漆黒の五重の天守

小絲 さなこ

漆黒の五重の天守

 初めてこの町を訪れたときに行った場所は何ヶ所かある。


 レトロな喫茶店、神社、老舗のお菓子屋、蔵造りの建物が並ぶ通り……

 その中で一番印象に残ったのは、お城だった。


 澄んでいる空気と標高の高さもあり、濃く見える青い空。

 雄大な北アルプス。

 堀に囲まれた平城は、五重の天守。国宝に指定されている。

 天守の外壁の上部は白く、下部は黒塗りの下見板で覆われている。白と黒の対比が素晴らしい。


 ──あぁ、なんてイケメンなのだろう。



 端的に言おう。


 私はそのお城に一目惚れしたのだった。



 

 この城を大切に守り続ける、この町に納税をしたい。

 流行りのふるさと納税ではなく、住民税を納めたい。

 そう思った。

 推し活でいうところの、お布施である。



 そんなわけで、東京の都心からこの町へ引っ越したのだった。



 数年経って、仕事も落ち着いた。


 日々の生活の中で、嫌なことや不安になるとこが、まったく無いわけではない。

 小さなものから、大きなものまで、何かしらある。

 それは、きっと何処に住んでいても同じ。

 どんな生き方、どんな仕事をしていても、同じだ。




 アパートの階段を降りていく。

 

 青い空。

 空気でわかる。今日は北アルプスが背後に見える。



 きっと、大丈夫。


 私の選択は間違っていないと、あの城を見ると自信が持てる。


 私の、この先のこと。


 今日は、あなたに嬉しい報告があるのだ。



 すぐに行ける。

 自宅から徒歩十五分。


 その距離に、この町で暮らし、生きていくと決めた私の原点がある。




 そのことが、どれほどの救いになることか──


 私は、この町に住んで初めて知ったのだった。




 

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