戦後

 ヴィクターが目覚めたのは、やけに格式だかいベットの上だった。


(こんなに豪華なベットで寝るのは、家を出て以来初めてだな)


 らしくない感傷に浸るヴィクターを一人の男が見つめている。


「ようやく起きたか」


「ホルガー様。ということは、ここは」


「そうだ。私の私邸、その一室だ」


「二人は?」


「少し前に目覚めた。すぐにでも顔を合わせたいところだと思うが、私に時間をくれないか?」


 以前感じた威圧感は消え去っていて、ヴィクターは田舎の祖父を思い出した。

「もちろん。御恩がありますから」


「感謝する。そのだな、オリビアがヴィクターに同行したいと言っている。私はあの子に好きにしろと言った手前止める気はない。だが、本人の許可もなく許すわけにはいかなくてな」


「オリビアが……。ホルガー様、オリビアのお父様が許されるのなら、僕としては彼女を歓迎します」


「そうか。私が言うのもなんだが、面倒な女だぞ」


「面倒でない女はつまらないでしょう」


 ヴィクターの返しにホルガーは面食らった後、腹を抱えて静かに笑った。


「それに、死んだ男との約束ですから。止められてでも連れていきますよ」


「あの子をよろしく頼む。過ちがあったらそうだな、婿に入ってもらうとしよう」


「まだ諦めておられなかったのですね。当然、責任は取らせていただきます。今のところその予定はないですが」


 使用人にドアをノックされたことで歓談は終わりを迎える。


「ホルガー様そろそろお時間ですので」


「ヴィクター、ついて来なさい。リューリク家前当主として、三人に話をしなければならない」


 ヴィクターは復活した威圧感に圧倒されながら、実際より大きく見える背を追いかけた。大きな扉が、二人の扉番によって開かれると、健康体のオリビア、レオンが出迎えた。


「やっと起きたか」


「心配したんだよ」


 感動の再開に水を差すように、威圧感が空気を支配する。


「すまないが、こっちの都合を優先させてもらおう」


「申し訳ありません、おじい様」


 膝をつき、頭を下げて、三人は最上級の礼を示す。


「リューリク家前当主が当主に代わり、国家、教会及び当家に対する脅威排除への尽力を深く感謝する。当家の都合で不都合な戦いに従事させてしまったことについては謝罪すると共に、いかなる賠償であっても受け入れる準備がある」


「おじい様!!」


「ホルガー様それは」


 貴族が自らより下の者に謝罪する、それも家の名前を出すこと自体が異例中の異例なのだ。無制限の賠償など王国史を紐解いても数例あるかどうかという極めて稀な、異常なことだった。


「貴族の常道に反していることは理解している。だが、世の中が常に今までの

 道理に従い動いているわけではない。私個人ではなく、当家の総意として今回の決定を行った」


「しかし」


「機密保持と早期対応の必要性があったとはいえ、リスクを軽く見積もり、死地に送ったのは事実だ。当人が問題視してなければいいという問題ではない。本当に申し訳ないことをした」


 深く頭を下げるホルガーに周囲の使用人たちは困惑を隠せず、止めに入ろうとする者さえいた。


「頭を上げてください。ホルガー様のおかげで、僕たちは仲間を傷つけた敵を退けることができたのですから」


「何も知らなかったら、特訓をつけてもらえなかったら、俺たちは指をくわえて見ているだけしかできなかった」


「おじい様、私は感謝しています。ですから……」


 視線を床から、三人へと移したホルガーの顔は憑き物が落ちたかのように清々しかった。


「すまない、気を使わせてしまったな。気持ちは受け取った。しかし、賠償はすでに決定したことで、覆すのは難しい。単刀直入に問おう何が欲しい」


 オリビアとレオンがヴィクターはに視線を集める。


「それでは、被害に合った村々への継続的な支援をお願いいたします。それとできれば、僕がギルドに預けてあるお金も同じように支援に使っていただけませんか?」


 ヴィクターの中にあったのは一種の罪悪感から来る贖罪意識だった。中途半端に支援して、逃げてしまったベルネット領民への贖罪、後悔を王都近郊の村で果たそうとしていた。


 だが、そんなことを知らないホルガーは驚きから開いた口を閉じられずにいた。


「本気なのだな」


「はい」


「望みの通りに計らおう」


「ありがとうございます」


「こちらからの話は以上だ。何か聞きたいことがあれば、知りうる範囲ですべて答えよう」


 情報を武器とし、財産とする諜報組織の長であるホルガーにとって、そう簡単にできる発言ではなかったが、欲のない男に報いる方法をこれしか知らなかった。


「戦いの後、僕たちが眠っている間に起こったことを教えていただけませんか?」


「強大な魔力反応の喪失をきっかけに当家部隊が出発、現場に到着したのが一時間後だ。倒れている三人を発見したのち、搬送。二体だけゴブリンの遺体が残っていたため、王都魔法研究院のベッセル氏に調査を依頼。エルフの魔力残滓の分析、追跡を行わせたが、成果は上がらなかった。そして今に至るといったところだな」


(王都魔法研究院の……。もしかして師匠かな)


「おじい様、ゴブリンの遺体については何かわかったのですか?」


「今のところ報告は入っていない。直接赴けば話が聞けるかもしれない。紹介状を用意しよう」


 レオンが姿勢を改めてから口を開く。


「民への被害はどの程度となりましたか?」


「まだ最終的な結論は出ていないが、王都内で関連するとみられる行方不明者が百名近く、近郊の村では五十ほど。ギルドから三十二人が森で消息を絶ったと報告があった。件のエルフがいつ頃から活動していたか明らかではないが、直近だけでも二百名近い被害が出ていることになる」


 二百件、それ以上の悲劇が繰り返されてきたことを改めて意識したことで、部屋中に冷ややかな空気が広がる。


 使用人の一人がホルガーに近づき、耳打ちをする。


「たった今、エルフが侵入を拒んでいた領域にて、研究施設のようなものが発見された。詳しい調査はこれからになるが、どうやらゴブリン化を見本にしながら、人間の魔物化を研究していたようだ。ご丁寧に資料がまとめて置かれていたらしい」


(あのエルフらしい。どこまでも人間をなめてやがる)


 脳裏に鬱陶しい顔を浮かべながらヴィクターは拳を握る。その後も断続的に届く報告をしばらく聞いていると、小走りで執事が現れ、オリビアに一枚の上等な紙を手渡した。


「オリビア様、こちらが王都魔法研究院、主席研究者エルナ・ベッセル殿への紹介状となります」


「ありがとう」


 オリビアが立ち上がったことで、ヴィクターとレオンも続いて立ち上がる。


「では、私たちはこれで失礼いたします」


「病と怪我には気を付けて、無理はしないようにな」


「旅に出ることを許してくださるのですか?」


「ああ。両親は少々寂しそうであったがな。たまに手紙を出して安心させてあげなさい」


「わかりました。おじい様、行ってまいります」

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悪徳領主の息子に転生したから家を出る。泥船からは逃げるんだよォ! 葩垣 佐久穂 @hanaggki18

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