立ち上がれ 背負うものがあるのなら
「僕たちはお前を倒す」
「人間如きが、生意気だと何度言えば理解する?勝ち目がないのはわかっているだろう」
「それでも、折れてなるものか。一切を消し去る煉獄の火、全てを呑み込む激流の水、砕き散らすは荒れ狂う風、母なる大地で潰えて消えろ『瞬遷
エルフの男の四方に陣が現れ、火が体を焼き、水が肉体を削り、風が体を切り裂き、岩石が体を押しつぶす。渾身の一撃はエルフの魔力防壁を打ち破る。
「ヴィクターだけに手柄はあげさせねぇ。『廻魔沸血』もってけ全部だ」
レオンは手に握る魔道具に魔力を流し込み、身体強化の強度を遥かに上昇させる。さらに剣に集まる熱を体に巡らせて、再び剣に収束させる。
「剣圧ッ」
ヴィクターの魔法を凌いだエルフの男に斬撃が襲い掛かる。ヴィクター以外は脅威にならないと言わんばかりに、レオンの方を見ることもなく防壁を展開した。男の予想に反し、斬撃は防壁を切り裂き、男の皮膚に切り傷を付けた。
「まさか、私が剣士の一撃で」
「『神の恩寵
オリビアが畳みかけるように魔法を放つ。周囲の小さな命をエネルギーとする強力な魔法はエルフの防壁を破り、その悪なる肉体を浄化せんと浸食を始め、火傷のような跡を残す。
「今度は、教会の女か。忌々しい」
絶対防御、不可侵だと思われた魔力防壁を打ち破れたことが、三人を勢いづかせる。
「これなら」
「これならなんだ。このまま攻撃を続ければ私を退けられるとでも言うつもりか?否。余興もここまでだ。真の魔法で死ね。『神魔の雫』」
男の魔力が手に、そして人差し指に集まり、凝縮し一滴の雫のようになった。雫は男の手を離れ重力のままに落下。地面と接した瞬間、世界は真っ白になり、三人の意識は白く塗りつぶされた。
真っ白で空虚な世界でオリビアは目覚めた。
「ここは?」
立ち上がり、辺りを見渡すと人影が遠くに映る。オリビアは誘われるように人影に向かって歩いていく。
「うそ」
驚くのも当然だ。そこにいたのは、もう一人の自身だったのだから。容姿は何もかも同じ。だけど装束だけが異なっていた。オリビアが戦いやすいよう、動きやすいよう、冒険者らしい恰好をしている一方、もう一人のオリビアは教会が儀式で用いる堅苦しい恰好をしていた。
「ねえ、私。どうして逃げたの?私はこんなにも大変なんだよ。毎日祈って、偉い人とたくさん会って、儀式を覚えて、こんなにも頑張ってるのに。あなたは生まれながらの責務から逃げて、象徴になることからも逃げて、手の届く人を助けるなんて、楽な道を選んでる。そんなことをしているから、知り合いは助けられず、今地面に伏している」
「それでも、私は後悔していない。楽な道に逃げたのかもしれない。だったら、この道をより困難な道に変えてみせる。象徴じゃ救えなかった人を救い、助けられなかった命を背負って歩いていく」
「そう」
「ごめんね、私。私はあなたのことを絶対に忘れない。あなたのことを背負って選択していく」
「ヴィクターと一緒に?」
「それを彼が望むなら、どこまでも」
「そう。それじゃあ行ってきたら?後悔がないようにね」
「ありがとう。またね……」
薄暗く空虚な世界でヴィクターは目覚めた。
ヴィクターは目の前に自らの分身がいることに気づく。何か話しかけようとしたが、分身は即座に剣を抜いて襲い掛かってきた。
「なんだよこれ」
困惑しながらも、剣を抜いて分身の一振りに合わせる。分身は攻撃が防がれたことを気にもせず、猛攻を続ける。
「弱い、弱いぞ」
「お前はなんなんだ」
「俺はお前、あの日逃げなかったお前だ」
「ああするしか無かった」
「楽な道を選んだだけだろう。逃げた先がこのザマだ。愉快だな」
「なにを!」
ヴィクターの剣が偽物を捉え、真っ二つにする。上半身と下半身が別れながらも、偽物の口は動き続ける。
「いつか、選択を後悔することになる」
「僕は強くなって乗り越える」
「そうか、今は引いてやろう。だが、次会った時がお前の最後だ……」
「瞬光」
立ち上がり、ヴィクターは空に手を差し出す。
「聖光」
オリビアが確かにその手を取る。
その瞬間、二人から魔力が吹き上がる。
エルフの男はありえない現象に驚愕し、叫ぶ。
「まだ戦えるだと。何を支えに立ち上がる?魔力は消耗しているはず。なのに、その力はなんなのだ‼︎」
(この手の温もりが、選択は間違いではないと証明してくれる)
「「
散らばる魔力、その全てから極大の光線がエルフの男に向かって放たれる。人間の限界を超えた一撃。辺りの木々、草花は枯れ果て二人にエネルギーを供給する。それすらも尽き、煙の中から現れたエルフの男は、五体満足、しかし満身創痍だった。
「全てを使い果たしたようだな。それにしても人間がエルフにここまでダメージを与えるとは。計画に不確定要素があってはならない。確実に殺させてもらう」
奇跡でさえ、この巨悪を討ち滅ぼすことはできなかったのだ。ここに希望は潰えた。
かに思われた。
「俺を忘れてもらったら困るぜ」
身体強化のおかげで肉体的ダメージが少なかったレオンが、奇跡に乗じてエルフの背後を取っていた。
「チンケな魔道具を使い果たした貴様に何ができる」
「全部って言ってほんとに全部使うバカがどこにいるんだよ。これが正真正銘最後の一本。『廻魔沸血!!』もらったぁぁ」
「クソっ。避けきれん」
魔力も剣圧も全てを込め命を賭けた剣はエルフの腕を宙に飛ばした。
「よくも、私の腕を。だが片腕がなくなろうと魔法は健在。貴様らを葬ることなど容易い」
言葉とは裏腹に、エルフの顔は苦痛で歪み、口からは赤黒い血が吐き出される。
「僕たちの」
「「「勝ちだ」」」
「人間ごときに遅れをとるとは……。残念だがもはやここまでか。あの方には悪いがここは退くとしよう」
「大人しく逃がすと思うか」
「強がりを。貴様らも立っているのがやっとではないか」
エルフの言葉通り、ヴィクターたちは意識を保てているのが奇跡と言えるほど、肉体、魔力、精神、全てが限界を超えていた。
「エルフを追い詰めた褒美だ。証拠は全部、置いていく。好きにするといい。では失礼させてもらう」
血を垂らし跡を付けながら、エルフは、人類に対する脅威は、遠ざかっていった。
「殺せなかった」
悪夢の元凶を跳ね除けた英雄の呟きは、寂しく悲しげであった。
「ところで、二人はいつまで手を繋いでるんだ?」
「へ?あっ」
温もりに後ろ髪を引かれがらも、ヴィクターは慌てて手を離す。
「……」
一方のオリビアは、顔を真っ赤にして照れながら頬を膨らませている。
「どうかした?」
「なんでもない」
「ずっと握っちゃってたのが、気に触った?」
「それはいいの」
「はいはい、痴話喧嘩終わりな」
「「痴話喧嘩じゃない」」
戦いの傷を忘れるかのように、三人のじゃれ合いは疲労で意識を失うまで続いた。
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