用することで自分だけが通常どおりに動くことができる』

「その敵さんはゆっくりになるってこと?」

『然り。その間に戦況の立て直しを図るもよし、また逃走するもよしだ』

「気になることはあるけど大体わかった!」

『いざという時はオレを使うのだぞ』


 どきどきとしながら石版に触れた瞬間、天井に向けて<スロウ>を放つ。

 すると鐘は揺れ始めよく見るとその動きはゆったりとしている。

 直後、低く鈍い音が一回鳴った。これをあと九回聞けば条件を満たすはず。


 突然天井には何かが現れて、ゆっくりとこっちに近づいてくる。それはどうやら剣のようで、余裕をもって回避すると鐘が一つ鳴った。

 続けて何もない床から飛んできた弓矢をかわし、鐘が鳴る。

 都合七回鳴り終わる頃には、床には剣や弓だけでなく槍と斧も複数転がっている。


 少し息があがってはいるけれど、動きが遅くなっているおかげで思った以上になんとかなりそうだ。

 八回目の鐘を意識していると、これまでとは違って四方から剣と槍があたしを襲った。足元の武器に気を取られながらなんとか事なきを得る。

 九回目。八方からの攻撃はさすがに避けられないかもしれない。

 そう踏んで、素早く装填しておいた<ショック>二発で勢いを相殺そうさいすると、武器は次々に落下していった。


 次で十回目。

 思わず手に汗を握るけれど、周囲を警戒していても何もやってこない。

 少しだけ緊張の糸が緩みかける。

 その瞬間、銀色の鉛玉のようなものが目の前に現れた。これまでとは違い飛んでくる速度が速いように感じる。

 一つ目を回避して、続けて二つ目を屈んでかわす。

 ほっとしているところに、その二つが壁に跳ね返り、その途端速度を増して戻ってきた。


 まずい。


 体の反応は遅れ玉は間近まで寄ってきている。

 このままいけば直撃は免れない。


『いざという時はオレを使うのだぞ』


 あたしはウィグナーの言葉を思い出し、銃身を構え弾き返す。

 それと同時に鐘は鳴り、あの低く鈍い音はもう聞こえなくなっていた。



『どうやらここが七つ目の部屋だったようだな』

「本当に話のとおりだったね?」

『偶然だろうがな。む……あれを開けてみるがいい』


 部屋の中央には古びた宝箱が置かれている。

 積もった埃に咳き込みながら、中を確認してみると真っ黒な銃弾が入っていた。


「なんだかまがまがしいけど、これも新しい弾なの?」

オレの知識の中には存在しないな。未知のものに相違ない』

「ウィグナーでもわからないことってあるんだね」

『長く生きているつもりだが初めてだな。解析には時間が掛かるゆえ、しばらく預かっておこう』


 部屋から出ると、いつの間にか元いた通路を歩いているのに気付いた。

 あたしは急いでカイルさんを探す。


「ようやく見つけました。アリスさんは一体どこにいらしたのですか?」

「ごめんなさい。迷っているうちに知らない場所を彷徨さまよっていまして」

「とにかくご無事でなによりです。さあ、暗くなってきましたし帰りましょう」


 彼はいつものように優しく出迎えてくれた。

 これで旅も終わりなのだと思うと、あたしはどこか沈んだような気持ちになってしまっていた。

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